1.山あり谷あり
【 人生山あり谷あり――平たんな道だけを歩いてもいいじゃないか。
面倒事に自ら首を突っ込み、谷山を作るなんてもっての外だ。
それが友――と呼べる者の頼みなら別だが、友の友は他人である 】
あれから、約一か月が過ぎたのだろうか――モグラの専属料理人も楽な物じゃない。
食えたらそれで良いのか、多少の失敗作であっても文句は言われないのだが……ファムの作った料理だけは、高確率で爆弾が飛んでくる。
元々はファムが料理、俺はその補助と食糧調達係として想定されていたのだろう。しかし、実際の運用では、俺が全て担ってしまう事になっていた。
と言うのも、この猫――味付けが無茶苦茶なのだ。
手先は器用だが、調味料の微調整が苦手らしく極端な味付けをする。しかも猫舌。
辛すぎる時は、砂糖にハチミツ、メイプルシロップなどをドバドバ入れ、お菓子よりも甘ったるい何かを作り、修正する時は、そこに塩気を足して兵器を作った。
また『魚は鮮度が命っ』と、ビチビチはねる魚をそのまま差し出せば、キッチンに唐辛子の粉末爆弾が飛んで来て、二人とも地獄を見た――。
だが、美味ければそれなりの報酬があるようだ。ファムがヤケクソで作った野菜とチーズを切っただけのサラダでは、金貨入りのボウルが返って来たのである。
以降、ファムのモチベーションと、サラダの腕前はみるみる高くなっていた。
「それ何なの?」
「オニオンドレッシング」
一流シェフが切ったサラダに、ドレッシングをかけて仕上げる助手――。
報酬は全てシェフに行くので割に合わないが、ファムがヘソ曲げて何もしなくなると俺の負担が重くなってしまうため、多少の奉仕に関しては目を瞑らなくてはならない。
街に繰り出し、食糧を買うついでに美味いドレッシングの作り方や、切る・混ぜるだけで良い料理の作り方を教わっている内に、既に二冊は本が出せそうなぐらいのレシピが集まっていた。
その中には、いつぞやの出来の悪い人参を売っていた母娘から聞いたレシピも入っている。
このオニオンドレッシングがそうだ。ここより西に二日ほど進んだ所にある、彼女らの出身地【キャリオン峡谷】の村では、割とメジャーなものであるらしい。
そう言えばその際、彼女たちがここに来た理由を話してくれたのだが――
「どうやらそこで、コボルドとオークが戦争してるらしい」
「またー……?」
「また、ってよく戦争してるのか? 確かに険悪な仲とか、ライバル関係とは聞くけど」
「戦争と言うか、なわばり争いかな。ここのとこ頻繁にやってるんだよね……。
コボルトの領地を、オークが『我々の領地だ!』と主張・侵略してるのが原因だけど」
人間の村だけでなく、時には他種族の村も襲うらしい。
ふもとの村に住んでいたその母娘は、村の近くにオークの集落が形成され、そこの自警団の夫に言われ、娘と共にこちらへ逃げてきた、との事だった。
元々、キャリオン峡谷はのどかな田舎――家のお金をありったけ持って来たものの、物価が全く違うそこでは、二週間過ごせれば良い程度の額しかなかった。
そのお金の殆どを、猫の額ほどの畑の賃借に支払い、自給自足の生活を送ろうとしていたらしい。
慣れない土地での畑仕事、食堂の皿洗いや清掃などで働きづめの毎日……元から身体が弱い母親は遂には身体を壊し、『もうダメかもしれない』と思い始めた所に、あのモグラがやって来た。
今は、その時のお金と収穫できた作物で、最低限の人並みの生活を送れているようである。
「村の田舎娘なんて見向きもしなくなってるし、逃げる必要なんてないのに。
最近のオークは、『姫、女騎士、エルフ』の三ジャンルなんだし」
「被害報告が聞かなくなったのって、それ……?」
「ボクが聞いた限りでは、一級品狙いの大バクチばっからしいよ?
一番近いのでは、天空の修道院を攻め、大失敗に終わったみたいだけど」
天空の修道院って、あの自然が造り上げた、岩の塔の頂にある修道院か……?
あそこの修道院は俗世と切り離し、祈りと瞑想に生きたいオッサンばっかと聞くんだが――
「オークはついに、禁断の愛に目覚めたか……?」
「修道士のオッサンとオークって、ニッチすぎるよ……」
きっと一番高い所には、一番いいシスターがいると勘違いして襲った――と思いたい。
絵面も汚いそれを思い浮かべないようにしていると、ボウルを片手にココがほぼ一か月ぶりに俺たちの前に、ひょっこりと姿を現した。
あちこちが油まみれで、触覚のようなモグラの髭も以前よりも伸びている気がする。
「ふむ。ようやく出来たぞ」
「出来たってお宝!?」
「まぁ見れば分かる」
そう言って、何かやり遂げたような顔をしているが……何だ?
・
・
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「な、ななっ、なにこれぇっ!?」
「ご、ゴーレム、ではなさそうだけど……」
目の前に広がっていたのは、頭の無い人型のゴーレムのようなのが立っていた。
大きさは縦横二メートル強と言った所か、飾り気のない鉄で覆われた姿が無骨さを引き立てている。
人間のような腕――左腕は巨大な尖った杭が付いており、右腕には円状に並ぶ三本の爪を持った手が装着されている。
がに股のようなフォルムを見せる、胴体に直接取り付けられたような脚部。二又に伸びた足の爪はまるでモグラの足のようでもあった。
「この手に、杭のようなのって――ま、まさか掘削機なの!?」
「ご名答」
掘削機……確かに言われればそれだ。
モグラの一族は、地中深くに地下帝国を築いたとも言われていたが、これを見ればそれも現実味をおびてくる。
いつかこれらを量産し、モグラが独立戦争を起こす日が来るのかもしれない。
「――じゃあ、ロイル。三日以内に操縦できるようになれ」
「は……? こ、ココがするんじゃないのか?」
「ペダルに足が届かん」
「じゃ、じゃあボクがっ――」
「お前には乗せん」
「え、えぇ~……」
この猫に乗せたら、一時間後には大金担いでいる事だろう――。
ガコンッ……と開かれた胴体部分から、椅子と何かのレバーのようなのが付いているのが覗いているが……どうしてまた俺が?
「荷物運びだ」
「さいですか……」
だが、何の荷物を運ぶんと言うんだ? 今までみたいに市場に行って、食糧を積み込むわけでもないし、掘削機を使って運ぶ物と言えば鉄鉱石とかそんなのだろう……あ、これ以上考えたらダメだ。
「キャリオン峡谷に向かい、鉱石を採掘しに行く」
「やっぱりな!?」
「きゃ、キャリオン峡谷って――今は、オークとコボルドが争ってるんじゃないの……?」
「うむ。だからこそ行く」
まさかと思うけどさ……そこに首突っ込むから、俺にこれ乗せるわけじゃないよね?
ただそこで、鉄鉱石か何かを採掘して帰ってくるだけだよね……?