6.パーティー再結成
シーツを斜めに肩で結び、いつの時代の人間だと思われるような恰好で外に出、露天商で手頃な服を購入する――。
あくまで『こう言った服が、今トレンドなんだぜ?』的な雰囲気を見せながら市場を歩いたのだが、ただ恥の上塗りをしただけであった――。
若い内に恥をかけと言うが、それがトラウマレベルになったらどう責任取ってくれるんだ?
色々察した店主の優しい笑顔と対応、そして寛大な値引きが何とも心に染みるよ……。
「サイズは――少し大きいがこれでも問題ないだろう」
店主のお古で、タバコの臭いが染みついていても我慢するしかない。帰ったら雑巾コースだ。
あの猫をどう捕えるかと思案しながら市場を抜け、どこかマシな所で服と宿を確保しようかと思っていると、何やら見覚えのある黒い塊が歩いて来るのが見えた――。
その手には工事現場で良く見かける、一輪の手押し車を押している。
「ココ?」
「ふむ。いつぞやのお坊ちゃんか。今日は庶民体験か?」
「成り行きでな――」
「なら成り行きついでだ、今日も手伝え」
無理矢理ネコを渡され、再び市場へとんぼ返りする事になってしまった……。俺の欲しいねこはこっちではないのだが……。
しかし、とんぼ返りと言っても、詳細に言えば同じ通りの市場ではない――ここ、リノリィの街の市場通りは二つある。
一つは俺が通ったのは言わば最低グレードの、道に落ちているゴミから人身売買、盗品など何を売っても自由な通り――。
もう一つは、城からの許可を得なければ店を出せない通りとなっており、平民向けと言った建物が並んでいる。
今歩いているのはその平民向けの市場、だけどモグラは何も言わない。
こちらの都合や言い分なんて一切無視のモグラは、ガラガラと後ろを追う一輪車に手当たり次第に食糧を投げ込んでは次に向かう――代金もどんぶり勘定で、お金が入った袋に手を突っ込んではジャラジャラとテーブルに置いて去って行く。
「い、今の、店の物全部買えるぐらいだったぞ!?」
「そうか。なら店主は余った分で、しばらく美味い飯が食えるな」
金に興味が無い――そんな様子で、次々と大き目の一輪車に投げ込み、いつしかバランスを取るのが難しくなるぐらいの山が形成されてしまっていた。
というか、一輪車に入れ過ぎだ馬鹿っ! 保存食が多めだけど誰がどれだけ食うんだよこれっ!
昨日の筋肉痛に疲労、酒に寝不足な状態に加えてこれは、結構キツい。
無くなったら買いに来いと思うのだが、ココを知る者は皆『また籠るのかい?』と聞いていたのが気になった――もしかして、冬眠的な何かをするつもりなのか?
道行く人の多くはこのモグラに驚かず、逆に今日も来たかと親し気に話す。
ここでモグラを知らない者はいないのだろう。この街のマスコット的な存在なのか、小さい子供たちにも人気で『ココだーっ』と買い物中のモグラを取り囲み、親に引き離されるまで『僕ねっ』『私ねっ』と話しかけられている。
初めて会った時、俺を『よそ者』と言った理由が分かった。恐らく、その中で残った小さな女の子にそうだろう。
「も、モグラさんだー……」
女の子は目を大きく見開き、初めて見るであろうデカいモグラを目の前に、ただ立ち尽くしていた。横にいる母親らしき人も、同じように口をあんぐりと開け、親子揃って呆然と眺めている。
母親の方は身体が弱いのだろう、どこか顔色は悪く、咳をするのも辛そうな様子だった。
売っている物もあまり品質の良くないヨロヨロの人参が数本――この親子が作れる、精一杯の野菜と言った感じだ。
「ふむ――」
このモグラは勝手にそれを手に取り、ボリボリと生で齧りながら去ってゆく――何も言わず、数本の人参のあった場所に、ジャラ……と音を立てる袋を置いて。
俺を見て『いいのですか!?』と聞かれたのだが、俺には『いいんでしょう』と答えるしかない。
恐らく、あのモグラはノーと言わなきゃ、全てイエスな奴なんだから――。
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城下町を、平原を、整備もされていないあぜ道を数十分かけて歩いた先に、何やら小さな洞窟のような穴ぐらが見えた。
これがモグラの巣……か? いやそれよりも、だ――
「――俺、このモグラのこと大好きになっちゃうよ」
「なっ、何でっ!? 何でここにロイルが居るのっ!?」
穴ぐらの横の木に吊るされている獲物を見て、俺はたちまち元気を取り戻した。
両手足を縛られ、ぶら下げられている猫娘が、頑張ってお手伝いした俺へのご褒美だろうか――。
必死で身をよじっている姿にイケナイ事をしてやりたい気持ちも芽生えたが、まずは処刑から行わなきゃな。いやあ、頑張って良かった良かった。
「――ココ、斬首刑用の斧ってあるか?」
「ま、待って!? 分かったっ、返すっ返すからっ!?」
「服の分もある」
「ぼ、ボクのショーツあげたじゃないかっ! 脱ぎたてなんだよ!」
「お前が無理矢理掴ませたんだろうが!?」
なに交渉成立した体で喋ってるんだよこいつはっ! いや、お釣りが来るぐらいの取引かもしれないが……恥はプレイスレスだ。
泥棒猫を捕えたココは何も言わず、縛っているそれをそのまま引きずり、住処であろう洞窟の奥へと突き進んでいった――。
何も言わないので『来い』と言うことだろう。
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人が一人やっと抜けられるようなトンネルを抜けると、だだっ広い空間が広がっており、許しを請う猫娘の鳴き声が響くそこは、まるで小さな劇場ホールのようにも見える。
扉には〔営業時間 9:00AM~5:00PM〕と書かれてあった――誰がこんな奥深くまで足を踏み込むのか。
何も言わないモグラが案内した先は、倉庫のような空っぽの棚が並ぶ所だった。その近くには、蜘蛛の巣が張った竈らしき物――ここって、もしかしてキッチン?
「五時間に一度、そのボウルに作った飯を全部入れて持って来い」
奥の部屋の扉の前に置け、と言い残し洞窟の闇の中へと消えていったモグラ――え、何、俺たちに飯作れって事?
調理道具一式――とは言っても鍋にフライパンに包丁が各一つずつ、鍋やフライパンも長く使った形跡が見当たらない。直径三十センチぐらいの、深めのボウルがあるだけの簡素なキッチンだった。
「よぉし、今日の飯は猫まんまだな」
「違うよっ!? ボクの身が入っているからそう呼ぶんじゃないからねっ!?」
「だったらあの時計を返せっ!」
「か、返したいけど、あれ、モグモグが持って行ったんだよぉ……」
「何だとっ!?」
あの金払いを見ても金などには興味なさそうに見えたのに……ど、どうしてあのモグラが。
いや、もしかすると時計その物に興味を持ったのか? 確かにあれは、珍しいつくりらしいが……。
それだとしても、これはマズいぞ。言ったら返してくれそうではあるものの、ノーと言われればそこでおしまいになってしまう。
となれば、ここは盗人に依頼を出すしかない。
「――猫、お前にチャンスをやろう」
「い、嫌だっ!?」
「よし、まずは尻尾を切り落として――」
「やっ、やだやだぁッ!? あれでしょ、ボクにあの時計取って来いって言うんでしょ!?」
「よく分かってるじゃないか」
自分でも何てゲスい顔をしているのか分かる――これほどスリリングで楽しい事は無いのだからしょうがない。
もし失敗しても酷い目にあうのはこの猫だけだ、いやぁどんな目にあわされるだろうな。
「う、うぅ……でも、いつになるか分からないからね? モグモグの隙を見てだからね? それでいいならやるよ」
「うーむ……まぁ、それでもいいだろう」
ファムを縛っていた縄を、近くにあったペンチでバチン――と切った。
縄の表現としてはおかしな音だが仕方ない。縄の中に鉄を編んだような紐が埋め込まれていたのだから――。
鋭い爪を持つフェルプ族でもこの縄を切る事は出来なかったようで、鉄線が埋め込まれているのに気づき、諦めた跡がそこに残されていた。
モグラは変なのを作る――とファムは言っていたが、これは対フェルプ捕縛用罠だろう。
だが、ファムはどうして捕まったんだ? いくらココの威圧感があるとは言え、簡単に捕まるタマではなさそうなのに。
「……落とし穴に落ちた」
「へ?」
「……ボクが、ねぐらにしてた洞窟の中に、落とし穴が掘られてたんだよ……。
すっごい急斜面で深い穴だし、何とかよじ登ったら、柔らかいハンマーで叩いて落とすんだよ……」
流石モグラ――と言いたいが、叩く方は逆ではないのか?
ヘロヘロになった所で捕縛され、俺から奪った時計も奪われ、一晩中このモグラの巣穴の前で吊るされていたらしい。疲れ切ったように、ガックリとうなだれる姿がそれを証明していた。
「で、ボクの下着返してくれる?」
「何だと――も、持ってないぞ?」
「へぇ、じゃあそのポケットに入ってるのは何かな?」
猫は鼻が利くのか――?
いや、どこかで処分しようと思っていただけだから。うん。
決して、それを使ってナニかしようと思っていたわけでもなく、あんな目に逢って何も得なかったと思いたくなくてだな……。
「なんか一か所が湿ってる気がするなぁ――」
「まだ何もしてないからなっ!?」
「えー……? でも、そうだよねー。
トンモーバの国の王子様が、ボクがはいていた下着で、ナニかするわけないもんねー」
「――な、何でそれを!?」
「あの時計の長針短針に『友、ラップル』、『ココア』って書いてあるし。
内蓋の更に内側にトンモーバの旧紋章の一本杉に、ウサギとコップが彫られてたら、誰だって、半日で十一回飲むぐらいココア大好き説があった、ラフィルル女王の物だって分かるよ?
遺品は何一つ、外に出なかったと聞いてたけど……。まさかそれを持って、こーんな所に来るおマヌケな人が来る何て、ボクも信じられなかったけどね」
流石、盗賊……全て知ってやがった……。
いや王子と言っても、肩書きだけ、名ばかりだけど――。
だってうちは女王が国家元首だし、その次期女王となる姉も既にいるから、王位継承権は遥か遠い。
それに、母親の不貞によって出来た落とし子だし、上には兄も二人いる。なので、継承どころか城に居場所があまり無い。
いや、姉や兄たちは何とも思っていないのだが、それを取り巻く人間が面倒くさい――まぁそれらおかげで、こうして冒険者ごっこが出来たぐらい自由な身でもあるのだが。
それはとりあえず置いといて、だ――。
「あの時計にそんな仕掛けがあったの!?」
「荒かったけど、恐らく名前を残した彫金師の若かりし頃の作品だねー。
すっごいお宝に繋がりそうだから、期待したのになー……ちぇー……」
恨みがましい目で俺を見るが、悪いのはお前だからな?
しかし、内蓋も針のそれにも全く気付かなかった……今すぐにでも確認したいぞ。
確かに祖母は、ココアが大好きだ。それはもう、半日で十一回説も実は正しいぐらい。
身体が動いた間は、決められた時間に紋章にもなった一本杉の下で飲んでいたのだが――。
「もしかして……長針と短針が重なり合う時が、ばあちゃんのココアタイムだったのか?」
「あっ、それであの懐中時計なんだ!」
確かに、いつもおかしな時間に飲むと思っていたが……なるほど。
だから肌身離さず、常にそれを持ち歩いて……ばあちゃんの事は大好きだったし、今でも思い出すと目頭が熱く、感傷的になってしまう――。
それを所持しているであろうモグラは、巣穴の奥に籠っている。
金属を叩き、切断しているであろう騒音だけが、巣全体を響き渡らせていた。