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モグラとマッピング * 依頼受け付け中 *  作者: Biz
1章 リノリィの迷宮
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5.安酒も美酒の味

 行きはよいよい、帰りは辛い――とは良く言ったものだ。

 ゴーレムの装甲をソリ代わりにして、ズルズルと引きずるそれは、まさにピラミッド建築に携わる奴隷のようだった。

 知らない者からすれば、仲間の死体でも運んでいるのかと思われることだろう。まぁ人間かそうでないかなので、"死体・死骸"を運んでいる事に変わりないのだが。


「よ、ようやく戻って来られた……」

「ぼ、ボクはもう何も手伝わないからね……」 


 やっとの思いで念願の地上に戻った俺たちであったが、その身体もう疲労困憊で……しばらく生還の喜びに浸る余裕すらなかった。

 落ち着いてきた頃に、ようやく"生"を感じた。鬱蒼とした木々に囲まれた、町はずれの空気が何と美味いものか。その景色にも懐かしさすら感じられ、ちょっと行ってみるか、ぐらいの軽い気持ちで入ったのが、まるで遥か昔の事のようだ。


 この迷宮は誰の物と言うわけではないが、とりあえずリノリィの街の管理する場所となっている。

 なので、入口には形式だけリノリィの衛兵が立っているのだが……迷宮の中には法がないので、主な仕事は地図の所持確認ぐらいだ。

 入る時に地図の有無を確認した、見覚えのあるその衛兵は少し驚いたような顔で、地上に戻れた俺たちを眺めていた。


「――何だ、ココじゃねぇか。今戻ったのか?」

「ああ」

「今回は、ガラクタと人間一人、猫一匹、か」

「思わぬ収穫品だよ。ちゃんと正しい地図を持っているか確認してくれ」

「ちゃんと聞いてるさ。『ココの地図を持ってるか?』ってな。そこの奴らにも確かに言ったぞ?」

「ふむ」


 ココ――このモグラの名前だろう。

 そして、確かにこの衛兵に『ここの地図を持っているか』と聞かれ、俺は『持っている』と答えた。

 恐らくファムも――。


「も、もっと分かりやすく言ってよ……ボク、"ここ"の地図だと思ったのに」

「俺もだ……はぁ……」


 恐らく迷宮で迷う奴は皆、全力で同じ勘違いをしているのではないか?


 ・

 ・

 ・


「あ゛ぁー……ビールが美味いっ――」


 即席パーティーを解散した際、迷宮の中でファムが拾い集めた貨幣を皆で分け合った金で、仕事あがりならぬ冒険終わりの一杯――至福のひと時を味わっている。


 俺は、"生きている"事を実感したかっただけなのかもしれない。

 出来るだけ賑やかな店を選んだのだが、こんな小汚いオッサンが群がる、品の無い店の飯がこれほど美味いとは思わなかった。

 方々から聞こえる、ムサ苦しいオッサンの下世話で下品な話に大笑いする声、見知らぬオッサン同士の罵声と殴り合い、それを煽り・金を賭け合う声は、何と心地よいBGMだろうか。


 これが冒険者と言う物か、正直悪くないな。

 ずっと家に部屋に引きこもり、外に出てもここまで遠く長く出歩いた事はなかった。

 外には思わぬ発見があると聞くが、まさにその通り――とは言っても、もうあんな所は御免だが。


 迷宮の中で三日ほど過ごしていたようで、中では気づかなかったのだが、地上に戻ってみると体臭から服まで結構臭っているのが分かる。

 服に染み込んだのだろうか? この店には似たような臭いを発してるのも多いので、周囲の者達は何も気にしていない。

 いやむしろ、以前の俺の様な小奇麗にしていた奴は入れない。この臭いが資格ある者(冒険者)だと証明するのだろう。

 どこまで潜ったのかと尋ねて来るオッサンに、俺の初めての冒険話を聞かせれば、必ずと言っていいほど酒を一杯奢って立ち去ってゆく。

 新米の生還を祝した一杯、と言う所か。ミミズではない食用の肉をつまみに、もう既に三杯目となるビールを飲み干していた。


 すると、誰からか分からない四杯目が目の前に置かれ、女性が隣の席に腰を落とした。

 冒険者はモテると聞くし、飲んでいると誘われて――な話もよく聞が……もしかしてこれはひょっとするか? 俺、深夜の冒険者やっちゃうよ?


「お兄さん、イイ飲みっぷりだねー」

「――ふぁ、ファムか!?」

「何だよー、そのガッカリしたような顔―。ボクじゃヤだっての?」


 ファムも結構出来上がっているようだった。

 口を尖らせた顔はほんのり赤く、酒臭いブレスを吐きながら絡んでくる。


「い、いや、さっき別れてすぐだったからさ……」

「ふーん、まっいーやー。で、初めての冒険者の締めはどう?」

「これだけを味わえるなら、冒険者も悪くないと思う」

「冒険を終えた後の一杯をやって、初めてそこで冒険が終わりだからね。

 この一杯の為だけに迷宮に入るのも多いしさ、この味を忘れちゃダメだよー?

 さ、ほらロイルの初めての冒険を祝し、じゃんじゃん飲もーっ!」


 確かにその通りだろう。迷宮から出たら冒険が終わりなんじゃない、酒や女、何かしら自分へのご褒美を与えて初めて終わりなのだ。

 ファムに薦められるまま、安いビールだけど何ものにも代えられぬ勝者だけの美酒を、何杯も味わい続けていた――。


 ・

 ・

 ・


 眩い朝日が顔を照らし、重い瞼をこじ開けに来ている。

 昨夜は最高の夜だったのは覚えているが、ファムと飲んでからの記憶が殆どない。いつ帰って来たのか、いつ服を脱いでベッドに入ったのかも分からない。それよりも、いつ宿を取ったのかすらも覚えていない。

 そして、ここは俺の泊まっている宿でもない――ん、何だこの布は?


「な、何だと――!?」


 顔、鼻先に被せられていたのは、何やら表現しがたい臭いのする女の子――の下着だった。

 驚き、飛び起きると俺自身、何も着ていない。ベッドの脇にも、下にも、どこにも俺の服が見当たらず、あったのは〔まいどありっ☆〕と可愛らしい文字で書かれた書置きだけ。

 肉球の形マークが描かれているので、恐らくファムだろう……って事は、これはファムの!?


 ……確かに獣っぽい臭いが頭を……じゃないっ、俺の服は、服はどこだ!?

 それに『まいどあり』って、金は……うん、まだある。じゃあ他に何が?


「ま、まさかっ!?」


 頭に最悪の考えが浮かんだ。

 急ぎ、鞄の中に入れているはずの“それ”を探してみるが……


「無いっ!? 時計が無いっ!?」


 鞄をあちこち、くまなく探してもあの懐中時計が無いっ!?

 や、やられた……っ! 前後不覚になるまで酒を飲ませ、恐らく『ボクの下着と交換しようよっ♪』的なノリで無理矢理に承諾させたか、そう言った売買として取引を成立させたかだろう。

 眠い上に、昨晩の酒で頭がぐらぐらとして重い……それでも今すぐにでも追いかけたいが、裸で飛び出るわけにはいかない。

 どうにかして隠しながら出なければならないのだが、近くにある物は――


 シーツ――

 周囲から『ああ、こいつやられたな』と憐れむ目で見られてしまう。


 生々しい汚れが付いた女性用のそれ――

 周囲から『ああ、こいつ頭やられたな』と蔑む目で見られてしまう。

 そして人として終わる。


 ガラスコップ――

 ただのアホだ。透明なので隠せてもないし。いや色の問題でもないが。


 ……うん、まだシーツのがマシだな。

 恥を忍んで通りの露天から服を買おう。


「ん? あれは?」


 部屋にあったタルの水瓶に〔洗濯しておいてあげるね♪〕と書かれた、メモ書きが張り付けられており、その中にはビッチャビチャになった俺の服が突っ込まれていた――。

 ふつふつと湧いてくる想いは、家庭的な女の子への恋心ではない事は確かだ。


「しかも、ワインまで入れてやがるっ!?」


 水瓶から引き上げたそれは、綺麗な薄紫に染まっている。元が白なので、なんと鮮やかな色だろう。

 ワインの香りもプラスされ、染みついたダンジョンの悪臭が綺麗さっぱり消えているぞ。何てやり手な子なんだろう。


「えーっと、公開処刑で吊るし首……いや断頭台だな……」


 殺してやるリスト第一号を飾るのだから、ここはやはり盛大にいかないとな、うん。

 首は剥製にして部屋に飾ってやろう。

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