3.最終決戦
過去に倒したゴーレムの残骸に、新たなホコリが積もっていた。
まだ一年も経っていないのに、もう何十年も昔の事のようだ……。
乾いたインクがこびりつくそれに懐かしさを覚えたものの、今は感慨深さに浸っている場合ではない。我々の行く手・目的を阻んだ敵がこの先にいるのだ――。
「ふむ。なるほど」
「か、枯れて――るのこれ?」
ココが照らす丸い光の輪に照らし出されたそれは、記憶にある物と全く違う。
まだ生きているものの、色は茶色く変色し、青々とした時ほどのアグレッシブさがない。まるで、老いている――と表現した方が正しいだろう。
かつてのツルの勢いもなく、目で見ても斬り落とせるようなぐらい遅い。
人魚は"老い"も"死"もない。その肉を食せば不老不死にさせると言う――もし"老い"を体外に出しているとするのなら、それを取り入れた者は"老い"と"死"を得る事になるのだろうか? 人魚にとってはまさしく"老廃物"と言った所か。
そうだとすれば、先ほどの水底で死に損なった者が死んだのも納得が行く。死した者に"死"を与えると言うのに違和感があるが――男限定で、聖水浴びたら"浄化"と考えた方がいいな、うん。
「よ、よし、行くぞ――ッ!」
モンスターの血のりこびり付くチェーンソーのワイヤーを引っ張った――。
鎖の刃が回転する重厚な音を立て、伸び来るツルと生命の元を切り離しながら一歩一歩先へと進んで行く。
この植物は、迷宮の床にしっかりと命を伸ばしているようだ。
過去にここを通った冒険者の衣類に付いていた種が落ち、迷宮の瘴気を帯びながら育ったのだろうか。
いや、それともこの先に行かさぬようにと、何者かがあえて植えた――と言う可能性もある。
迷宮を作り、そこに罠とゴーレムを仕掛け、最後の壁としてこれを植えた……とすれば、この先に何がある? そこまでして行方を阻みたかった物は何だ?
チェーンソーの歯がその主幹へと食い込み、身を切断してゆく――。
それは樹齢数百年の大木のような太さを持ち、引き裂かれる身からは血と言っても良い養分と水分が流れ出していた。
死にゆく身であっても、当然ながら抵抗してくる。
だが、それを止めるツルの力は弱く、ただ近づいて来る"終わり"を待つしかない。次第に引き裂く音は乾いた音へ、流れ出る物は粉末に変わって行った。
「や、やっと切断できた――」
「うむ、ご苦労だった」
ココはパイプタバコの中身に火をつけ、その火を切断したばかりの枯れ草に――って、こんな所に燃えカス捨てるな!?
山火事の原因もタバコの火が……や、やっぱり燃えてるじゃねぇかよ!?
「え、えぇっと、いち、いち、なな……」
「そ、それ時間聞く方だよ!? いち、なな、ななだよ!」
「そうかっ――明日は晴れらしいぞ」
「ふむ。まだまだ余裕そうだ」
現実逃避しなきゃやってられないんだよ馬鹿モグラッ!
こんな迷宮でファイヤーなんてしたら、空気薄まって酸欠起こしちまうだろうが!
「モグラは空気が薄くても生きられる」
「モグラ基準で考えるなっ!」
ほら、煙の向こうから警備のゴーレムが向かって来てるじゃん!?
何か見覚えのあるピンクの光が……今度は有線式じゃないようなそれが、ドンドンと地響きを立てながらこっちへ――
「ぬおッ!?」
重厚な金属音を響かせ、ぶつけ合うようにして組み合ったが……《モール》とそれのパワーの差が違いすぎる――。
真正面からぶつかればこちらが負ける。俺が足止めし、その間にココに攻撃してもらうしかないッ!
ココにもそれが伝わったのか、足元のペダルを思いっきり踏み込んだ時、突然《ゴーレム》が片膝を付いた。
出力を上げていた《モール》は組み合った手を振りほどき、右腕を思いっきり振りかぶって《ゴーレム》の頭部へと叩き込んだ――。
ぶん殴られ、壁に叩きつけられた《ゴーレム》の衝撃で、天井からパはラパラと土と落ちる。
こんな物で倒れるような敵ではないのは重々承知の上だ。
よろけた身体を起こしながら、ブゥン――と不気味な音を立て、ギョロギョロと動くその瞳をこちらに向けた。
だけど、正直に言うとこれをどう倒すのか分からない……以前倒したゴーレムは有線式で、その元を断ったから倒せた。今は――それがない。
ゴーレムにはコアがあり、そこに刻まれている"エメス"だか"メスブタ"だか知らないが、その一文字を消して"死"と言う言葉に書き換えないといけないと聞く。
「コア、コアはどこに――そ、そうだ!」
部品となったゴーレムのパーツの中に、ココが大事に持って帰った物があったはず。
確かそれは胸部から取り出した物だ。もしそれがコアだったとすれば!
「ぐおッ!?」
「ろ、ロイル!!」
ガァンッと大きな金属音と共に、操縦席に大きな衝撃が走る――。
考えが読まれていたのか、パイルドライバーで《ゴーレム》の胸部をぶち抜こうとしたのだが……相手の攻撃のが早く、右手の張り手で思いっきり吹き飛ばされてしまった。
いつぞやの水棲竜の攻撃と比べれば……衝撃が強烈な分、こっちのが痛い。お返しとばかりに壁にも叩きつけられたので、耳がキンキンして目がグルグル回っている。
「ロイル起きてッ!!」
ファムの声で、ハッと目の前の事に気が付いた――態勢を立て直したそれが拳を握り、大きく振りかぶっていたのだ。こんなの喰らったら、《モール》が耐えきれないぞ!?
ガードも回避も間に合いそうになく、一瞬最悪の考えが頭をよぎった時、パリン――と小さな音が鳴り響いた。
「こっちだよ、デカブツッ!」
目の前の《ゴーレム》の目元には黒いインクがかかっており、声の方向からはクロスボウを構えた猫娘の姿が――。
「ファム何を!?」
「今度はボクが助ける番だよっ、借りを作りっぱなしはゴメンだからね!
あとそのインク高かったんだからね!」
以前のゴーレムと同じで、こいつも熱で動きを感知しているようだ。
植物の燃えカスの熱・インクで隠れているせいか、ピョンピョンと挑発するように跳ねるファムの方を向き、その場で両手を振り回すだけだ。全く捕捉できていない。
だけど、"借り"とはいつの事か――前回もこうしてインクを引っ掛けたけど、その前に《ワーバッファロー》に襲われていた分も残っているぞ。
「そんな身体で無茶をする」
右ひざ裏にハンマーがフルスイングされ、《ゴーレム》は右膝をついた。
先ほどもバランスを崩したのはこの一撃だろう。よく見れば、《ゴーレム》左足首のあちこちがヘコみ、バチバチと音を立てている。
ココは見た目とは裏腹の身軽さを見せ、膝をついた脚から胴へ――そして頭部によじ登ると、その瞳のある部分へその頑丈な爪を突き刺した。
メキッ――との甲高い音を立てヒビ入ったそれはもう使い物にならないだろう。
視力を失えど、身体は動く。
そう言わんばかりに、《ゴーレム》は爪が抜けぬココを掴みあげ――
「ふむ。やはり碌でもない目にあいそうだ」
「ココ!」
「も、モグモグッ!」
創造物にも怒りと言う感情があるのか、《ゴーレム》は力任せに来た方向へとぶん投げ――一拍の間の後にガツッと何かにぶつかった鈍い音が聞こえてきた。それからは何も聞こえてこない……。
奴の瞳にはモグラの爪が三本刺さったままになっている――ココはその身を犠牲に、己の自慢の爪を折りながら《ゴーレム》の視力を奪ってくれた。それに報い、仇を討つためには――ッ!
「このッ!」
ひざ裏にココのハンマーが噛み、起き上がれなくなっている《ゴーレム》にボディブローを――隙だらけのそのデカい図体に、パイルドライバーを思いっきり突き上げる。
だがそれでも
「コアまで……長さが足りないか!」
左腕が胴体にめり込んでもコアに達していないのか、《ゴーレム》の動きは止まらない。
その両腕が《モール》を掴み、ミシミシと音を立て握り潰さんとして来た。
《モール》の耳の部分が逝ったのか、何の音も聞こえない――。
だけど、何の恐怖もない。
だって――モグラの名を冠す《モール》の爪は、もう既に金属の身体に穴を掘り、心臓を捉えているのだから。
「貯水槽で使ってなくて良かったよ」
"血染めの女王"の占いを思い出し、この時がその大事な時だと"射出"のボタンを押した。
※次回 6/1 19:22~更新予定です
物語は次で最終話となり、同日(6/2)02:00にエピローグとなる最後の話を投稿します。




