2.踏破への道
リノリィの街で最後の買い出し――とは言っても、積み込むのは水と携行食だけなので、かつての一輪車ガラガラほどでない。
ファムは『ずっと歩いていたので疲れた』とココの巣穴に残って休んでいた。
「あ、ロイルお帰りぃっ! んーっ」
「わっぷ!?」
ここの所、妙に気だるげで大丈夫なのかと心配していたが、いつものファムが出迎えてくれた。
日中夜問わず求めまくってたのが原因かと思って、少し控えようかと思ってたけど……このザラついた舌の感覚は癖になってしまうんだよなぁ。
「ふむ。この先一年持つのかね」
「わっ!? あ、あはは……どうだろ」
「こ、ココ!? な、何だその瓶……まさか」
「《モール》の背に積むが転ぶなよ?
また集めるのも、持ち運ぶのも、熟成させるのも面倒だからな」
熟成て……もしかして九か月も行方くらましてたのって、"人魚の尿"を寝かしておかないといけないからだったのか?
その間、暇だったから模様替えしてた――と言うなら、額縁に入った古い子供の絵や、オモチャとかいっぱい並んでるのも説明がつく。きっとアンティーク物とか好なのだろう。だが、台の上にある"ハゲのかつら"は一体何だ――。
そんなココはいつもの格好、黄色いヘルメットにヘッドライト、ベストにハンマー。背には地図作成用のリュック――こいつの地図が無きゃ、今頃は完全にモンスターの餌となっているところだったんだな……。
今では経験も、守るべき物ある。《モール》と言う戦う術も持っている。
もうあの頃のお坊ちゃんとは違うんだ。あとどれだけ残されているのか分からないが、地図のコンプリートまでもう少し……ここまで来たら最後までやり遂げてみせようッ!
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俺の始まりでもある、リノリィの迷宮――ここに来るのは二度目であるが、やはりこの入ったばかりの臭いと湿っぽさは慣れそうにもないな……。
最初ほどの重苦しさはなく『ああ、こんな感じだった』と、物書きの訂正箇所が頭に浮かぶぐらいの余裕すらあった。草案持って来ておいて良かった。やはり気になった事は即座にメモしておかないとな。
だけど、こう言った慣れによる"余裕"が足元を掬う。もはや無くてはならない存在となった《モール》の中で一層気を引き締め、一歩一歩慎重に足を進めてゆく。
今更気づいたのだが……帰りは《モール》でどうやって階段上がるんだ? かつてのように引き上げる方法とかだったらもう、胃から出しちゃいけない物出るよ?
《モール》の武装はチェーンソー――これは前回と同じだったが、今回は手持ち式になっている。これで通路を塞ぐ植物を刈り取れと言った所か。
後は左腕にパイルドライバー――これはキャリオン峡谷に向かった際に使った物だが、チェーンソーと干渉するからか、左腕に収まるぐらいに短縮化され取り回しやすくなっていた。攻撃時には伸び、射出も出来る。イイじゃないの……。
「ところで、ファム……大丈夫か?」
「え、ああ、大丈夫だよ?」
ここ数日、ファムの様子がおかしいので今は俺がしっかりするしかない。
ちょこまかと動くのは普段と変わらないのだが、何と言うか……身が入っていないというか、いつも通りであっていつも通りではない様子だった。やはり動きが少し緩慢になっている気がしている。
戦法も、先手のクロスボウから斧や爪で斬りかかる……のではなく、クロスボウを打ち続ける事の方が多い。まぁこれはココが更に改良を加え、連射性を高めたからだろうけど。
だが猫パンチは健在で、急襲してきた《ウェアウルフ》の首が180度回ったのを見て、自分の首の丈夫さに感謝した――。
初めての頃に比べれば随分と楽な物となっている。
あっという間に、俺がモグラに連れて来られた原因となったフロアへとやって来ていた。
ここに問題となる植物も群生している――早速そこに向かうのかと思いきや、自分が作った地図を広げ何やらずっと難しい顔をしてるが、道の再確認中なのだろうか?
「ふむ。うーむ……」
「珍しく何度も唸ってんね。どしたの?」
「この階に根があるらしいのだが、思い当たる場所が思い浮かばないのだよ」
「根かー……ボクが思うに更に地下にあるんじゃないかな」
「エルフのお嬢ちゃんはここが最下層だと言う」
「んー、そっかぁ」
あの植物の根のことか……つまりそれを根にぶっかけるって事なのだろう。
確かに根っこと言うからには、ファムの言う通り地下に這ってそうだけど。いやそれよりも、エルフのお嬢ちゃんって……このモグラ、そんな所にも知り合いいんの?
是非とも紹介――あ、何でもないです、だから猫の爪で《モール》の表面引っ掻くの止めて!? 超音波響くから止めて!?
「しばらくお預けになるけど。その間、浮気なんかしたら顔オークにするからね?」
「肝に銘じておきます……」
だけど、あまりエルフには良い思い出がないし、深く関わりになりたくないな。
いや、エルフ自身とは関わっていないが、あそこでサキュバスに襲われて、脚にツタが絡まりイイ事――ではなく、酷い目にあわされたんだ。無論、それのお蔭で今のファムとの関係があるのだが。
今思い出すだけで喉が渇く――ん?
「ん? ツタに、渇く……」
「あれ? ロイル、どうかした?」
「いや、あの植物って青々としてたよな?」
「あー、確かにそうだったね。何? 触手プレイに目覚めたの?」
「ないから!? でも、あれってどこから光やら水やら取り入れてるんだ?」
「ふむ。モンスター化した際にそのままなら色の説明がつくが」
「水、水かぁ――あ、そうだっ、ボクが飛び越えた所の水路はっ?」
「飛び越えた――ああっ、た、確かっ……」
持ってきた本をパラパラをめくる――小さな事でも書き記しておくもんだ。
まぁ整理整頓しなきゃ意味がないが……えぇっとこれでもない、あれでもない……あぁ、あったあったっ!
あの水路を覗き込んだ時、何かに絡まって溺れた奴が居た奴の記述――。
「あの植物は、そこに根を這って水を得ているんだ!」
「ふむ。私が気づかなかったはずだ」
「え、モグモグは何度も来てたのに?」
「この足で覗きこめないのだよ」
「ああ……短いもんね……」
頭も重そうだし、前かがみになれば落ちてしまう可能性があるのか――。
鎧とか装備していたら重心が下になって安定しそうだけども。
「でもココって鎧は着ないんだな」
「ゴキブリになるからな」
「え、何で……?」
「調べりゃ分かる」
「ヨロイモグラって名前のそれがいるんだよ……」
その水路までの最短ルートは罠が多いが《モール》に対して屁でもない。《モール》こそまさに鋼鉄の鎧をまとったモグ――止めよう、考えないでおこう。
「うーん、やっぱ何もかもが懐かしいな」
貯水槽でもあるその部屋はひんやりとした空気に包まれており、その水底には沈んだ哀れな冒険者がそのままの形で残されていた。君の犠牲は無駄ではないぞ。そのお蔭で、我々の謎解きのヒントになったんだ。
時間が経っても朽ちた骨のままであるが、この水も何かしらの呪いとかかかっているのだろうか……?
「で、誰がこのビン開けるの……?」
「頑張れ」
「ぼ、ボク爪と肉球のせいで開けられないなー」
「開けてるじゃん!?」
普通に高そうなツマミやら缶詰をパクって来ては、バカバカ開けてたじゃん!?
俺だって、いくら女の子のだって言っても熟成された他人のそれなんて、触りたくもない。
確かにそれの臭いやら充満する迷宮内では、多少濃いのが漂っていても気にはならないだろうけどさ――せめて水中で開けたり割れたりしたら……ああ、そうか。
「水に沈めて、パイルドライバー射出!」
「ふむ。杭を回収するなら構わんが」
お前は最後まで貴重アイテムを取っておくタイプかっ。
いやでも、確かに"血染めの女王"の占いでもそんな事言ってたしな……。
うーん、埒が明かないし、もう腹を括って俺が開けるべきか。
「ね、ねぇ……あの死体、動いてない?」
ファムが恐る恐る指差したそれは、よく見れば『来い来い』と合図しているように腕を動かしていた。
水の中で揺らめいているだけかと思ったが、やはりこの水は呪われていて、死んでも死ねない場所であるのか。
何にせよ、こいつらの仲間入りなぞ御免――
「ん、何? この"聖水"が欲しいのか?」
「頷いてるね……」
迷宮の死者の項に追加――『馬鹿は死んでも治らない』っと。
「まぁそこまで欲しがるなら沈めてやるか。
おい、お前。ちゃんとキャッチしろよ?」
コクコクと頷き、『バッチ来い!』と言わんばかりに手を広げている。
チャポッ――と音を立て、真っ直ぐに沈んで行ったそれを……しがまえるようにしてキャッチした。
「頬ずりしてないで開けろよっ!?」
「男ってホント成長しないんだね……」
「死んでるからな」
ボロボロで脆い手を折りながら蓋を開けた死体は、水中に広がるまっ黄のそれを顔一面に浴び――息絶えた。その顔は幸せそうにも見える。
「ふむ。これで大丈夫だろう」
「ボクは納得したくないよ……」
まぁ過程はどうであれ、根っこに"人魚の尿"を浴びせられたんだから良しとしよう。
それに彷徨える魂に"死"を与え、救ってやれたのだし――。
※次回 5/31 19:22~更新予定です




