5.見た目に騙されてもいい
突然、《スケルトン》が慌て始め、剣や盾を捨てて大慌てで撤退を開始していた。
目にもとまらぬ速さで去って行くそれに、誰も追撃しない。むしろ、人間全員が『何が起こったのか』と言った様子で呆然と立ち尽くしている。
ローアインのロジー王子も、別の意味で立ち尽くしていた。
こっちは、夢は夢だったと気づいたからだ。
「ど、どう言う事ですか……?」
「ほんの少し手違いがありましたが、そう言う事なんです」
絶世の美女が絶世のゴリラに変わった――彼の絶望は計り知れない。
普通なら『ごめんね、こんなブサイクだと知らなかったんだ』と言えば、王子の腕の骨二本ぐらいで済むだろうが、時既に遅く、向こうからやって来たノッシノッシと歩くモグラに、それすらも封じられてしまった。
今まで何をしていたのか、と問えば『骨粗しょう症の奴を倒して来た』とモグラは答えたが……。
「ひ、日付が変わる前に、このゴリ――ラウラ姫を?」
「うむ。せぬ限りここは満月の度に攻められる」
「お、おぉッ……し、式まで取っておきたかったが、しッ仕方ないなッ」
「ボクなら迷わず死を選ぶよ――」
この騒動の張本人に、究極の二択を迫られていた。
一つは、満月の日……今晩の十二時までに"死者の指輪"を贈った本人が、贈られた人を抱かねばならない。《骨の王》は処女のそれを求める為だ。
そして、もう一つが贈った本人の死――死体を死者の宮殿に安置し、《骨の王》の配下に加えるかのどちらかしかない。あの《骨の王》は元々はローアインの王であり、死を恐れ、財宝に憑りつかれた末路であると言う。
ここでどちらも選ばない場合、此度の一連の騒動は"ローアインからの宣戦布告"とみなされ全面戦争に突っ込んでしまう。
ローアインからすれば、《スケルトン》の襲撃でトンモーバが陥落しようとも別に問題はないのだが、このゴリラの強さとそれに鍛えられた兵の練度を目の当たりにすれば、戦争になった先で何が待つか容易に想像できるだろう。
戦争に負ければ国が奪われるだけではない。
そこから更に強引に処女を奪わされるか、殺されて《スケルトン》の仲間入りし、永く死ねない呪いをかけられるか、まで加わってくる。つまり……前後左右、全ての逃げ道が封じられているのだ。
モグラに『何度も手伝いたくないし、承諾しなければ城と港まとめて爆破する』と言われ、ファムには『城のお宝全部頂くね』と言われ上下まで防がれた。八方ふさがりとはまさにこの事だ。
「前門に虎、後門に狼、左右から壁が迫って……あ、ははは……」
乾いた笑いを漏らす王子の目の焦点が合っていない。そして、配下の兵は誰も王子の目を見ない。
覚悟を決めたのか、夢に浮かされた様に『一夜だけだ、一夜だけだ……』と呟きながら、乙女の顔のラウ姉の手を取り――同情の目に見送られながら城の中へと消えた。彼の戦いはこれからだ。
帰りに〔モンド〕と〔バックス〕は無事かと畑を覗きに行けば、いつぞやのNとYが書かれた帽子を被った《スケルトン》の連中と遊んでいた。二匹がよくやる、投げたボールを木の棒で打つと言う遊び――お前ら地区違うだろ。
屋敷の外では、慌てて茂みから現れたメイド長――顔が赤く、乱れた服でも何も言わないよ、うん。
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ベッドの上で四肢を投げ出し、大の字なってようやく一息ついた……。
迷宮から戻り、小汚い酒場で酒を飲んで終わり――が冒険者の締めだと言うし、俺もそれが正しいと思う。
だけど、その先にあるベッドに横たわり、そこであった事を色々思い返しながら瞼を閉じるのが本当の終わりなのだと俺は思う。
メモ帳や日記などではなく、頭の中の記憶のページをめくれば、そこで出てきたのは《モール》に乗ってスケルトンと戦った事だ。
両手足・目と耳とフルに使うからだろうか、あの《モール》に乗っていると非常に疲れる――。
ココは、何の目的があってあんなのを造ったのか分からないし、どう言った原理で動いているのかも分からない。
分かるのは、リノリィの迷宮にて戦ったゴーレムのパーツを使用している。と言う事だけ。
そこで、ココと出会い……ファムと出会った。
共に迷宮の中を地図を作りながら歩き、ゴーレムと戦い、解体したパーツを必死の思いで運び出した――たったそれだけの事、それだけの仲だったのが今やこの国の防衛戦にまで参加するパーティーとなっている。
白い天井をじっと見た。
相変わらずココの考えている事は分からない。ラウ姉とロジー王子が城に消えたのを確認してからどこかに消えた。
ローアインの兵士に『戦利品だ』と投げ渡した王冠に、兵士たちは『《骨の王》の物だ』と恐れ慄き、それがここにある事は、どう言う事かもすぐに察したようだ。
「親父と兄たちは教会っぽいから、恐らく戻るのは来週くらいか」
平和が取り戻されたこの街には、頃合いを見て各々の家に帰る予定になっている。
なので、ここの屋敷に居るのは俺とファムのみ――メイド長とオークは屋敷の外でお楽しみ中なので数に入れない。
瞼の裏に浮かぶはファムの顔――。
出会った時の関係ではない彼女は、屋敷に戻ってから殆ど会話していない。
正直な所、まだ少し不安でもあった。《モール》の中でハッキリと言葉で表したものの、思い切って踏み越える事に、彼女が抱える種族の問題に関しても課題が残されてる。彼女の帰るべき故郷――
そんな事を考えていたら念が通じたのか、扉がコンコンとノックされた。
屋敷には他に誰もいない。となると、俺以外にノックするのは――。
「ロイル……起きてる?」
「あ、あぁ、ファムか。待ってろ」
ガチャリと扉の鍵を外すと、ファムが何やら瓶を二本、グラスを二個持って部屋の前に立っており、彼女は『一杯やろう』と言ってきた。既に一杯引っかけているのか、やや顔が赤い気がする。
少し開いた扉からスルリと身体をくねらせて這い込むと、両手が塞がっている彼女は、その小さすぎず大きすぎもしない尻で、扉をドン――と行儀悪く閉めていた。
持ってきた酒は、いつものビールではなくシャンパンだが、机の上に並べられたグラスにトクトクと注がれてゆく。
チンッと小気味よい澄んだグラスの音をたて――ぐっと喉を潤した。
ビールとは違って上品な味わいではあるが、如何せんどこか物足りなさが感じられる……。
「うーん……ジュースだね」
「やはり安物でもビールのがいいな。今度入れておこう」
「あ、じゃあワインもお願い。ロゼねっ!」
「で、この酒は……いや、止めておこう」
このシャンパン……どこから持って来たか考えたくない。
何か城の貯蔵庫にあった、物凄く高級なそれのような気がするんだけど――酔って気づかな事にして、瓶は後日どこかに埋めよう。
「にゅふーんっ。これでロイル君も同罪だねー☆」
「お、お前分かってて持ってきたのか!?」
「ボクだってお酒にはうるさいんだよー? いいお酒が眠っているって分かれば、飲みたいに決まってるじゃない。
飲まれないお酒はお酒じゃないし、飲んでこそお酒だと思うよ。眺めるだけなら瓶だけでいいんだしさ」
「まぁ確かに……一理あるな。
乗りかかった船だ、こうなったらもう飲み切ってしまおう!」
「そうこなくっちゃ♪」
半分ヤケクソだったが、この先、五十年は飲まれた事に気が付かれないだろう。
中身を安物のそれにすり替えていても、知らない奴が飲めば賞賛するだろうし、何十年前の味なんて覚えているわけがないんだ。結局は名前を味わっているだけに過ぎない。
万が一知っているのが居ても、それははごく僅か。それも良く精通した奴でないと見た目に騙されてしまう。
目の前にいるファムに関して、俺は彼女について知っているだろうか――。
遠慮なく、高い年代物の酒をガブガブ飲む彼女の姿は、真のファムの姿なのか?
「ん? どうかし――」
ぐっと抱き寄せ、そのシャンパンの香りと味がする唇を求めた。
自分の赤く色づいた顔が、更に赤くなった気がする――。
「も、もう……急だなあ……」
「す、すまん……ちょっとファムの本当の姿はって考えたら……」
「ボクの本当の姿?」
「あ、あぁ……」
酔っているのか分からないが、考えていた不安を全てファムに述べていた。
彼女はそれに対し、不快な顔も見せずフンフンと鼻を鳴らし聞いている――。
「えー、そんなつまらない事で悩んでたの?」
「つ、つまらない事って……俺だってまだファムの事は深く知らないからさ」
「んー……まぁフェルプの女は化けるしね。でも良いんじゃない、瓶だけに、見た目に騙されても。
ボクはボクだし、ボク自身もあまり分かってないしさ――」
今度はファムから、窓から差し込んだ月明の影が二つ合わさった――。
三角の猫の耳がピクピクと動き、潤む瞳は恍惚さを引き立たせ、それを離さまいとしている。
「ロイルは……こんなボクは嫌い?」
「き、嫌いなワケないだろ!」
「じゃあ……それでいいじゃない。ボクはこれが本心なんだしさ」
「か、考えすぎか……」
「うん、ロイルは元々あれこれ考えすぎなんだよ。将来絶対ハゲるよ」
「うっ……」
皆に言われる事をズバッと言う――。
確かに家系的にもそうだし、色々と危険要素が強いんだよな……。
猫っ毛で、本数も元々少な目だから余計に目立つんだ……。
「でも……ボクはそんなロイルが好きだよ。
この際だから全部言っちゃうけど、エルフの森で《カーシー》に襲われた時――正直、あのまましちゃってから反撃、って考えてたんだよ?」
「え、えぇっ!?」
「でもさ、ロイルとしようとした時の事思い出したら、身体がそれ以上動かなかったんだ。
それでその時、あーそっか……って気づいたんだよ。下半身の疼きを鎮める為に求めてたんじゃない――って」
「あ、あぁ……」
「ほら……ボクの胸、凄くドキドキしてるでしょ?
ボク自身、ロイルが欲しい……身体が求めてるんだよ。身も心も――」
その小ぶりながらも押し当てられた胸の鼓動は強く、早い……その手から俺にも伝わり、より鼓動が強くなった。
もう外の瓶だけでも、ラベルに騙されててもいい――俺にとって、目の前に居るファムこそ、惚れた女、欲している女なんだから。
ここにはもう止める者も、邪魔をする者も居ない。
唇を求め、抱き合いながらベッドに転がった――眩いぐらいの光を反射するファムの毛はキラキラとした、一つの宝石のようでもある。だが、それは完璧ではない。その腰を包む布を強引に剥ぎ取り、最も美しい姿を作り上げた。
ファムは『まるで獣の様だね』とクスリと笑いながら言った。そして『でも、男らしいよ――』と腕を伸ばし、導かれるようにそのしなやかな身体に覆いかぶさった。こんな良い女を目の前にすれば、誰だって獣になるに決まっている――。
首の後ろに回された腕はガッチリとホールドし、胸元の柔らかな感触は堪能できるが、あまり身動きが取れない……。
なので、手をあちこちに這わせ全身を撫で上げるようにするぐらいしか出来なかった。
その時にようやく気づいた、今日は満月だ――と。
今回は偽りの月ではない、正真正面の満月の日だ。薬や術によって惑わされてはいない、互いにありのままの感情のまま動いている。
濃い獣の匂いに益々俺自身が獣と化してゆく――オスの征服欲を察知したメスは、うつ伏せとなり、エルフの里の時と同じ体勢を取った。
ファム自身はそれに何一つ抵抗せず従順である。その姿が更にオスの情を昂らせ――もはや人か獣か分からぬ鳴き声は、空が白むまで止む事は無かった。
※次回 5/28 19:22~ 更新予定です




