3.身を粉にして
トンモーバの町はずれ。
俺とココは小高い丘の上にて、ローアインの軍を到着を待っていた。
ファムは城にある《ハミング》と呼ばれる、拡音孔の整備を行っている。
『モグモグの馬鹿ァァァァッ――』
日が落ち、辺りを赤く染めたトンモーバの大地に、風情のある猫の鳴き声が響き渡った。
このモグラはいつも大事な事を言わない、言ったらやらないであろう事は言わない。
「ふむ。やはり埃も詰まっていたらしい」
昔は結構有名だったからだろうけど、『栓を閉めたままではないか?』とか考えられうる原因を口頭で伝えられるぐらい詳しかった。その国の関係者ですら今まで忘れてたような代物なのに、よくこのモグラは覚えていたな……。
確か動かなくなったのは、ばーちゃんがまだ若いときだったはずだ。こんな簡単に直るのならもっと早くに整備し『もう一度聞きたいねぇ。今度はココアと一緒に聞きたいよ』と言っていた言葉を叶えてやりたかったな……。
「ふむ。やはり甘い――」
ココはココアを飲んでいる。砂糖にミルクを入れた甘めのそれだ――何も入れずに飲めば苦いだけなので、砂糖などの甘みを足して飲む人は多い。ばーちゃんもその飲み方が好きだった。
だけど、ココはコーヒーも砂糖もミルクも入れないブラック派だったはずなのに……モグラの生態に書き加えておこう。
それを飲むモグラの視線の先には、地響きを轟かせながら紅色の軍勢がこちらに向かっていた。
海に面した国――それを象徴するイカリの紋章が印された旗を掲げている。
我々と負けず劣らずの小国ではあるが、海に面しているだけあって海上での戦いでは負け知らずなローアインの旗印であった。
「トンモーバの方とお見受け……する?」
疑問形なのは……この後ろにある《モール》とモグラのせいだろう。先頭を走っていた、その海の色を基調とした青い兜飾りを付けた騎兵が我々の前に降り立った。
そのモグラはココアからパイプタバコを咥え、プカリと煙を吐いている。
「私はトンモーバの――第……いくつだっけ、ああ三か。
第三王子のローレン・イラウルと申します。此度はローアイン軍の加勢、心より感謝申し上げます」
「お、おぉっ、貴殿がそうでございましたかっ!
いやこれは失礼致しました、私はローアインの第三王子ロジャー・ビデンス、"ロジー"とお呼び下さい。麗しきラウラ姫より、貴殿の事は常々窺っており、一度会いたいと思っておりましたっ」
数時間後には『二度と会いたくない』と言われてしまいそうだ――。
俺よりも若く、二十にも満たない好青年。俺と同じでまだ深く女を知らないと言った感じだ。
端整な顔つきで、女性人気もありそうだが……それらに嫉妬されるよりマシか。
「先ほど、可愛らしい女性の悲鳴が聞こえ、もしやラウラ姫のではないかと思い……」
「安心してください、あの方は悲鳴をあげないので」
「おお、お強い方なのですねっ!」
"強い"の意味合いが違うし、どちらかと言うと悲鳴をあげさせる側なのだが……。
「ふむ。自己紹介はそれまでにして、そろそろ行かねばならんぞ」
「ああ、そうだな……日も暮れてきたし。ロジー王子、我々が先導致します」
「では、私はここに残る。作戦通りに動け」
「分かった、気を付けてな」
「ローレン殿、私は貴殿とは良き友でありたい。
我らがローアインは精鋭揃い、《スケルトン》の雑魚共は容易き相手でございますので、どうか無理だけはなさらずに――」
「承知しております。私の背中、ロジー王子にお預けします」
終わったら友達解消ボタンを連打されないだろうか――。
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日が落ち、満月の光が煌々と照らし始めた頃――眠る死者達が次々と目を覚ましていた。
トンモーバのメインストリートは、まるで《スケルトン》の歩行者天国のようであり、ゾロゾロと湧き出たそれが大軍となって城に向かっている。
満月のそれは凶悪な存在となる――との言葉通り、以前までのそれとは打って変わって、不気味で恐ろしい空気に包まれていた。
殺気立った《骨》は、通りに転がっていた子供のオモチャを踏み壊し、軒先に並んだままの商品を剣で叩き壊し、ケタケタと笑っている。
ローアインの兵士は、シャラッ――と鞘からその銀の剣を抜いた。月明かりを反射するその刃は、うっすらと濡れているようにも見える。鞘には聖水を入れてあるのだろうか?
可愛いシスターのそれなら俺も一丁欲しい所だが、俺には俺の武器がある。
ぐっと《モール》の両手に付けられた装備――チェーンソーのレバーを握り直した。
「もうモグラ大好きになっちゃう」
刃回るロマン溢れる音を響き渡らせ、《スケルトン》に突っ込む――
落とし子だし、この国に来てまだ十年くらいだ。そこまで深く思い入れの無い国、街であるが……よそ者に好き勝手されるのを許すわけにはいかない。
店を叩きこしていた《スケルトン》は白い粉を夜空に飛び散らせた。
脆くスカスカの骨はあっさりと両断され、死んでも死ねないその身体は地面を転がるように悶絶している。
笑っているのか、驚いているのか分からない頭蓋骨は、グシャリと音を立てて《モール》の足の下で砕けた。
それを驚いた様子で見ていた《スケルトン》は、"殺された"仲間を見て怒りを露わにした。
不死の存在である為、頭部を砕いた所で奴は死なないだろう。だけど、束の間の”死”を与えてやる事に感謝して欲しい。
「我々も続けェー!」
ローアインの若き王子の号令に、馬が駆けた。
馬と骨がぶつかり合い、骨は脆いバリケードの如く砕かれ、ぶつかった勢いで騎手が地面に落ちた。だが、落馬してもなおその闘志は衰えず、片膝をつきながらも横に振り抜いた剣が《スケルトン》を粉砕している。
身体を回転させながら、起き上がりと同時に横にいた《スケルトン》の脚を斬り上げ、逆に膝をついた《スケルトン》は雄叫びあげる騎士の剣によって、頭部ごと両断された。
いくら思い入れが薄いと言っても俺の国だ。
白い粉吹き上げる《モール》のチェーンソーの他に、こちらには"土地勘"と言う最大の武器がある。
メインストリートには多くの《スケルトン》がすし詰めとなっているが、正面にある城しか見えていないようで、脇に逸れた道には少ない。
「ロジー王子! こちらへ!」
「分かりました! 供回りと第一中隊は私と共に!
残りは正面から《スケルトン》共を叩き潰せ!」
ローアインの王子と親衛隊を連れ、城に通じる近道となる俺の屋敷へと向かう。
道中、見慣れた畑にて、見慣れた双子の犬が数体の《スケルトン》と対峙しているのが見えた――。
『この畑を荒らすたぁ』
『ふてぇ野郎だ』
そう言えばここは〔モンド〕と〔バックス〕が畑仕事をしている場所だ。
植えたばかりのそれが刈り取られ、踏み荒らされたのが我慢ならなかったのだろう。上あごの肉をせり上げ、怒りのまま《スケルトン》に斬りかかる。
二匹のコンビネーションは抜群で、ピョンピョンと身軽に跳ねるそれに翻弄され、あっと言う間に骨がバラバラに砕かれている。大腿骨の骨が美味いと兄弟で齧り合う余裕すら見せていた。
『おや、御仁方』
『ここは俺たちの領地でさぁ』
バラされた骨のどこが美味いのか、不味いのか食べ比べをしているコボルド二匹は問題ないだろう。よく見れば他の《スケルトン》もバラされ、オモチャにされた形跡があった。
その先の屋敷に向かえば、鎧を着た豚が大ナタを持って入口に立ち塞がっていたのだが……その後ろに居る、きわどい恰好をしたメイド長は何をしている?
「ここは俺に任セなッ! 姫にャ指一本触れさセねェゾッ!」
まさかとは思うが、お前らは『窮地に立たされたお姫様とそれを守る勇者』――と言う設定の真っ最中なのか?
オークもまんざらでもない様子でそれにつき合っているあたり、このカップル成立も時間の問題かもしれない……いや、もう成立しているのかもしれない。あまり想像したくもないが。
「モンスターと人間の女の恋、成立するものなのですね……」
「ええ、愛さえあれば――」
あなたもその仲間入りするんですよ? と言いたかった。
屋敷の横の道を抜け城の前の通りまで来たのだが……イケメンアイドルグループのコンサートがある、と言わんばかり《スケルトン》が城門に押し寄せている。
上から見れば白い玉石を敷き詰めた道にも見えるだろう。
跳ね橋があがっている上に、それを下ろし辿りつくには、この手勢ではそこへ辿りつく事は骨が折れる――。
だけど、相手も待ってはくれない。
我々の作戦は、メインストリートに敵を集中させ、横から抜けて最短ルートで城に行く。
そして、先行した《モール》で跳ね橋付近を埋める《スケルトン》を撃退する。
中に居るファムからの”何かしらの援護"に合わせて、王子を城内に――
と言う、実にシンプルな流れだった。
流れだったのに……。
どうして、あの人はじっとしてられないかなぁ……。
※次回 5/26 19:22~更新予定です




