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5.紙一重

「ハァ? その瓶一杯にしろって何? 馬鹿なの? このモグラ馬鹿なの?」

「ふむ。まぁしないのなら構わないが」


 美しい湖の湖畔にて、地に潜る者(モグラ) VS 水に潜る者(にんぎょ)の戦争が勃発している。

 果実酒を造る際に使われるような大きい瓶を手にしたモグラが、『この瓶一杯に小便しろ』と人魚に命令した事が発端であった。

 ドMモードなら素直にやっていたであろうが、今のコイツは賢者モード――まくしたてるようにモグラを口撃(こうげき)している。サドとマゾは紙一重と言うが、こいつ二重人格なんじゃないだろうな……?


「猫、人魚の肉は高く売れるらしいな」

「えぇっとー、グラムで金貨千枚は固いかなぁ。

 ……あはは、どうしてイケない笑みが出ちゃうんだろうね」

「な、何っ……何考えてるのよっアンタたち!?

 人魚の肉に……ふ、不老不死の効果なんて無いわよっ!」

「いやー、そうでなくても伝承信じて買う人も多いんだよねー。

 目の前でさばいてぇ、効果なかったら人魚ごとお買い上げしてもらおうかなぁー

 一体どんなことされちゃうかなぁー?」

「い、嫌っ! 私は絶対に嫌だからねっ!」


 さすが捕食者――ファムは逃亡を謀ろうとした人魚をいち早く察知し、その腕をキャッチしていた。片方の猫爪は伸び、目の前の人魚を三枚おろしにする準備が整っている。


「ちょ、止めてッ離してよッ! 帰るからっ! 私帰るからっ!」

「その気で来たんでしょおー?」


 陸に上がった河童と言うのを聞いた事がある――。

 いくら人魚でも地上に引き上げられてしまえばどうしようもない。両手を縛り上げられた彼女の目はギッと俺たちを睨みつけ、俺たちに屈しない意思を示している。

 陸に上がったと言うより、まな板の上の鯉に近いか……オークが女騎士にハマるのが分かるよ。抵抗できないのに強がる存在を屈服させるのって何かこうゾクゾク来ちゃう――。

 ここでモグラが『好きにしろ』と言えば、何と話の分かるモグラかと思えるだろう。


「しかし、オークも人間も変わらないんだな」

「な……やめてっ、お願いっ止めてよぉ……」


 木に吊るされた姿だけでもご飯三杯はいけそうだ――まぁ、今のうちに人魚の生態研究でもしておこうか。


 ・

 ・

 ・


 一度であの瓶を満たすのは無理だ。

 用途不明だが、瓶に尿を入れる――それだけで解放されると言うのに、頑なに拒むから苦しむ事になるんだ。

 歯を食いしばり、決壊寸前のそこを必死で堪えていたメイリスだが、ついに陥落し、瓶の中にそれが音を立てて落ちて行った――後一回と言った所だろうか、墜ちた彼女からSっ気が失われ始め、ドMモードが姿を現そうとしているようだった。

 色々混ざらないように、尿集めはそこで切り上げたのだが――このままリリースして良いのか?


「う、うぅぅ……ハァッ――」

「ロイル、この人魚にその気になっちゃダメだよ?」

「な、ならないから。でもどうしてだ?」

「種族によって違うけど、人魚のこの種族は人間であれば誰でも良いんだよ。『私が王子です』って言えば『素敵! 抱いて!』って種族だし、悲劇のヒロインになりたがるから」

「なるほど……それですべての合点がいった」


 どうして俺を王子と知っているのかと気になっていたが、人間であれば誰でもそう呼ぶのか。安心したような、少し寂しいような……。

 だけど、この性質を利用して"マーメイド・バー"を開けば繁盛する気がする。流石に国の風紀を乱しかねないのでドMを売りにしたのはできないが――。


「あぁ、そうだ……ラウ姉の事忘れてた」

「エルフの女王も居なかったしね……コレは……アテにならなさそうだし」

「ハァ……ん……か、身体が乾いていくの……イィ……」


 完全にスイッチが切り替わってしまっている――。

 こいつもファムの様に、発情期の周期がおかしくなるような薬でも飲んでるのか?


「ボクとこんなのを一緒にしないでっ」

「あぁん……で、何の話をしてるのですか?」

「あぁ、その……ちょっと探してるものがあって――」


 乾く身体に恍惚の表情を浮かべるそいつに、ラウ姉の事を話してみた。

 人魚は薬に関する話もあるし、何か良い薬とか知っているかもしれない。


「なるほど……メチルアルコールとかどうでしょうか」

「目潰せってか」


 説明している時間が無駄だった。

 緊張の糸が切れたせいもあってか、疲労がどっとやって来た……。

 モグラはすぐに《モール》の修理・換装する必要があると言うので、寄り道せず真っ直ぐリノリィに帰るようだ。

 俺としてもそちらの方が助かる。《モール》に乗れば恐らくしばらく降りられなくなりそうだし、身体全体がダルすぎてもうあまり動きたくない。

 今日ぐらいオートパイロットとかあればいいのにな……。


「では戻るとしよう。ご苦労だったな」

「え、ちょっ、ちょっと何をされるのですか――!?」


 ココはそのモグラの手で人魚を持ち上げた。

 陸に打ち上げられ、小便を採取されと扱いがぞんざいだったが、やはり最後はその手でちゃんと湖に還して――


「きゃッ、きゃぁぁぁぁぁぁ――……」


 悲鳴が放物線を描きながら湖に飛んで行った。

 馬鹿、馬鹿と言われたからだろうな……モグラだけに意外と根に持つタイプなのかもしれない。

 ドボンッと湖に投げ込まれた魚を見届け、俺たちは後ろを振り返らずその場を去った――。

 後ろで賢者モードに戻ったそれの罵声は聞こえなかった事にする。


 ・

 ・

 ・


 リノリィの宿屋に着いたのはその日の深夜だった。

 どれだけくたびれていても、酒場に行くと思うと元気が出る――今ではこの言葉の意味が理解できる。

 だけど身体が店に行くのを拒否しており、冒険終わりの一杯はファムと一緒に寝室で飲んだ。場所が違えど、安物であれど美酒の味には変わらない。


 飲み終えれると、自然とベッドの上で二つの吐息が重なってしまう――。

 ビールの匂いと熱を帯びた吐息が混ざり、互いの理性を溶かしている。

 だけど、俺としてはこれ以上するつもりはない。と言うか出来ない……顔を赤く染めたファムは『いいよ』と言わんばかりに身体をこすり付け、熱を帯びた目で訴えて来ているけど身体が動かない。

 彼女自身もそれには気づいているので、これ以上進まないようにと自制をかけていた。


「ボクも湖底の神殿見たかったな」

「ココに《モール》借りて行けたらいいんだけどなあ」

「だ、ダメだよぉ……あんな水底で更に洞窟の中に入るとか考えたくないよ……」


 猫は水が苦手と言うが、ファムも少なからずそれに該当しているようだ。

 最近になってようやく我慢してに浸かる事が出来たらしく、これまではサウナと少しの水浴び、もしくは砂洗いで過ごして来たと言っていた。

 元々は獣臭さが普通の中で生活してきたので、どれが臭いのかがあまり良く分かってなかったのもあるだろう。

 今日は我慢して入ったのか、その身体から香草の良い香りが漂っている――。



 翌朝、ココの巣穴へ行くと、台所にてスパナ片手に大イビキをかくモグラが居た。

 サラダの入ったボウルを手にしているが……うっかりスパナとフォークを間違えたのか、普段からそれで食べているのか分からない。

 恐らくは《モール》の調整をしていたのだろう。徹夜で作業してて、寝る前に少し腹に入れようとして力尽きた――そんな感じの寝方だ。俺もたまにやるから分かる。


「もう、モグモグっ、そんな所で寝たら風邪ひくよっ!」

「ふむ……」


 口と手だけ向こうに行く意思を見せ、椅子に浮いた足を動かすも……再び力尽き、いびきを発していた。

※次回 5/23 19:22~更新予定です

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