4.モグラのバカ
巨大な"穴"が俺を飲み込もうと向かってきた――。
迫りくるそれが眼前に来た瞬間、《ニュート》の下あごがはじけた。正確に言えば、奴に刺さった銛が爆発していた。
いくら頑丈であるそれも内部からの炸裂には耐えきないのだろう。先ほど以上の絶叫を発し、悶絶しているようにも見える。
右腕と左腕の銛はタイプが違うようで、右腕のそれは刺さってから炸裂するタイプ――まさか、これが居る事を想定して装備したわけではあるまい。
恐らくは、モンスターに襲われ洞窟から逃げる時、壁などに撃ちつけて足止めさせる用に想定されている……はずだ。
《ニュート》が口を開けて突っ込んで来た時、走馬灯は見えなかったが、ファムの顔が一瞬浮かんでいた。
「ファムはどうしてるかな……」
ここに来て五~六時間ぐらいだが、もう何年も会ってないような感じさえする。目の前に見えるのは猫……には遠いし、むしろ猫の好物の類だし。
早く帰って会いたい。その一心で、左右の銛をどんどんと叩き込んで行く。
《ニュート》の下あごの骨が砕け、肉がえぐれ血が流れ出ているのが見える。
その血も猛毒だろうが、今はそんな事気にしていられない――人間も顎が弱点だと言うが、魚もそうなのか? 動きが鈍った様にも見える。
あちこちの肉が吹き飛び弱ってはいるものの、その勢いは未だ衰えるのを知らないようだ。見た目は聞いていた竜の姿かたちとは遠く、醜いものの『目の前の奴と刺し違えてやる』と言った竜の意志のようなものさえ感じられる――。
「あと一本、か……」
弾数制限がある為、優位ではあるが不利でもある状況には変わりない。
相手もダメージが受けているのが分かるが、こちらの武器は左腕の銛一本を残すのみ。次の一発で仕留められなければ終わりだ。
その巨体から流れ出る血が、毒混じりの水は神殿の方へと伸びて……ん? 何で神殿の方に?
その疑問が油断を生んだ――。
突っ込んで来た《ニュート》のへの反応が遅れ、回避しきれなかった《モール》に強烈な衝撃が走った。
悲鳴すら出ないとはこの事だろう――牙こそ避けられたものの、その猛烈な体当たりは操縦席にモロに響き、視界も思考もままならない。
いや、身体自体は反応している……が、《モール》が反応しなかった。
「な、なんだとっ!?」
は、背部のスクリューが回ってない!?
魚はそれに気づいてか、好機とばかりに真正面から向かってくる。そいつの眉間に、虎の子の一発を撃ちこんだものの……《ニュート》はモノともしてない。
「これで本当に終わりか?」
"死"が迫っていると言うのに、気楽なもんだと思う。
射出した勢いで反転し、背を向けたのは不幸中の幸いか? 大口を開け、むき出しにした牙がチラっと見えたが、それが噛みつく瞬間を見なくて済むんだし……。
ガンッ――と《モール》の身体が揺れた時『噛みつかれたかな?』と思う余裕さえあった。だがそれ以上の音はしない。
『んぎぎぎぎっーー――!!』
「め、メイリス!?」
人魚が沈む《モール》を押している――
奴の猛毒を浴びてはと避難していたはずなのに、どうして彼女がここに来られたんだ?
『神殿の装置を作動させましたっ!』
チラりと見えたその胸に、彼女の付けていた宝石がなかった。
急降下した俺は九死に一生を得ていたが、いくら水中で素早く動ける存在とは言え、《モール》は彼女が引っ張って動かせるようなシロモノではない。武器、せめて何か武器が……。
メイリスを見て、左腕の筒を思い出した。投網でもまぁ無いよかマシか?
「メイリスッ、下がれッ」
『で、ですがっ……』
「ここから出て、湖畔に居る猫に伝えてくれ――」
残された者にとっては重い枷をかける言葉だろう。無意識に出た言葉だったが、抱えたまま死ぬのもアレだしな。うん。
この場から去ってゆく人魚には気にも留めず、フィッシュがフィニッシュにと大きく反転した奴に向けて、左腕を突出し"投網だと思っていた物"がドンッと音を立てて射出された。
うん、あれだ――
「メイリィスッ、やっぱりカムバァァァァックッ!?」
あのモグラは本気で何考えてんだ!?
本で読んだだけだが、これは俺でも知ってるぞ!?
水中での爆発物は超危険、って。
黒い円柱状のそれが重い音を立てて発射された。
その数秒後、《ニュート》の頭部で爆発したそれを見て初めて走馬灯を見た。
産まれた瞬間から、ファムに会うまで飛んだ。
「どんだけ中身のない人生だったのだろう――」
悲しむのは後にしよう……。
スローな世界の中、最後に《ニュート》の眉間に刺さった虎の子が致命傷となったのか、それとも単に爆発の衝撃と泡に耐えられなかったのか、断末魔をあげる間も無く《ニュート》はゆっくりと湖底に落ちた。
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「馬鹿ッ! モグラの馬鹿ァッ!」
「ふむ。推進力が足りなかった、か――」
「違ェよッ!? あんな爆弾搭載してんじゃないよッ!!」
「うぅっ、ロイルッ、良かった……良かったよぉ……うぇぇん……」
メイリスが隙を見て、神殿の循環を再起動させてくれたおかげで澱みは綺麗に消えた――その後、彼女の命令で《マーマン》に引っ張られ、ここまで運んで貰っていたのだ。
「あ、あぁ……やはり王子様には他の女が……私はいつも放置プレイ……」
「何もしてないからな?」
「あ、言い忘れていました。そこのドラ猫さん」
「アンタ咥えて誰かに追いかけられて欲しい?」
「ああ、それも……と、今はそうじゃなく、王子様が『好きだ』って伝えて欲しいって言ってました」
「状況見ろよッ!? どこまで律儀なんだよッ!?」
「ろ、ロイルゥ……んっ、んんー」
涙目のファムに奪われる唇に、それを見てビクビクを身体を痙攣させてエクスタシーを感じている人魚。
一応ご褒美はあるけれど、何というか……誰でも良いから『竜倒したんだって!? すげーじゃねぇか!』的な言葉が欲しい。
モグラは興味無しと言わんばかりに、《モール》の応急処置の真っ最中だし。
人魚連れて来いと言ったのに、そっちにも興味が無さげだった。
そんな薄情モグラに湧き上がる怒りと絶望と、あと一つ――。
「ぶはっ――ふぁ、ファム、ちょっとストップッ」
「えぇー……」
「ちょ、ちょっと用を足しに行きたいんだ。水中にずっと居たから……」
「あ……そっか。じゃあ、その人魚に浴びせたら?」
「は? そこのドラ猫バカなの? おしっこなんて汚いじゃない――」
「アンタなに賢者モードに入ってるのっ!?」
ひとしきりエクスタシーを感じ終えたのだろう。
メイリスはキリッとした顔で、ファムに白い目を向けていた。
※次回 5/22 19:22~更新予定です




