3.立ち塞がる存在
神殿に乗り込む前に、湖底の洞窟の残りのマップを埋めていく。
あの人魚は話半分どころか、話一割ぐらいでいい――イソギンチャクは普通のそれだし、スネイクも普通の蛇だった。しかも顔見知りであるようだ。
何度も何度も立ち止まり、羊皮紙に羽ペンでカリカリと書いてゆく。
一歩一歩慎重に、確実に記入してゆく――最後の一線を引き終えた時、心が音を立てて砕けて行く気がした……。
「どうしてここに壁があるんだよォォォォォッ!?」
四回目――実は隠し通路なんじゃないかと願いながら、四度ここに来ては殴ること四度目。道あるべき場所には壁しかない。
正しければ、ここは入口近くの分岐に戻って来るはず……。それなのに、目の前には壁がそびえ立っている。いや、その分岐から逆走するようにしてもこの地図には合わない。
おかしい……羊皮紙に描かれた地図は、中心に神殿があるであろう大回りするような道となっているはずだ。これはどういう事だ――。
『あ、あのー……先ほどからどうして毎回、同じ道を通るのでしょうか?』
「うるさいっ! 地図が合わないんだよっ!」
『ぁんっ……地図、ですか?』
「ここの地図作れって言われて作ってるんだよ! でも何回やっても道が繋がらないんだよっ!」
『んぁ……怒られるのもイイ――ですが、その……回転床に気づかれてますか?』
「か、かいてんゆか……?」
『はい。ついて来てください』
人魚が『ここです』と案内した場所……そこは何の変哲もない十字路だった。
回転しそうなものや、床なんてのは何一つないように見えるのだが。
『回転床と言っても空間ごと左に九十度向けるんです』
「左に九十度……?」
この人魚を後ろにそこに足を踏み入れてみた。
すると、いつの間にか後ろに居るはずの人魚が左側にいた。
一度前に出て、もう一度戻る――今度は後ろに来た。戻ると今度は右に……。
「言えよッ!?」
『あ、あぁ……ん……わ、分かってるかと思ってまして……』
「気づくか!?」
そんなトラップの存在自体知らない奴に、初見で気づけと言うのが無理な話だ。
しかも別の場所は短い通路の一本道かと思えば、テレポーターで他の箇所とつないでるだけだったよ……。
誰だよこんなワケの分からないトラップ作ったのはっ! 何の宝も無いし、湖底に来る奴なんて誰も居ないだろうがっ!
「はぁ、羊皮紙無駄にした……」
『で、では神殿に……残す道はそこだけですし』
洞窟を彷徨う事数時間――非常にで頭皮に悪い時間を過ごしてしまった……。
思えばコイツに『後で地形教えて』って聞けば早かったんじゃないか? どの道、あいつらの所に連れて行くんだし。
止めよう……これ以上考えるの止めよう……。
「そう言えば、アンタの名前は――?」
『メ――ス・ブ――タと言います』
「メ……メ、スブ、タ?」
『ぁん……め、メスブタだなんて……はぁぁ……ぁ……』
「そ、そこしか聞こえなかったんだよっ!?」
『メ、メイリース・ブリエンタです――で、でもできれば、め、メスブタと……』
「メイリスだな」
『そんな……普通すぎます……』
「普通で良いんだよっ! 」
この女はあれだ、あまり深く関わっちゃダメな女だ――。
《モール》は水中仕様だが、武装に投網とかないよな? 左腕の筒が良く分からんのだが、もしあったらこいつは自ら絡みに行って絶頂迎えるだろうし、注意しなきゃならん。
神殿に近づくにつれ、こいつの澱んだ性癖を象徴するかのように、水の濁りがどんどん濁ってゆく。
こいつの胸にある宝石――これを外したせいで水の流れが止まり、循環しなくなったと言うが……これを再びそこにはめ込めば水の循環が出来るって事でいいんだよな。
だけど、カエルがそこを占領している、らしい。
そいつらを神殿から追い出さなければならない、との事だが……成り行きでこうなったとは言え、そこに至るまでの経緯がサッパリ分からない。
メイリスの仲間であるらしい《マーマン》も多くいる――にも関わらず、どうしてカエル如きに、水中に沈む神殿が占領されるのか?
それに、昆虫とかには詳しくないけれど、ずっと水中にいるのはオタマジャクシぐらいだろう。基本的には陸と水中の狭間に生息している生き物が、こんな水深の深い、陽の光も届かない洞窟に住みつくものだろうか。
「なぁ、神殿のカエルってどんなのだ?」
『えっ、そ、その……』
「お前、何か隠してないか?」
『い、いえななな何も……』
こいつは絶対に何か重要な事を隠している――。
「言って」
『い、言えません……』
「どうしても?」
『は、はい……』
「言え、メスブタ」
『は、ぁぁぁぁ……じ、実は神殿には――』
このドM人魚――とんでもない事を隠していた。
神殿に居るのはカエルではない。
この湖で拾った得体の知れない卵をこっそり孵化させてみると、水棲竜の一種が産まれたのだと言う。強い毒を持ち、神殿を守っていた《マーマン》達は成すすべもなく撤退を余儀なくされたらしい。
「帰らせていただきます――」
『だ、ダメですっ、竜を倒すのは王子様の役目ですからっ』
竜とかそんなおっかないのと戦えるわけないだろっ!
と言うか王子じゃ……いや、一応はそうでもあるけど、こんな所でいきなり『王子様助けてっ!』と言われて、『大丈夫ですかお姫様! 私が助けます!』なんて出来るわけないだろバカ!
『だ、大丈夫です。《ニュート》は目が見えないですし、大きさもせいぜい三~四メートルぐらいですからっ』
「十分デカいわっ!?」
四メートルってこの《モール》の倍はあるじゃないか……。
『お、お願いします……私はどうなっても構いません……。
ですが、この地に住まう人間や動物たちにも影響が……』
「う、ぬぅぅ……」
確かにここは観光地で人が多く足を運ぶ場所だ――そんな所に水棲竜なんて住み着き、人を襲い、湖の水を毒に変えてしまう事があれば、このイオアの国自体も危うくなってしまう。
戦えるのはこの《モール》ぐらいだし、奴がここで繁殖する前に倒してしまわねばならない……。
何で他所の国の存亡の危機を、トンモーバの人間が救わなきゃならないのか分からないが、成り行きだししょうがない――のか?
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連れて来られた神殿は、何とも神秘的で美しい所だった――。
これで水の濁りが無きゃもっと素晴らしい建造物だったに違いない。
誰がどうやって、何の為に作ったのか分からないが、《モール》で照らしだされたその荘厳な佇まいとレリーフに圧倒されるばかり……この中に、それを台無しにする奴が住み着いていると言う。
それを証明するかのように、円盤の探知機にはデカい点がゆっくりと蠢いている――。
メイリスは『目が見えない』と言ったが、視力を失う代わりに聴力や触覚などが異常発達しているものだ。モグラもそうだが……ココは何で目見えてんだろ?
神殿の外にいる我々の存在に気づいたのか、ゆっくりとこちらに近づいて来ているようだ。こちらから探知できるのなら、当然向こうも探知できるだろう。
ならば、出てきた所を一気に叩き込まなければならない。
あまりの緊張感に手が痺れ、指先から手全体に血が通ってないような気さえする。光の無い闇の中より発せられる、重苦しい威圧感も水を濁らせているのだろうか。
ゆっくりと、水底の闇よりはい出したそれと対峙した時、撃とうと決めていた俺の手は引き金を引けずにいた。
聞いていたよりデカく感じる――頭は"撃て"と強く命じるが、身体が反応しない。
目が見えない為、まずは周囲の毒をまき散らしているようだ。それに周囲の水がより濁ったものの、金属の塊である《モール》には通用しない。
大体の居場所は分かっても、動かず音を立てない《モール》の正確な位置までは掴めてようで、ゆっくりと旋回している。
近くを通った水の揺らぎに《モール》の探知に使われている"何か"がチリン……と音を立てた。
奴が雄叫びをあげた。
竜のそれは聞いた事がないが、これがそうなのだろう。《モール》越しでなければ小便を漏らし、気を失っていた所だ――。
ここまで来たらもう覚悟を決めるしかないな……。
背中のスクリューをフル回転させる。だが早く動きすぎてはダメだ、遅すぎてもダメだ。闘牛士の如く、ギリギリまで引きつけその巨体を返す時――予想していたよりも速いそいつのスピードが最も落ちる瞬間に攻撃を叩き込むしかない。
「ここだッ――」
若干遅い――これ以上遅ければ、今頃はその牙に機体に大穴を空けられていた所だ。
だけど今は、"もしも"を考えている場合ではない。
こんな状況で『最悪の場合』は恐怖を煽る。起ったら起っただ、どうせ失敗したら終わりなんだ。なら――失敗した時に後悔しない行動を取るに限る。
「どんな武器か知らないけどッ――」
口と手が動いた。そして遅れて頭が働いた。
説明を全く受けていない、左腕に巻きつけられた銛がバシュッと射出され、一直線に《ニュート》のそのヌメったような皮膚に深く突き刺さった。見た目ほど硬くないのかもしれない。
今更ながら、あのモグラは何を造ろうとしているのか? 初めて味わったであろう"痛み"にけたたましい咆哮をあげている。続けざまにその"ご馳走"を二発立て続けに味あわせた。
銛は左腕に六発、右腕に六発付いている。三本撃ったので残り九発。
これで倒せなきゃ絶望しかない。距離を取って戦えるのがこれだけだ――。
「もうちょい武器付けて欲しかったよ……」
これもレポートに書いておかねば。
せめてオークの時に使った、回転刃かパイルドライバーが欲しい。
絶え間なく襲ってくる痛みが腹立たしいのか、先ほどより荒々しくスピードを上げ大きく泳ぎ回っている。
無駄撃ち出来ない以上、牽制もできないし、目の見えない感覚だけで動くそれには効果は薄いだろう。
同じように身を返した時を狙って撃つも、それは大きく外れ湖底の岩の隙間に突き刺さった。
距離が開きすぎても威力が弱い――奴も馬鹿ではないようだ。
相手が狙わんとしている隙を小さく、そしてパターンを変えそれを躱す。
一直線に向かってくる《ニュート》右手の"銛"を撃ち、奴の下あごに突き刺さった――だがそこは硬いのか、怯みもせず大口を開けて向かってくる。
ヤバいとは思わなかった。いや、思えなかったのかもしれない――。
※次回 5/21 19:22~ 更新予定です




