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2.後戻りできない奴ら

 あのモグラっ、業を煮やして蹴り落としやがった!?


 予想以上に湖が深い。機体がミシミシと怖い音をたてているが大丈夫――だよな?

 何とか湖底に両脚を付ける事ができたものの、濁った水が巻き起こって視界が悪い。湖面の透き通った水と大違いの濁り水だ。

 だが、その濁りが治まってくるにつれ、次第にもう一つの世界が姿を現し始めている。


「これはファムにも見せてやりたいな……」


 ゆらゆらと揺れる藻、陽の光を反射した泡がキラキラと耀き、頭上を泳ぐ魚はまるで空を飛んでいるようにも見える。

 何時間でも見ていられそうな神秘的な世界。水棲生物はこのような世界で生きているのか? 今はまだ薄く濁っているが、澄んだ水晶の中の世界を自由に泳ぎ回れるのは何と羨ましい事かとも思う。


「えぇっと、これが推進と……この板は何だ?」


 外見合わせ、《モール》の中も大きく様変わりしていた。

 目の前にあるパネルには、何やら黒い円の中に点々と何かが映し出されている。

 推進のペダルを踏むと、背部のスクリューが回転し前に進む。姿勢によっては上昇も下降も出来るみたいだ。

 湖底を歩くのは非常に難しいので、移動はこのスクリューを使うのがメインになるだろう。


 あれこれ触ってみて大体の感じは掴めた。

 心配していた空気に関しては、ロラドで手に入れた"ブクブク石"が組み込まれているようだ。

 送風孔より風が送られ、暑さと酸欠の心配は無いものの、《モール》が棺桶となるのではとの一抹の不安は残る。


 確かモグラは、レポートも出せと言ってたな?

 じゃあ、まずこれを書いておくべきだろう――


 ・浮上できない


 あのモグラは本気で誰かに殴られるべきだ。

 機体が重いのか持久力が足りないのか……浮上を試みても湖面まで届きそうにない。

 湖面を向けば、湖の縁から伸びた釣竿らしきもの――あのモグラは助ける気ゼロだ。

 まさかと思うが、土の中を泳ぐ感覚でこれを作ったんじゃないだろうな?


「これは――おお、ライトか!」


 手元のボタンを押すと、白い光が水の中を照らした。

 恐らくココのヘッドライトのそれを、この頭部に取り付けているのだろう。

 さすがエルフの宝珠か、こんな濁った水中でも明るく、ハッキリと見えるぞ。


「しかし、濁って何も……ん、洞窟ってあれか?」


 ライトを向けた先に、人工的に作られたような石()()のようなの穴が見えた。そこがココが言っていた洞窟だろうか?

 そこには人魚がいるはず――。もうこうなったらやるだけやって、とっとと引き上げよう。……いや、引き上げてもらおう。


 遠くからだとそうは見えなかったが、近づいてみると意外と大きな穴が口を開き、まさに洞窟と言った感じだ。

 明かりのおかげで岩肌とかハッキリ見える物の、こんな仕事してなきゃ絶対に入らないような穴である。いや、仕事でもないが……いつの間にあいつの手伝いする事になったんだ?


「やらなきゃやり直しさせられそうだし……えぇっと、羊皮紙羊皮紙……」


 始点は下部の中央からでいいだろう。

 入口があって左右に壁があって……よし。入口はOKっと。


 しかし、ペダルの加減も難しい。視界が悪いので、速度出しすぎればどれだけ進んだか分かりづらく、遅すぎればバランスがとれず膝をついたり転倒してしまう……。

 ロラドの城や大樹の中でも地図は作ったが、一センチは何メートルかの縮尺は明確に表しておかなきゃならない。

 その上、《モール》の目からの視界、しかも濁った水中の中では距離感が分かにくく、地図への反映が非常に難しかった。


「ここで分岐――北と東、だな」


 この円盤の意味も分かって来た。

 周囲に何があるか探知してくれているようで、躓きそうな大き目の岩の存在などしっかりと点で表示してくれている。

 大きさによってその点の大きさも変わるようで、チョロチョロと動いているのは小魚だろうか。


「こんな水中にモンスターがウヨウヨしてるわけないし、これは中々楽勝かもしれないな」


 落ち着いて周囲を見渡し、洞窟の状態をゆっくり確認しながら進む事が出来る。

 何か変なのが近づいて来ても無視だ無視、ここには大小様々なお魚さん以外何もいない。

 だから《モール》を槍でコンコン叩くんじゃないよ、気が散るだろ――。


『――』


 魚顔のそれが何やら水中で喋っているが、半漁人語なんて分からない。

 ペンチの様な手によるブレーンクローの刑にかけているので、恐らく悲鳴だろうが。


 魚の頭をした人間――これが《マーマン》ってやつだろうか? 一般の成人男性よりも一回り大きく、全身がガッチリした筋肉をしている。ちょっと羨ましい。

 口は裂け、尖った牙が並んでいる所からして小魚などを捕食する側だろう。


「お前、陸にあがれるか?」

『――』


 悶絶する頭がわずかに上下に揺れた。

 なるほど、エラも見えるが陸上でも生活できるのか。

 円盤の探知機には、正面のこれと似た点がいくつも集まり始めている。……が、特別助けに入るわけでもなく、得体の知れないそれを離れて見ているだけ。

 魚は個より群れを取る。たかだか一匹の為に自らを、群れを危険に晒すわけにはいかない――お前の犠牲は無駄死にではないと言わんばかりに、仲間を見捨てるような目をしている。

 無益な殺生はしない主義だし、そろそろ《マーマン》の生態観測終わ――


『お、おやめくださいっ――』


 ちょうど良いタイミングで、次のえも……最高の研究対象が出て来てくれたじゃないか。


『で、出て行くタイミング間違った気が……』


 ふむ。髪はウェーブがかったプラチナブロンド、顔は可愛い、胸はある、腰は締まってる、脚は……魚。

 水着は去年の流行りのだろう、胸元に手のひらサイズの宝石――これはじっくり調べないといけないよな。

 手にした《マーマン》なぞポイだ、こっちをよこせ。


『な、何を――!?』

「ナニをするに決まってるだろ!

 これぐらいの役得がなきゃやってられないんだよっ!」


 どうしてこんな所まで来て、湖底探索と生態研究しなきゃならないんだよ!

 ついでに人魚連れて来いって言われてるから、丁度いいところにノコノコやって来たから捕獲して帰るんだよ畜生っ!


『あ、あぁ……お、おやめ下さいっ』

「逃げる気ないだろお前――」


 ゆっくり手を伸ばしただけで簡単に捕まる……と言うか、『自ら捕まりに来た』が正しいだろう。


『あぁ、こんな皆が見ている前でイケない事されてしまうなんて……。

 まずは水着をはぎ取られ、胸をこねくり回され、身体が正直に反応してしまっているのがバレて――あぁぁ……』


 人魚、ドMっと――。

 やっぱり普通と違う環境では、普通と違う生物が住むらしい。

 いや、これらにとってはここが”普通”であるのか? 何にせよ、一人で勝手に盛り上がって水着を外しにかかっているけど、お前の思っている事は今しないからな?


『ああ……放置プレイなんて……』

「プレイじゃない! そっちのテリトリーを侵した事は謝るが、

 こっちも仕事なので、探索終えたら大人しく帰るから邪魔しないでくれ」

『お、おかす……な、何て卑猥な響き……」


 王子様に恋をしたって物語を聞くが、もしかしたらそいつは猛烈なサディストだったのかもしれない。

 おとぎ話では、魔女の薬で人魚は美しい声を失い、激痛に耐えながら脚を得た。しかし、声を失った彼女は、王子に『私はあの時の人魚』だと言えず――だったはずだ。

 あれがこの人魚とは限らないが、真実は王子による"そう言うプレイ"だった可能性も出てきた。


 今はこれに関わっている暇はないし、とりあえず地図の作成を最優先しよう。

 もし未完成に終わったら『もう一回行ってこい』と蹴り落とされてしまいそうだし……。


「今度は三叉路か、とりあえず西から攻め――」

『ああ、この西にいる猛毒のイソギンチャクの群生に投げ込まれて、触手の毒で快楽漬けに――』


 北にしよう――


『北に住む獰猛な《アクアスネイク》に巻きつかれてるのも――』


 東に――


『神殿を占拠したニュ……い、いえカエルのモンスター《フロッギー》に差し出されてしまうのですね――あぁ、想像しただけで身体が熱く……』


 神殿って何だ……? この洞窟、微妙に傾斜ついててどんどん下に潜ってる気がしてたんだけど、もしかしてそこに通じる道とかなのか?


『カエル! カエルに神殿が占領されてしまったのです!

 ここの水流を断たれ、湖がどんどん澱み、美しい湖に住んでいた仲間がどんどん死んで行って……。

 それもこれも、私が逃亡の際にこの石を外したから……ああ、私はどんないやらしい罰を受けても当然の身……。

 どこかの王子様が、この水晶湖の危機を救ってくれないでしょうか――』


 つまり、俺にそいつを追い出してくれって言いたいんだろ?

※次回 5/20 19:22~更新予定です

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