6.モグラはどこに行っていた
※「 / 」で視点の切り替え(三人称)を行っています
顔を醜く引き裂かれた《サキュバス》は悲鳴をあげながら姿を消した。
死んではいないだろう。これが元で延々と恨まれる事になるのはゴメンだが、とりあえずこの窮地を抜けられただけでも良しとしよう……。
昨日今日と散々な目にあってるが、色々見られたし、多少はプラスだろう。
「ろ、ロイル大丈夫っ?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。ファムの方は大丈夫だったか?
その……色々言ってたから……」
「あ、うん、大丈夫。ちょっと飲まれちゃったけどね――」
「そうか……」
「従順なフリして、もぎ取っちゃった☆」
可愛く短い舌をペロっと出すが、発した言葉はとんでもない。
先ほどまで準備万全だったそれが、一瞬にして縮み上がってしまった――。
聞けば、ここで住んでいた犬の姿をした妖精カーシーが《サキュバス》に洗脳され、ファムを襲ってきたのだと言う。
俺と同じように誘淫な術に飲まれたそうになったものの、すぐに我を取り戻し、淫らになったフリ――文字通り猫を被って油断を誘った。
そして、犬の下半身を手で愛撫しようとすると、カーシーはしたり顔で仰向けとなり、その隙に……ああ、想像したくない光景だ。
「でも何で我に返れたんだ?」
「犬の臭いがねー……。
最大級の知ってるからか、なーんかイラっと来ちゃった。あはは……」
コボルドの王のそれだろう。
下着ドロの一件に関しては、まだ許してないようだ。
「でも良かった……ファムが無事で」
「うん、ボクも……ロイルが無事でよかったよ。
あのビッチのお尻をモミモミし始めた時は、先にロイルから撃ってやろうって思ったけど」
「あ、あれは作戦だ――えっ」
ファムの唇が俺の口をそっと塞いだ――これって、まさか?
以前もされたが、あれはマタタビで酔っていた。今のファムはシラフである。
すぐに後ろを向いたが顔が赤いのが分かった。俺もきっと同じだろう。
「え、えへへ……ボクがそんな女じゃないって、言ってくれたお礼だよっ」
「そ、そうか。も、もう一回――」
「金貨五十枚かな」
はにかんだ猫口であははっ、と笑ってもぬけの殻となったエルフの屋敷の中へと向かって行く。
これはきっとあれだ、動物がコミュニケーションとして口を舐めるそれだ。
そう思わないと、この微妙なラインで宙ぶらりんは耐えられそうにない……。
/
エルフの館の最下層――真っ暗な闇を、白い光が押し返している。
光を放つ宝珠を掴む爪は、まるでトロフィーの台座ようでもあった。
「ふむ」
と、ココはパイプタバコを吹かせながら鼻を鳴らす。
その目の前にはコウモリの翼をし、エルフの皮を被った醜女が壁にもたれかかるようにして息絶えている。
顔部にはハンマーがめり込み、幾多もの男を虜に、破滅させてきたその顔はもう見る影もない。
このエルフの女王が"偽物"だと気づいたココは、手にする宝珠"エルフの瞳"を取り戻すべく、真っ先にこの深い地下室に潜りこんでいたのだった。
まず、入口に貼られていたサキュバスの風俗のポスター。
厳しき戒律に、堕落を許さぬ種族があのようなのを許すのかと疑問に思った。
次に、この宝珠を隠すと言えど、あの女王が誰かに託すはずがない。
本当はリノリィの迷宮にあったが『大聖堂にて拾った』とココは嘘を言うと、それに対し『仲間もいるし大聖堂の奥も正解』と答えたそれに、ますます疑念を抱いた。あそこにはエルフなぞいないし、奥は《サキュバス》の巣窟でもある――と。
そして、フェルプの一族を呼ぶ場合は"自由な者"と呼ぶ。
偽物はそのままフェルプと呼んだ。更に"浄化の石"について問われた時、エルフは『見つからない』と答えた。それが確信へと変わった。
"浄化の石"は後一つだけ存在している。
このモグラは一番それを知っている。そして女王も知っている。
『やはり私を恨んでおりますか――』
宝珠より、まだ幼さが残る美しき女性が映し出され、ココに語りかけた。
エルフの女王――肌はダークエルフのように褐色だが、偽物ではない本物の女王だった。
「構わんさ。おかげで私は自由であり、目的ができた」
目的と聞いて、女王は押し黙った――彼女がココの、黒毛モグラが絶滅した原因を作ってしまったからだ。
生命を脅かす毒石……それはエルフとて例外ではなかった。女王はある種族に石の処分を依頼し、秘密裏にそれを持ち込んだせいだせいで、地下深くの楽園に"滅び"をもたらしてしまったのである。
一度請けた仕事は完遂するまでやる――命を賭して、黒毛モグラは仕事をこなした。そして、最後の一つと、一匹のモグラだけが残った。
「で、あの若いお二人はどうだ」
『一歩進んだ――と言った所でしょうか』
「ふむ」
『《サキュバス》に狙われていると知りながら、どうして助けに行かなかったのですか?』
「助からなければその程度だからだ」
『信頼されているのですね――』
「そう言うわけでもないのだが」
信頼しているか別だが、この《サキュバス》程度なら問題ないだろうとココは踏んでいた。
無論、いざとなれば助けに行くつもりではいたが、それは口に出さない。
「私に言わせれば、留守を任すエルフをもっと吟味すべきだな」
『戒律を少し緩めるべきでしょうか……』
女王の留守を任されていたエルフの男女、将来を誓い合った二人は一体の《サキュバス》によって堕落を味わっていた――。
厳しき戒律によって抑制されていた"欲望"つけ込まれ、まず女が墜ちた。
共に留守を任された《カーシー》が洗脳され、動けぬ女の下半身を三日三晩犯し続ける。必死で耐えていたが、《サキュバス》の言葉と術により、女の戒律は崩れ落ちる。
婚約者がメス犬と化す。その過程を全て目の前で見させられた男は、いきり立ちっぱなしのそれを《サキュバス》の胎内に埋没させ――戒律も存在しない、欲のまま動く人形となった。
ある日、エルフの女にかけられていた《サキュバス》の術が弱まった。
正気に戻ったエルフの女は、残された力を振り絞り、虹のカーテンのセキュリティを起動させ《サキュバス》をここに閉じ込めたのだ。
カギである"エルフの瞳"は既に外に運び出してしまった故、出られなくなった《サキュバス》は、怒りのまま女を殺害した。
全身にエルフの血を浴びて落ち着きを取り戻した《サキュバス》は、他のエルフ・女王が戻れば解除できるかもしれぬと、長くその機会を伺っていたのだ。
そして、そこにココの一行が"エルフの瞳"を持ってやって来た――。
「今回の褒美として、この宝珠は貰って行くぞ」
『貴方なら構いませんが、それを照明の代わりに使うのは如何かと……』
「何かと便利なのでな」
ココはこの石を気に入っている。
ここに巣食う《サキュバス》を退治した理由の一つでもあった。
「で、リノリィにある草の処分方法を教えてくれないか」
『やはり、奥にある物を知っておられるのですね……』
「そこのお嬢さんが口走ってくれたからな。
ロラドで資料が持ち去られた事に引っかかってはいたが、これで確信に変わったよ」
「けど、それを使えば……」
「先にくたばった奴らの為にもなる」
『……分かりました。あの植物はその……人魚のお……こで枯らせます……』
「ふむ。今更恥ずかしがる年でもあるまい。で、それをどうすれば良い?」
『それを根に吸わせれば――。
ですが、奥に我々が造り上げた最高性能のゴーレムが配備されているはず。
熱感知が強められているので、他に熱源があれば多少は的が絞れなくなるでしょう。ですが、あれはたとえ貴方と言えど――』
「ふむ……」
『全てを終えたら、貴方はどうなさるのですか……?』
「先に待つ仲間でもぶん殴りに行くさ。そこから先は思いついたら行動するよ」
そう言って、鞄の中にある、ロイルから没収した"ワンタイム"を確認した。
ゴーレムの事は簡単に聞き流し、あれの根はどこにあったかな、とココは考える。
だがそれはすぐに止めた。その内、あのお坊ちゃんが思いつくだろうと踏んだためだ。
「人魚なら水晶湖か。なら、ついでに〔鎮魂の鐘〕も頂いてゆこう」
『むー……いえ、構わないでしょう。
じゃあ、私の方からもお願いしたい事がありますっ』
「ふむ?」
エルフの本拠地にやって来る度に、ココはエルフの道具などをごっそり持って行く。
なので、女王は持って行かれっぱなしではと、かねてから目の上のたんこぶであった事案の解決を依頼しようと考えていた。
『水晶湖の地下トンネルの地図っ、
あとそこにある神殿の蒸留装置の停止の原因っ、
そこに住みついた水棲竜《ニュート》の退治もお願いしますっ!』
「ふむ。《ニュート》か……釣り上げる為の竿はあるか?」
「そんなのありませんっ!」
女王はまだ若く、百年ほど前に代替わりしたばかりである。
その初仕事で、ココを残した黒毛モグラを絶滅まで追いやった事に負い目を感じ、何かと力になろうとしていた。
顔を合わしている内に、今では"友"のように慕っている。
「で」
『他に何か?』
「バカンスを楽しんでいるようだな」
『はいっ♪』
女王の褐色肌は、常夏の国を満喫している証明であった――。
/
いつものヘッドライトを装着したココがひょっこりと姿を現した。
地下から頭を出した姿は正味のモグラだ――無事で良かった・助けに来い馬鹿、と相反する思いが錯綜している。
それよりも『気づかれてないよな?』と言った思いのが強い。当のファムは明らかに挙動不審だし……。
「ふむ。ならば初デートに良いスポットに連れて行ってやろう」
「ももも、モグモグッ!?」
いつも思うのだが――このモグラはどこで見てて、どこまで知ってるんだ?
いやそんな関係ではないのだが、何と表現すべきか……友達以上恋人未満と言ったライン上に立たされている俺たちの事を見抜いている。
「で、どこに行くんだ?」
「イオアの水晶湖だ」
「な、何だとっ!?」
モグラが口にした水晶湖は、一度行ってみたかった所だった。
湖なのにどうしてか水流があり、時おりそれが止む――すると、その湖面は巨大な水晶のレンズと例えられるほど美しい場所となる湖であった。
様々な恋に関する逸話も生まれており、最近では『男女が桟橋を渡り、そこで波が立たなければ永遠の愛が叶う』と言われている――。
※次回 5/18 19:22~ 更新予定です




