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モグラとマッピング * 依頼受け付け中 *  作者: Biz
1章 リノリィの迷宮
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3.未踏の地

 あの貯水池で聞いた音は、ここの扉であったようだ。

 誰も足を踏み入れなかった闇はこれまでより重く、肌を撫でる空気が冷たい。

 同じ壁であるはずなのに心なしか新しく見え、漂う悪臭はこれまでよりマシにも感じられる。


「地図作りってこんな地味な作業なんだ……」

「観測機材とかなし、完全手書きってのも凄いな……」


 このモグラは、ダンジョンの地図を作る事を目的としているらしい。

 理由は分からないが、商売目的ではないのは確かだ。先駆者がいくら手間暇かけた所で、模造品が出回ってしまえばオリジナルは終わりなのだから。

 だが模造品であっても、それが市場にそれが出回ってくれれば、俺たちのような"被害者"は減らす事ができるだろう。それを作らない為か、それとも単なる強者の道楽か――。


「あ、モグモグ。そこに罠あるよ」

「ふむ。投石か?」

「うーん、そうかも? ロイル、ちょっと踏んで確かめて来てよ」

「馬鹿かっ!?」


 ファムは、モグラの事を"モグモグ"と呼んでいる。彼女がついて来た時のように、本人が駄目と言わないので、多分それでもいいと言う事だろう。

 そんな猫娘の特性をフルに活かし、暗闇でも見える目、獣の勘を働かせては、迷宮に設けられた罠を察知しては用心を促している。そして、頭が少しばかり悪いらしい。


「あははっ。でも、一度は喰らわないと警戒心薄まるよ?

 冒険者は、投石でたんこぶ作ってから始まりなんだし」

「冒険者でないので遠慮しておきます……。

 しかし、何で迷宮に罠なんて仕掛けてあるんだろうな」

「きっとすごいお宝を隠したかったんだよ! ボクはエルフだと予想するね!」


 迷宮の奥深くに行けば行くほど、罠と言った仕掛けも多く存在している。

 この迷宮を作った遥か昔の者は、モンスターを放ち、罠を仕掛けてまで迷宮の奥に踏み入れられたくなかったのか?

 人はそこに『財宝がある』『全知の何かがある』『絶世の美女や女神さまがいる』などと好き勝手な妄想を語り、生涯をかけて最深部を目指している。

 確かにファムの言う通り、エルフなら魔法とやらで迷宮を築く事も可能だろう。


「エルフがそこまでして最深部に何かを隠したかった……と思うと、確かに夢があるな」

「でしょーっ!」


 冒険者は人生そのものを賭けると言うだけあって、その夢の終え方も多種多様なモノだ。大半はモンスターにやられて命を落とすが。

 生きて語り継がれるような屈強な者も、老いには勝てず、時と共にその名も消える。そしてまた新たな名が語り継がれる。結局はこれの繰り返しにすぎない。

 モンスターが落とした剣が実は名剣だったりする事もあり、それで一攫千金を狙うトレジャーハンターの壮絶な殺し合いが起こった話も聞いた。


「目的のお宝があれば、ボクも――」


 迷宮の奥深くに足を踏み入れる者の大半は、名声か金を求める。中には研究目的なんて物好きもいるが、この猫娘は間違いなくお宝目的のトレジャーハンターだろう。


「猫、この扉任せられるか?」

「よーし、まかせてっ」


 トレジャーハンター(こそ泥)の本領発揮、と言わんばかりにファムは腰にぶら下げたドライバーのようなピッキングツールを鍵穴に差し込むと、ほんの僅かな時間、ほんの一ひねりで扉の鍵はガチャッと音を立てた。

 迷宮の探索において必要不可欠な技術(スキル)なのだろうけど、ピッキングってこんな簡単に鍵を外せるものなのか……?


「こんな骨董品の鍵とか楽勝だよ?

 まー、ボクにかかれば最新の鍵であっても楽勝だけどねっ」

「な、何だと……これは記事にして警鐘を鳴らさねば!」

「なら、記事のネタにボクが開錠できない扉も教えてあげよっか?」

「おおっ、頼む。泥棒が開けられない鍵があれば解決案になるっ」

「鍵がない扉だよ」


 ――うん、鍵がついてなきゃ"開錠"のしようがないからね。

 そんな記事を書いて世に広めてしまえば、空き巣・強盗の被害件数爆上げにファンレター(クレーム)が殺到すること間違いなしだ。

 よし。地上に戻ったら、この猫娘の身ぐるみ全部剥いで路上に捨ててやろう。


「入ってきたら、頭カチ割ってやればいいだけだろう」

「ボクはモグモグの家には絶対入らないよ……」


 地図を作りながら敵の襲撃にも対応できる奴の家なんて、俺が凄腕の泥棒だったとしても絶対に入らないだろう。

 当然ながらここにもモンスターが出るのだ、いつの時代の者か分からないアンデッドがうろつき、人は己を失えば退化するのか、武器を持った大柄な猿《ジャイアントエイプ》まで存在していた。所持していたのが棒ではなく剣だったのがどこか残念だ。


「ねぇ、ロイルは《ジャイアントエイプ》に知り合いでもいるの?

 なんか、物凄くビックリと言うか、誰かに遭遇したような感じだったけど……」

「いや、ちょっと色々事情がありまして……」

「んんー……?」


 単に、他人のそら似だっただけだ――他人でもないのだが。


 だがここに来るまで、どこにどんなモンスターが出たかメモを取っておいて良かった。そうでもしなきゃ、俺は賑やかしで終わっていた為だ……。

 もう二度と来ないだろうが『せめて何か得て帰らなければ』と思い、どれぐらいの大きさか、どんな感じで襲ってきたかなどを書き記している。

 ここを出たら、モンスターの生態図鑑、もしくは自叙伝みたいなのを書こうか。

 俺がバッサバッサと敵を斬り倒す物語にして、脚を怪我して一線を退いた事にすれば……よし、いけるな。


「ロイル、鞄」

「ほれ」


 現実は荷物持ちである――。

 モンスターはどこで調達しているのか分からないが、ここの貨幣に色々な装飾品や武器などを隠し持っていたりする。彼らにも貨幣文化が存在しているのだろうか?


 ファムはそれを目ざとく見つけては俺の鞄の中にそれを突っ込む。

 当然ながらモンスターの血などはぬぐっていないので、恐らく鞄の中は酷い事になっているに違いない。

 今はもう血や死体、人骨を見ても何も思わないが、地上に戻ってそれを思い出せば手が震え、眠れない夜が続くだろう……迷宮とはそれぐらい人の精神を麻痺させてしまう空間なのだ。


 時おり休憩を取るが、緊張が解けると恐怖が足元から這い上がってくる。

 色で例えるならそれはインクの墨よりもドス黒く、足先からじわりじわりと黒色の侵食が伸び、俺の身体から次第に心を(むしば)む――それを思うとまだ動いている方が気が紛れて良いのだが、モグラやファムは『それは新米が陥る症状』と言ってきた。

 自分の身体の疲労に気づかなくなり、パフォーマンスの低下に気づかないまま突き進みすぎ、深手を負ったり命を落としてしまうらしい。

 最悪の場合は。緊張状態の連続によって精神がやられ、仲間割れや精神異常を起こす事もあるのだとか……。

 そうやって休憩していたお蔭だろうか、十字路に差し掛かった時――横の道の闇の中で何かが動いたのが分かった。


「うわぁっ!?」


 情けない悲鳴をあげながらも咄嗟に剣を振り、側面から俺を急襲してきた人型の狼《ウェアウルフ》の爪をいなす。


 俺も成長しているのか、火事場のクソ力かのどちらかであるが状況があまりよろしくない事には変わらない。群れで動いているであろう《ウェアウルフ》は、正面から三体がモグラを襲い、反対側からも三体ファムを襲い、それぞれ自分の対応に追われている。

 つまり、それがどうなるかと言うと、俺が目の前にいる二体倒すしかないのだ。


 モグラは早速一体を倒したのか、ゴシャッと音と共に《ウェアウルフ》の犬の断末魔が聞こえてきた。


 敵はピョンピョンと機敏に動き、目標を定まらせない。

 やみくもに剣を振っては敵に隙を与えるだけなのだが、落ち着いて狙うにも焦りが生じているのが分かる。

 敵の攻撃さえ貰わなきゃいい――もはや、その一心だけで剣をブンブンと振り回し、唸る《ウェアウルフ》をけん制し続けていた。


 がむしゃらに振り回した剣先が獣の身体を切り裂き、ギャインッと鳴き声をあげ、鮮血と共に地面に倒れた。

 モンスターの中にも間抜けなのがいるのだろうか? 斬られたモンスターも驚いたであろうが、それ以上に俺自身が驚いている。

 その驚きが焦る俺の精神を落ち着かせ、冷静さと自信を与えていた。


 ……と言うのは嘘で、窮地で突然強くなって何か才能が開花するとかあり得ず、凡人は凡人のままなのだ。敵の反撃に俺の身体は反応しない。目に映る光景を俺の頭は理解しまいとしている。

 涎を垂らしながら飛びかかって来る獣と、振りかぶった腕の動き。

 不思議と恐怖は無い、むしろ"きょうふ"とは何だ?


 キーンとした耳鳴りの中で何かが耳の横を掠め、ゆっくりとした世界の中で鈍く光るそれが獣の喉元に突き刺さったのが見えた。

 爪を立てた腕は目標を捉える事なく地面に落ちる……血と共に命が流れ出て行くそれに、再び力を込められることはないだろう。


 ついには動かなくなったそれを見て、その矢が飛んできた方向――モグラやファムがいる方に頭を向けると、壁や床一面にウェアウルフから飛び出た血や臓物で染められ、凄惨な光景と生臭い鉄の臭いが広がっていた。

 自然界にも生産者・消費者・分解者が居るように、迷宮にも“スカベンジャー”が存在する。この獣の死骸は、それらのスライムなどが処理してくれるはずだ。


「――鈍くさい獣もいるものだ」

「ロイルの振り回した剣に"たまたま"当たったとしても、ロイルが倒した事には変わらないよっ」

「まったくフォローになってない気がするんですが……?」


 あははっ、と笑うファムの手は真っ赤に染まり、血がポタポタと迷宮の地面に落ちている。敵の飛び出た(はらわた)は彼女の仕業に違いない。

 その鋭い猫の爪で引き裂かれたらああなるのかと思うと、フェルプ族に財布を盗まれても抵抗しないようにしようと誓うばかりだった――。

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