5.バラにはトゲがある
気が付けばベッドの上で朝チュンを迎えていた――。
「あそこまで行って猫パンチはないだろう!?」
「ご、ゴメンッ! と、咄嗟に防御反応出ちゃった――」
まだ間違いは起こっていない。
月が雲に隠れた時、正気に戻ったファムの右ブーメランフックが綺麗に顎に入った――。
目線も意識も下に向いて無警戒でいる状態で、身体を反転させた勢いのまま殴られたらKOされるに決まってるよね?
あれは夢かとも思ったが、目の前で謝るファムを見て現実だと悟った。
だけど思い出せない、その重要なシーンが思い出せないまま今に至る……。
「お、思い出せない……」
「あれ思い出したら、次は脳のフォーマットさせるからね」
「そっちから誘っておいて……ようやく俺もと思ったのに」
「だだ、だって……急に恥ずかしくちゃったんだもんっ……!
それに、こんな形でって思ったらつい……」
「うぅ……顎がガクガクする……あ、あれが薬の影響なのか?」
「ち、違うよっ!? いつもはちょっとムラッとして体臭濃くなるぐらいなのに、
昨日はとてつもないの来たんだよぉ……うーん、満月の影響かなぁ」
少し安心した。あんな事を毎回行われると顎がスケルトンあたりから移植しなきゃならなくなってしまう……。
だけど、どうして急にそんな強烈なのが襲ったんだ? 昨日は確かに色々あったし、その心労がたたったのかもしれないが……本当にそれだけなのか?
それに、昨日は突然シラフに戻ったのもある。
あれがなきゃ、あれがなきゃ……せめて月明かりが――。
「満月の影響って……確かあの時隠れたような……」
「その、満月は繁殖期なんだよね……
多分『月が綺麗だなー』って見上げてたせいかも……あはは……」
「発情期と違って?」
「う、うん……もしかしたらダブルで重なって、そうなったかも」
特に狼男の話とか、月と獣は密接な関係にあると聞く。
人間にも少なからず影響を及ぼし、潮の満ち引きで出産時期が分かったり、人を狂わせるとか興奮させるとも言われている。
そして、ここがエルフ住む場所の影響もあるかもしれない。
ここの月が気持ちデカくて煌々としていたので、その効力が強まったのだろうか。
更に、昨日は延々と続いていたように感じた廊下は、朝になってみればなんと短いものである――屋敷は小さく、俺とファムの部屋間だけの廊下、それだけでもおかしい。
そう思い始めると、あの女王にも違和感がある。あまり考えたくないの事であるが、あの人に会ってから妙に悶々としている。
気を抜くと心奪われ、身を滅ぼしかねない色香があった。
「あのエルフの女王、何かおかしくない……?」
「ふぁ、ファムも感じたのか?」
「匂いがね……。薬草のようなのから何か色々混じってて、あれ嗅いでから頭が回らなくなったし。もしかしたら、この森に何かあるのかも?」
そう考えると急に不安になってきた――ここは本当にエルフの女王が住む森なのか?
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ファムは『調べてくる』と森の中に出かけ、俺は俺でこのにある湖を目指して歩いているのだが、やはり何やらおかしい。
ちょっとだけ期待していたエルフのお姉さま方が、誰一人とていないのだ……。
先日の女王の姿も見受けられず、あるのは見覚えのあるローブが木にかかっているだけ――先には湖。
うん、これは探すっきゃないよね?
あくまで誰も居ないから心配なだけだし、うん。
「お、おぉ……」
人間でエルフの裸体を見たのは俺が初めてだろう――そう思いたい。
シルクのローブからも窺える以上の、メリハリのある完璧なプロポーション!
手頃なサイズより若干大き目、腰はくびれがありながらもへこみ過ぎず、引き締まっているものの、少し油断したようなお腹の肉……。
そしてその尻は何と滑らかで張りの良い物だろうか……ああ、無茶苦茶したい……。
やはり何でも完璧、とは行かないだろう、身体のあちこちに赤い斑点が見られる。
まぁ、マイナスな箇所がある方がプラスが際立つからな、うん。
「お、おぉぉ……」
初めて見るエルフの四つん這い――いくら一人とは言えエルフのお姫様がそんな恰好しちゃイカんよ。全て丸見えじゃないか……ああ、ここは天国かもしれない。
「――はっ」
危なかった……。
気を抜いちゃダメだって思ったばかりなのに、思わず気が抜けてしまっていた。
しかし、いざ現実に引き戻されると何かおかしい。あまりにも出来過ぎてやしないか?
本当にこう言った趣向を持っている分には構わないのだが、エルフの女王とも言える人が、四つん這いになって露出狂のような事をするのだろうか……?
それにさっきから気になっているのは、あの身体にある斑点だ。何やら縫い合わせているようにも――
あ、これはあれだ、知っちゃいけない。もしくは気づいちゃいけないやつだ。
彼女はきっと俺の存在に気づいている。だから、気づかれないように行動しなければならない。
ある程度まで下がったら……一気にダッシュして逃げよう。
大丈夫だ、気づかれて――。
「あら、見ててくれないのですか?」
「貴女の性癖を満たせる男じゃありませぇんッ!」
ダッシュで逃げた――。間に合いそうにもないけど、ダッシュで逃げた。
でもやっぱり間に合わなかった――地面から伸びたバラのツタが絡まり、脚がこれ以上前に進まない。しかもトゲが布を足の皮に突き刺さって痛い。
妖艶な微笑みを浮かべた悪魔が、一歩一歩ゆっくりと近づいて来る。
それはやはり《サキュバス》、エルフの皮を被った《サキュバス》だった。
「う、ふふふっ……」
「よ、寄るなッ!」
蜘蛛のように絡み付く腕、胸に感じる肉の山……目の前でぷっくりと膨らむ赤い唇、そこから吐かれた甘いにおいの吐息が鼻先をくすぐる。
鼻を通って頭に――まるで媚薬のようだ。尖った爪先がそっと俺の頬を撫で皮を裂く感触が快感にすら感じてしまう。ダメだッ……飲まれてはダメだッ。
「貴方が望む女なのに、どうして抵抗するのぉ……?」
ねっとりと、尖った舌が流れ出ているであろう血を拭う――ぬるりとした粘液絡まるそれは、何と甘美な感触か……。それだけで反応してはならない所がいきり立ち、女の感触をよこせと強く要求している。
「はぁ……美味しい。死ぬ前に一発シたいでしょう?
ここは正直よ? ほら、いい子いい子――」
「ぐ、うぅ……」
意識と神経、血液の全てがそこに集められているようだ……。
布越しに撫で上げられるその感触に全て委ねたくなってしまう。
「アタシね、ここに閉じ込められて何年もお預けなの……。
今日だけトクベツ、女のヒダと蜜が絡み付くそこを味わいたいでしょぉ?」
「は、離れろッ――」
「あらあら、両手は自由なのよ? 私を突っぱねたらいいだけじゃない。
その手はほら、ここの感触を求めてるのよ?」
抵抗しようとすればするほど、肉の感触を求めんとしてしまう。
支配された手から感じる、柔らかで弾力のあるそれは癖になりそうだ。《サキュバス》の艶めかしい唇が眼前に、その胸を身体に押し付け、俺の両手はその腰の下――尻肉を鷲掴みにさせていた。
強く押し付けられた男が布越しに彼女の腹を感じている……。
「どう? あと数センチ奥が女の部屋、男が穢す女の胎内よ。
いっぱい、いーっぱい貴方ので――う、ふふふ、ほら出したがってるわよ?
貴方も昨日お預けされたからいっぱい出したいわよね。
好きなだけここにだ・し・て」
昨日? あ、あぁそうだ、昨日はファムと……。
ああ、今頃になってファムのそれを思い出した。
ロードシスの体勢を取った彼女を見た時はもう、これ以上とない女に見えた――その獣の香りまで鮮明に浮かび……って、そうだっ! いけないいけないっ!
「チッ……思った以上にフェロモン吸ってるわね……。
あんなケダモノのどこがいいの? 今頃は私が放った犬に屈服しているわよ?
人間の貴方より、犬のソレの方がいい、もっと、もっと精液流し込んで、犬の赤ちゃん妊娠させてぇっ……ってね」
「あ、あいつは――」
「ふふっ、結局はケダモノはケダモノ。私の方が断然に上よ。
貴方はそうして私のお尻、私のアソコを堪能すればいいの。
ああ、いいわよぉ……もっと押し付けても……そろそろシたいでしょう……?」
「あ、あぁ……あんたは良い女だ……したい……」
「うふふ……イイコイイコ――はっ!?」
「だけど――あいつはお前以上の女だッ!!」
ゴスッ――と、額に鈍い感触と痛みが走る。おかげで完全に目が覚めた。
もうこんな痴女に惑わされる事なんてないぞッ!
「あ、ぐァ……こ、このクズ――」
「あッははははッ、鼻血出したアンタはぶっさいくだなっ!
もうこんなブスに惑わされることはないぞっ!」
「――ス――ころシ――ヤルッ――ハワラタブチマ――ソの――をオマエェノォ――くチにィィ――」
ついに悪魔の本性を表したようだ。ラウ姉のが圧倒的に美人だな。
もう爪は伸びに伸び、美しかった顔も声も、今や堕落したエルフよりも醜い。
汚く伸びた鋭い歯、その背から生えたコウモリのような翼、生い茂る陰毛――今では全てが醜く見える。
でもあれだ、頭をガッチリホールドして頭突きを喰らわせたのはいいが、こちらも脚がガッチリホールドされている状態は変わらないんだよな。
「アノ――コムムスめヲォ――オマえェノ――死タイ――オカシて――るゥゥッ――」
その両手を伸ばし、俺の心臓目がけて突っ込んで来た。
突き刺してえぐり出すつもりだろう。両目に見える悪魔を見て、知らぬままあのまま受け入れていた方が良かったかも、とも思ってしまう。
これで本当に終わりだろう。今となって思えば、昨日あの一発が出来なかったのが悔やまれるな……。死んだらその前に戻って、選択をやりなおせないだろうか。
その手が寸前まで来た時――《サキュバス》の腹に見慣れた鉄の棒がドスッと音を立てて突き刺さった。
突っ込む勢いもあってか、深く突き刺さったそれに《サキュバス》は断末魔のような金切声をあげ大きく仰け反っている。
同時に数歩後ろに後退したそれ目がけ、俺の真横を白い猫が駆け抜けた。
「ボクの身体はそんなに安くないよ――ッ!」
猫の爪は《サキュバス》の顔の肉を深く抉り、左上から右下に五本の真っ赤な筋を作り上げた。
※次回 5/17 19:22~ 更新予定です




