1.清い身を持つ者
【 毒にもさまざまな物が存在している。
かつての友は『毒も薬となる』と言ったが、まさにそうであった。
近くにありすぎて気づかないだけで、いつの間にか毒されている物だ。
もしその毒がなければ……私はこの世に存在していないであろう 】
刻一刻と近づいているラウ姉の結婚式――。
あれから二週間が過ぎ、ようやくモグラのトンネルが完成したようだ。
男優賞を受賞してもおかしくない俺の演技のおかげもあって、我々を監視する目は三日ぐらいで消えていた。
「モグモグ、この穴は見つかっても大丈夫なの?」
「ダミーもいくつか用意しておいた」
「他の人も脱出できたらいいのにな……」
「飼い馴らされた家畜に耳は無い。途中で塞ぐから忘れ物しないようにしろ」
重い闇が街を包む頃、俺は先導するココのヘッドライトを頼りに、ゴソゴソと大きくも小さくもない抜け穴を這うように進んでいた。
途中でいくつも分岐しているそれはまるでアリの巣、もしくは迷宮のようでもあり、上下左右複雑に入りくんでいる。
正確な地図――本人が掘ったのだから当然なのだが、それを片手に歩を進める事数時間、月明かりが差し込む場所にて、ようやく新鮮な空気を肺の中へ取り込む事ができた。
道中、言われた通りに道を塞いでいる為、気づかれても追いつかれる事はないだろう。
三日月が、闇が落ちるロンビア・ロナイナの地を煌々と照らしていた。その光に照らされて、荘厳さすら感じられる一本の大樹の根本に辿りついたのだが――その入口らしきものが何一つ見えない。何か鍵のようなのがいるのだろうか。
「な、何もないね――」
「嘘をつくな」
「ボクも何も見えないけど……?」
見えない、俺には入口なんて見えない――。
大樹の根本にある穴と文字なんて見えないんだから――。
「ふむ。穢れない、浄い者にしか見えない扉らしいのだが」
「知らないもんっ、ぼくは穢れてるもんっ!」
「ろ、ロイルには見えてるの!?」
「ふむ。ちょっと目が衰えてきたか……すまんが、これ何て書いてある」
「『貞』――はっ!?」
「行ってこい」
してやられた――てかこのモグラも見えてるでしょ!? 絶対に見えてるでしょ!? この『鍵穴~素人童貞コース~』って書いてある入口が見えているはずだよっ!
「え、えぇっ、な、何も見えないよっ!?」
「いい年して童貞の奴にしか見えん道なのだよ」
「あ、そ……そうなんだ……」
期待する二匹のまなざしが月明かりより眩しいよ――。
しかし何だよ『素人童貞コース』って……こんなの見つけて、大喜びで突撃する馬鹿なんていないだろ。誰もがこの現実を直視したくない、見えても足を踏み入れたくない、このコースは最終手段だ。
確かオークは『攻略が無理だった』と言っていたが……誰もここに踏み込めなかっただけなんじゃないのか?
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最終的にモグラに蹴っ飛ばされてしまい、無理矢理中に入れさされてしまった――。
大樹の内部は何と言うかロビーの様で、初めての心得を全て読んで下のボタンを押して行くだけの道――知識はあるんだよっ! こんな頭でっかちになっても使う場所がないからこうなってるんだろうがっ! 今更勉強する必要はないんだよ畜生っ……!
「我慢できなくなればこちら――」
何と言う罠も用意されているのか――《サキュバス》を呼ぶ方法まで書かれている。
い、一応話のネタになるからメモしとこうか……うん、料金とチェンジは二回までで、どんな子を――五番だな。八番は明らかなパネルマジックだろう、加工技術は上がっているが俺の目はごまかせない。
「……」
ここに居れば凄く惨めな気持ちになってくる……所々にある『出口はこちら』はその為の道だろう。
外で待つ仲間の為に、俺は目的を果たさねばならない――目の前にあるボタンを押さなきゃ、押さなきゃならない。
『あなたはいい年こいて未だに童貞ですか? はい/はい』
と書かれたボタンを――選択肢がなんでイエスだけなんだよ……それでなきゃここに入れないの分かってるだろうがよ……。
ご丁寧に目の前には鏡が用意され、下には『イケメン』と題打たれている――考えた奴がこの奥にいるのなら、俺は間違いなくそいつの鼻を折るだろう。
俺は静かに心が砕けていく音を聞きながら、カチッ――と目の前の"はい"のボタンを押した。どちらも"はい"だが。
静かに目の前と、奥へつながる道が開かれて行く――ああ、世界は何て美しいのだろう。人間の持つ"性欲"は悪だ、聖者の道を誤らせる悪の誘いだ、そうだ……そうなんだ……。
「きっと、大丈夫だから、ね? 恥じる事はないよ」
「俺でなきゃ、俺でなきゃダメなんだ……ははは……」
きっと、穢れを知らぬ清らかな身で人生を終えれば神になれる――そんな悟りすら産まれている。
「ふむ。《サキュバス》……エルフも賢いのかアホなのか分からんな」
「ボクなら鼻で笑っちゃう空間だけど、ロイルみたいなナイーブな人だったらここで心折られるんじゃないかな……」
魔法使いにはなれないけど、君主ぐらいにはなれるはずだ――。
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まさかこの奥も……と覚悟していたが、そこは至って普通の木の根・樹の肌で形成された迷宮だった――。
大樹から栄養を得ているのか、人や野菜の形を取った植物のモンスターがウヨウヨと中を徘徊し、侵入者を探している。
ここに足を踏み入れた冒険者だろうか、壁に埋まった骨も見える――あれが童貞の末路か。恐らくここで果てれば大樹の一部となり、誰にも出会う事は許さぬ空間に閉じ込められてしまうのだろう。
そんな『ここは幸せだぞ』なんて目で見られても、お前らの仲間になんてならない。絶対にだ!
「ナ、ナカマ……ナレ、ヨ……ォォォォッ――」
ゆっくりと、朽ちた肉体が歩み寄ってきた――その身体には木の根が絡み付き、まるで木のゾンビのようでもある……。とりあえず《ウッドマン》と呼ぶ事にしよう。
「オ、オマエ……モ……ドウシ……」
「うるさい寄るなっ! 俺はお前らの同士なんかじゃないっ……!」
「オォォォォンッ――」
怒った《ウッドマン》は尖る枝の指を突き立て、引っ掻きに来た。だが、動作が緩慢である為、それを躱すのは容易い――サッとそれを躱し、腕ごとそれを切り落とした。ボトリと落ちた腕は痙攣しているようにも見える。
切り落とされた身体からは血が流れておらず……その代わりに木の根のような物が伸び、再び《ウッドマン》の腕を形成していた。
二度、三度――何度切り刻んでも、自動的にまたそれが生えて来る。
再生速度が徐々に遅くなっているのを見る限り、それは無限ではなさそうだ。
自己再生に使われる養分の補充が出来ていない――つまり、奴に再生させ続ければ中身が空っぽになり、再生不可となるに違いない。
「そりゃっ――」
剣さばきも大分上達してきたと思う――いや、この剣のおかげか。
ロラド城で持ち帰った剣を、このモグラが打ち直して俺用のそれを鋳造してくれていたのだ。これがまた非常に良く斬れる。
唸りながら何度も再生を繰り返すそれは、俺の狙いが分かったのか壁に戻ろうとしていた――なるほど、補充はそこでするのか。全自動掃除ゴーレムみたいに。
「させるかッ!」
奴の左腕が再生して来ず、頭から突っ込もうとするそれに思い切り剣を振り下ろすと、ザンッ――と音と共に、床に《ウッドマン》の首が転げ落ち、首を失った胴体は両膝をついてズルリと壁に首を擦りつけながら崩れた。
「はぁっはぁっ……ど、どうだっ! 俺はお前ら何かの仲間にならんぞっ!」
「お、おぉ……ロイルが格好いい……」
「童帝の意地だな」
「そう、王族だからね……って違うわっ!」
壁に埋まる彼らには申し訳ないが、君たちの犠牲を踏み越え、俺は栄光の道を目指すのだっ!
だが、ここから出られなければ俺も同じく《ウッドマン》と化してしまう……それが目的か、こいつらは俺ばかりを狙う……。
ココはちゃっかり地図を作製しているし、俺も出来るだけ分かった情報を書き記して行かねばな。
メモ書きを残しつつ、推測と検証の結果をそこに記入し、結論付けて行く――。
度重なる《ウッドマン》の襲撃が次々浮かび上がる疑問を答えに変えてくれるのだが……ある仮説が証明されずにいた。
これを解決するにはファムの協力が必要不可欠だ――。
「オ、オォ……ト、トモ……ダチ……シ、シンセイ……シマシ、タ……」
「"拒否"だ馬鹿たれッ! 誰が童友なんてなるかッ!」
「ムォォッ――」
「今だッ! ファムッちょっと手伝ってくれッ!」
「え、なっ何っ!? きゃぁッ、な、何するんだよっ、バカッ、離せぇっ!」
俺の仮説――
「こらっ、ぼ、ボクを捧げものにするつもりかッ!? やめっ、ボクのお尻を向けても意味ないからッ!?」
「オ、オォ……オ、オンナ……ウゥ、ゥゥッ……」
《ウッドマン》は、たじろぐばかりでファムに一切近づこうとしない。
俺の仮説は正しかった。やはりこいつら――
「女に向かって行かない根性なしだから童貞のまま死ぬんだろうがっ!!」
※次回 5/13 19:20~ 更新予定です




