5.鉄の守り
出発地点のリノリィから南東に向けて直進すれば、目的地である"ロライナ"の国自体へは約三日で辿りつける距離。だが、この国は南北に分かれている――。
当初の予定通り、南ロライナから南北の国境を目指すとなると、南へ真っ直ぐ――タッキー・ネシー・アジージョを経てから北上しなければならない。
ファムの言う通り、この三国は通行許可証が出るのが非常に遅い。目的地である南ロライナの隣国アジージョに到着するまで十日かかってしまった……。
だが、許可証の発行が遅いのにはちゃんとした理由がある。
タッキーは揚げ鳥、ネシーはハチミツのウィスキー、アジージョはコーヒーとそれぞれ名物が連なる――その為、観光客などを出来るだけ長く足止めするようにと、三国が連携して発行を遅らせているのだ。
そして、どこに行ってもファムの機嫌が悪い。
路銀を全て使い切ってやると言わんばかりにヤケ食い、ヤケ酒をして自爆している。
「うう……絶対太ったよぉ……」
「そりゃあんだけ食えばね……」
ここの最近、ずっと馬車に乗りっぱなしだったし、運動出来ていないのもあるだろう――。
《モール》はまだ整備が必要らしいのでリノリィに置いてきてるし、歩いて行くとすれば結構な距離を歩かねばならない。
歩いて行っても良いのだが、そうなるとファムの足が非常に遅くなる――初日に牛歩戦術を取り、ココに馬車に投げ込まれた。
「真っ直ぐ行くからね!? 絶対に直行するからね!?」
「ふむ。ならロンビアの街を抜ける方が早いな」
「ダメだってば!?」
ロライナの中央部に位置するロンビアの街は、まだ比較的安全な街である。
そこにファムのねぐらがあるのだろう――もうモグラと人間は、猫のねぐらに乗り込む気満々だった。
目的はエルフの住む地に繋がる大樹なのだが――正直言うと、楽しみはファムの住処を襲撃するだけで、それ以外の理由で長くそこに留まりたくはない。
と言うか、そんなガラの悪い場所に住んでいるようには見えないのだが……何でまたファムはそんな場所を選んだのか。
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国境を越えた瞬間からトラブル続きだった――。
黄色い砂地が広がる荒野に入る事数時間、人気のないむき出しの岩肌に囲まれた地帯に差し掛かった頃だ。御者が『車輪の様子がおかしい』と我々を降ろし、そのまま置き去りにして逃げた。そしてすぐに馬に乗った四人の盗賊が我々を取り囲んだ。
これにパニックになったのは俺だけである――。
モグラと同業者の猫娘は始めから想定済みで、ロライナの中心地ロンビアの街の一番近くまで送ってくれる御者を選んでいたのだ。事前連絡ぐらいしろと……。
なので、四人程度なら全く相手にならない。完全な観光客だと思い込んでいた四つの死体を後に、砂漠のような道へ踏み込んで行くと更に……そして更にと、畑から採れるのかと思えるぐらい次々湧いて来ている。
大抵の盗賊は、一人が殺されると蜘蛛の子を散らすように逃走してゆく。
果敢に挑んできた盗賊は骨を砕かれたり、矢が突き刺されて命を落としていた。爆死して肉塊を飛び散らせたのもいる。
この国では"殺された方が悪い"、"盗まれた方が悪い"の法のみであり、人殺しも罪には問われない――のだが、いくら襲われても俺には手を汚す勇気が無い。
もし仮に相手がモンスターならどうか? 恐らく剣を振りまわすぐらいは出来るだろう。ではどうして、同じくして命を狙う存在にそれが出来ないのか。
確かに斬ろうと思えば斬れるだろうが、何か盗賊が俺と同じような臭いと言うか――盗賊に慣れていないのか、人の命を奪おうと言う目をしていないのが殆どだった。
「だ、だからロンビアの南はダメって言ったじゃん――ロイルにはこの無法地帯は無理だって」
言い返す言葉もない――。
もしオークの着ぐるみでも着ていれば斬れるかもしれないが……いざ勇気を見せようとも、その機会が来る前にココが倒してしまう。
「無法であれど、無理にルールに従う必要はあるまい」
「そ、それはそうだけど……ロイルッ、絶対に離れたらダメだかんね!」
「あ、あぁ……分かった」
「で、そのクロスボウはどうだ?」
「うん、すっごい扱いやすいよ」
ココは斧に続いて、ファム専用のクロスボウを作っていた。
何でもウィンチ不要の一品らしく、先ほどから弓を引くように簡単に引き絞り、矢をつがえている。
度重なる襲撃をいとも簡単に返り討ちにする我々に恐れをなしたのか、ナワバリから抜けたのか、ロンビアの街に近づくにつれて襲撃される事が少なくなっていた。
小出しにではなく、まとめてかかれば良かったのに――盗賊のグループがそれぞれわかれているのか、それとも彼らのプライドがそれを許さなかったのか。
「う、うぅ……あ、あまり長居しないからね?」
砂漠の荒野に建つ石造りの街並みに足を踏み入れると、ファムの目に焦りが見え始めていた。
安全地帯と言うが、街の外が嘘であるかのように美しい楽園のような街である。
言うなれば、オアシスの中の街――もっと荒れたそれを想像していたのだけど、ここまで極端に違うと恐怖さえ感じてしまうな……。
「あっちっ、あっち行こうっ! 近道だからっ!」
「まさかと思うんだけどさ……あの『片づけろ馬鹿っ』て張り紙されてる所じゃないよね?」
先を急ごうとする猫娘の目がもうジャバジャバ泳いでいた――。
もう観念した様子で『リノリィに引っ越そう……』と力なくうなだれ、この住処から荷物をまとめる準備と、大家に怒られる覚悟を決めたようだ。
怒られる時は是非アホほど怒られて欲しい。
文字には魂が宿ると言う。その張り紙に書かれた文字、言霊から怒りが感じられる。
周囲の家に人が住んでいる気配が感じられない。全員この小さな家から発せられる迷宮臭に耐えきれず逃げ出したのだろう……逆に迷宮の方がマシかもしれないような臭いだ――。
「放置していたからこんな臭いなんだよね……?」
「あ、当り前じゃないかっ!」
自分用のマスクに皮布の履き物を着用し、シュコーシュコーと音を立てている。モグラは実に用意周到である。
俺も欲しい――もう玄関の隙間から流れ出てきている茶色の液体からして恐怖しかない。もしかして玄関に生ごみ放置してたとかないよな……?
大家も代執行しようとしたのか、鍵をこじ開けようとした痕跡が見受けられる――。
「あ、あはは……最新の鍵に変えたからね……」
「ゴミ屋敷をセキュリティ万全にしてるんじゃないよ!?」
ピッキングツールを使ってガチャガチャと鍵を開錠し始めたのだが、そこから流れ出る液体と悪臭に集中できてないようだ――それに触れないようにと、凄い体勢で開錠作業をしている。
泥棒は数分内で鍵を開けられなければ立ち去ると言うが、何十分もかけ、えづきながらやっとの事でそれを開錠していた。
迷宮の鉄則――扉は一気に開けるべし。すぐに敵が襲撃してくると思え。
それは覚悟していた。覚悟していたのに……敵の攻撃が目に突き刺さった――。
「目がァッ!?」
「ろ、ロィルだぃじょうぶっ!?」
息を止めても耳や目の穴から臭いを感じているのか、脳が『逃げろ』と危険信号を発している……。
ファムも息をするのも辛いらしい――扉からドチャッと音を立てながら食糧の腐乱死体が倒れて来た。
周囲に毒ガスをまき散らしており、もし周囲に人が住んでいれば、全員暴徒と化していてもおかしくない状態だった。
ココはあまりにアレだと判断したのか、すぐ近くに穴を掘り、そこにこの腐乱死体を埋葬しろと言ってきた。
「なんで、げんかんにこんなの――」
「かぃだめしてそのままに――」
人の腹を満たす食糧は、時と共に凶器となる事が分かった。
安かったので大量に買いだめしたのは良いけれど、思ったら置いておく場所が無く、とりあえず玄関に置いていたらしい。
そして、リノリィの迷宮にお宝があると聞き、それを忘れて飛び出した――で、今に至る。
「ばかかっ」
「ぅぅ……」
約二か月ぐらいか――食糧が腐り、一番危険な時期にやって来たものだ。
しかも、買いだめしたにも限度がある。木箱八箱分が玄関にそびえ立っていたに違いない……。
ファムは『頑張って運んだのに――』と言っていたが、努力と悔やむべき場所を間違えている。
まず部屋を掃除し、荷物を置ける場所を作る努力をすべきだ――。
※次回 5/11 19:20~頃更新予定です




