5.つかれた
"血染めの女王"――勝手にそう呼ぶことにしたが、彼女はそれなりに割り切り、幽霊となった身を楽しんでいるようだった。
気になっていた、あの蛇頭が住み着いた理由も尋ねてみると――
【妹が連れて来たのです。城の中は暇ですから……】
と日記を通じて答えてくれた。貴族がやる狩猟のようなものだろうか?
ココが来るまで話し相手になってもらっていたのだが、彼女は見た目がアレなだけで、中の人は普通の年頃の女性だ。会話も半世紀前の話などが聞けて興味深くて面白い。
黒インクではなく、血の文字で浮かび上がって来るのを除けば……だけど。
「手紙の返事を待つ気分に似ているな」
「へぇー、ロイルは余程あのアバズレ――いや、"婚約者"が気にいったんだー」
「ち、違うからっ!? あれは"女王"が勝手に言ったんだよっ!」
「いーんじゃないかな? 形はどうであれ、好き合うって良い事だしねー」
「な、何でそこまで怒ってるんだよ!?」
先ほどまでゴロニャンだったのに、女王と会ってから妙にツンケンしている。
起き抜けに、妹の首を持った"血染めの女王"を見たファムは、声にならない悲鳴をあげていた。まぁ目とか動くし、誰だって初見はビビるよね……。
だけどこの時は、女王に対して"恐怖"しかなかった。今の様な"怒り"の感情は持っていない。
そのファムを見た女王が
【誰ですかその泥棒猫は。シッシッ】
と、喧嘩を売ったのが発端だった――。
ファムは『泥棒猫はお前の方だっ!』と、俺から日記を奪い取って口論をおっ始めたのだ……。
あの女王からすれば、俺は既に"婚約者"であるらしい――。気持ちは嬉しいのだけど、何かゴーストの仲間入りしそうなので、丁重にお断りさせてもらった。
だが、ファムさんからすれば納得しておらず、地下の抜け穴から出た今でもイライラしっぱなしである……。
そう言えば、その"女王"は別れ際に妙な言葉を残していたな……。
【ああ、リノリィの迷宮で思い出しました。
城に一度《サキュバス》がやって来ました。
その時、城にあったリノリィの迷宮の資料を持ち去りました】
――と。《サキュバス》は誰もが知るエッチぃ存在のアレだが、どうしてリノリィの迷宮の資料なんか……?
これに関しては、ココに尋ねても『ふむ』といつもの様に鼻を鳴らしたが、続けては何も言わなかった。
【冒険で死んだら是非ロラド城へ】
女王は続けて縁起でもない事を言ったが――。
・
・
・
抜け穴を通って外に出た時はもう辺りが真っ暗になっていた。
そこから見上げてみたが、夜のとばりに遮られ何も見えない――暗闇の中で吹く風は冷たく、葉がこすれ合う音が周囲のその不気味さを際立たせている。
"王女"から"女王"へ――
彼女達は今もこれからも、妹と共にあの城に留まり続けるのだろう。
『あれ、何かあったんで?』
『顔色悪そうに見えるでさ』
「幽霊デも見たカ?」
双子のコボルドとオークは言われた通り、《モール》の番をしていたようだ。《モール》の所々にボールの跡が残っているのは不問としよう――。
しかし、そのモンスター共が心配するぐらい疲れているのだろうか……?
《モール》に乗って初めて、あいつらが『顔色が悪い』と聞いて来たワケが分かった――。
全身が倦怠感に包まれ、頭が重い……。ようやくリノリィに戻れる安堵からか、疲れが一気にやって来たようだ……。
リノリィの迷宮から戦争や何だと、ずっと肩肘張っていたせいだろうな。
「ああ、ココ。リノリィにはどれだけ居るんだ?」
「ふむ。《モール》の整備もするのでしばらくかかるだろう。
その間に一度トンモーバに帰り、ばあ様の墓参りでもしてきたらどうだ」
「うーん、そうだなぁ……」
恐らく背中の積んでいる鉱石で色々作りたいのだろう。
ココの言う通り、この機会に一度帰るのも良いかもしれないな。
ちょっと旅に出ると言って出かけたっきりだし――って、あれ? ココは俺がそこ出身って知ってたっけ?
ああそれにしても左肩が特に痛い……。《モール》がなきゃ三日ほどかかっていたなこれは。
いや、痛いと言うより重い感じだから、これは疲労と肩こりか……リノリィに戻ったらマッサージ店にでも――
「ん? ファム、マッサージ出来るのか?」
「はえ? 何言ってんの?」
「いや、さっき『マッサージしてあげる』って言わなかったか?」
「ボク何も言ってないよ? 確かにマッサージは出来るけど――」
「あれ?」
空耳だったか。
だけど、ファムの手の平の猫の肉球で揉まれるマッサージか――想像しただけでも気持ちよさそうだ。
肉球と言えば、あのプニプニのそれを心行くまで触ってみた――
「ふぁ、ファムッ!? いきなり何言いだすんだよっ!?」
「な、何言ってるの!? ロイル大丈夫!?」
「頭のおかしい奴みたいに言うなっ!?
ファムが『ボクのおっぱいも触る?』って言ったじゃないか!」
「ぼ、ボクがこんな所でそんなの言うはずないじゃないかっ、馬鹿ァッ!」
い、いや確かにそうだ――。人の温もりに飢えているのか、今は非常に誰かの温もりを感じたい気分だから幻聴が聞こえてるのだろうか?
きっと陽が暮れて冷えてきたせいだな、うん。
『ロイルッ、ちょっと開けて!』
これもさっきみたいな幻聴だろう……。
「ロイルッ、開けてってばっ!」
「げ、幻聴じゃないのか!? ――ど、どうしたんだ?」
「えいっ!」
「わぶっ!? な、何するんだ……て、あ、あれ何だこれ?」
ファムに冷たい水をぶっかけられたかと思えば、その水が突然シュウシュウと音を立てて蒸発し、白い水蒸気の筋となって消えた――。
薬草のような匂いが混じっててるので、何かの妙薬とかだろうか?
「おおっ心なしか頭が軽いぞ! 肩こりも軽くスッキリしたようだ!」
「や、やっぱり、つかれてた!?」
「何だ、リラックス用の薬とかあるのか。いや、確かに疲れてたから助かった」
「字が違うよっ!? ロイル、あのアバズレに"憑かれて"たんだよっ!」
「な……何だとっ!?」
てことは、この水はもしかして聖水か……?
恐る恐る《モール》の目を後ろに向けてみると、チラりと赤いドレスを着た人が画面に映し出されていた。
【気づかれてしまいました……一時的にでも良いので是非こちら側へ。
鞄にお薬入れて置きましたから、赤ちゃん作りま――】
開いた日記をバタン、と閉じた。
鞄の中の中には、"ワンタイム"と書かれた薬瓶が――注意書きは、用法用量を〔守らず一気飲みしてください♪〕と書き換えられていた。
三章はこれで終わりです。
※次回 5/6 20:20~頃更新予定です




