3.報いを受けるべき者は
王子の部屋に隠されていた日記を見て、全てが判明した。
まず女王と王子は"親と子"の関係ではなく、"男と女"の関係にあった――。
壁に開けた穴より父と母の営みを覗き見ては、自慰行為に耽る……ある日、母親の自慰を覗き見て抑えていた愛欲が――と書かれている。
最初は戸惑っていた母親も、抱かれている内に次第に背徳に溺れたのだと……。
「もう私の女だ――だって」
「うえぇ……気持ち悪い。見つけなきゃ良かったよ……」
短い舌を出し、嫌悪感を表すファム――まぁ、無理もないだろう。
日記に残したのは、罪の意識かどこかで真実を知らせておきたかったのか?
「でも、愛も歪めば国を滅ぼすんだね……」
「ふむ。薬も適量を越えれば毒となる、毒も適量であれば薬になる。
何事も行き過ぎれば身を滅ぼすのだよ」
「モグモグも……それで滅んだの?」
「黒毛モグラは、一度受けた仕事は完遂するまでやる頑固者が多いからな。
その意味では、行き過ぎた故に身を滅ぼしただろう。
バルログを掘り起こした方がマシだったかもしれんが――」
バルログ――ドワーフの強欲が、眠っていた悪魔を呼び起こしてしまった話のあれか。確かドワーフの多くが死に、住処まで奪われたんだったっけ……。
黒毛モグラは何かを掘り当て、それに近い事をしてしまったのだろうか?
だが、知れば知るほどモグラ族とは謎の多い種族だ――。
あれから《スネークヘッド》の襲撃が無かったわけではない。襲撃しようとしていたが、全て未遂に終わっていた。
敵の気配を感じればそこに睨みを利かせ、退け……熱心に地図を描いているかと思えば、落書きしてたりする。
その絵にはーー
今まさに崩れ落ちようとしている柱に、トカゲに襲われる人間、クロスボウを射る猫。
手先と言うか爪先が器用だが絵心が無い――ってか、そんな不穏な絵を描くんじゃないよ! その人間は俺だろうが!
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ロイド城の地図はあと一部――。
今俺たちがいる謁見の間と、大樹があるであろう中庭を残すのみである。
迷宮のようだと言っても《スネークヘッド》によってあちこち封鎖されており、半分以上が瓦礫の山――。中庭をぐるっと囲う部屋と通路のみであり、単に地下牢などを経由して歩くだけの単調な道だった。
そこからは城の上の回廊に続く瓦礫の階段に、上には衛兵らの詰所があるだけ――それ以外の道や階段は崩され進むことが出来ない。
これまでの道もほぼ一本道であり、分岐らしい分岐もない。
ココは、カリッと最後の一線を引き終え地図を片付けると、右手でハンマーをぐるっと回し肩に乗せた。
「ふむ。そろそろの相手をしてやるとしよう」
ココが吐いた白い煙は、玉座の真上――天井付近より放たれた矢に掻き消された。
ズンッ――と音を立てて王座に降り立ったのは、緑色のまさに"蛇"と形容するのに相応しい者だ。
虫はタバコの煙が嫌いだと言うが、この爬虫類もそうなのだろうか?
いや、イラついているようにも見えるのは、襲いたくても襲えなかったから……だろうな。
なのに、奴の目は俺をロックオンしていた。
蛇には熱を感知する目があると言う――こいつにもそれがあるのだろうか? 俺の体温爆上がりしてるしさ……。
そのギョロっとした黄色い眼に、思わず手にしている槍を握り直してしまう。
ついさっき、ココに『剣ではなく槍を持て』と指示された為だが……槍なんて使った事ないぞ?
「ふむ。我々は眼中にないようだ。頑張れよ」
「この薄情モグラっ!?」
ノッシノッシと近くの柱に向かうモグラ。何なの、そう言う決まりでもあるの?
ファムは予定通り、離れた柱の陰に隠れたが――。
“蛇頭"ももっと戦い甲斐のある相手を選ぼうよ、ね? そんな刃にモグラマークが付いた曲刀……ファルシオンなんて構えないでさ。
ああそうか、きっと俺がこの中で一番強いって思われて――
「ゲゲッ――オマエ、ザコ、ヨワイ」
「口に出すなよ畜生っ!?」
その太い脚をぐっと踏み込んだかと思えば、ゲゲゲェッ――と不気味な爬虫類の鳴き声と打撃音と共に、とんでもない勢いでこちらに向かって飛びかかって来た。
ココやファムから聞いた通りだ。
《リザードマン》は好戦的であるが、弱い奴に対しては非常に高慢であると言う。
それにあまり強いのとは戦わず、群れで動いて弱そうな奴を狩る――言わば雑魚狩りが多い。弱肉強食と言えば聞こえいいが。
同じ獲物なら弱い奴を狩った方が楽で、効率が良いとの考えだろうか?
だが、決して剣術などが弱いからではない。その荒々しい剣は剛の者であっても侮ってはならないものである。
それ故に、弱者に対してはナメプとも言われるような、雑で荒い剣を繰り出す。
その剣術を極めた《スネークヘッド》も例外ではない。
雑魚を相手にしているからか、素人目に見ても大振りの隙だらけなのが分かる。
いくら己を"蛇"の名を騙ろうとも、本質は《リザードマン》と何一つ変わらないのだ。なので、相手の攻撃を防ぐのは容易い。
「ぐおぉっ!?」
ガチンッと音を立て、大振りで叩きつけて来た曲刀を槍の柄で凌いだ――。
防げるのは良いが、手袋も何も無くまともに受けたせいか、両手が痺れてしまった。
こんなの数発受けたら武器が握れなくなってしまうぞ……。
「ゲゲッ! ゲゲッ! ザコ! ザコ!」
よほど格下相手にするのが楽しいのだろう――悔し……うん、ないぞ。
挑発するように首を傾げこちらを見ている。頭を斜めに向ければ、傾いた柱も真っ直ぐに見えるかもしれない。
「楽しいか?」
「ゲゲッ、タノシイ、タノシイ」
「雑魚ばっか相手にしてるから、注意力散漫になるんだ――」
「ゲッ?」
ココが傍にあった柱を叩き折り、《スネークヘッド》目がけ石の塊を落さんとしていた。
その言葉を聞いた爬虫類の黄色い目は、崩れ落ちてくる岩の塊をただ見つめるだけである――。
だが《スネークヘッド》は一匹狼で生きてきた猛者。油断していたとは言え、そんな簡単に押しつぶされてくれるようなヤワな敵ではない。
その太い脚で床を蹴り、バッと後ろに飛びのいた――
「ゲァッ――!?」
だが、簡単に脚を射抜かせてくれる間抜け、ではあったようだ。
飛んでいる最中に回避行動はとれない――その左腿に鉄の矢が深く突き刺さった。
「ネズミを狩るより簡単だよ!」
ファムの放ったクロスボウの矢にバランスを崩したトカゲは、倒れた柱の地響きと共に、背中から落ちるようにして地面に落ちた。
意識を一方向に向け、その意識外の場所から攻撃する――《スネークヘッド》が取った方法と同じである。
「必殺、いいとこ取り――ッ!」
空中でバランスを崩し、床に落ちたそれにすかさず槍を胸に突き入れた。
このまま壁に突き刺せば"モズのはやにえ"だろう。トカゲの悲鳴と共に、硬い鱗を突き破った不快感が手に伝わっている。
だけど《リザードマン》は生命力が強いタフな種族。槍に胸を貫かれてもなお死なない。
片膝をつき、息も絶え絶えな《スネークヘッド》は剣を構え、なお戦う意思を見せている。このタフさ、最後まで諦めようとする姿は見習うべきだろう。
剣を構える《スネークヘッド》に対し『虚勢だ』と言わんばかりに、そこにハンマーを肩にしたモグラが近づいて行く――。その足取りに何の躊躇いもない。
「前々からお前たち《スネークヘッド》に言おうと思っていたのだが」
「ゲゲッ――!?」
「足の生えた"蛇"は、"蛇"ではないのだよ」
所詮はトカゲだ――と、ココは手にしたハンマーを真横に振った。
《スネークヘッド》の頭部は鈍い音を立て、大きく仰け反った。同時に握られている曲刀が落ちた。
それでもまだ死なない――高い生命力が仇となっている。その眼は虚ろで何も捉えていない。
「それと、だ――」
その背には怒りすら感じられる。
モグラはハンマーを捨て、そのトカゲが握っていた剣を拾い上げた。
「トカゲ如きの存在が、この剣を使うな――」
ブンッ――とフルスイングされたそれに、トカゲの頭が飛んだ。
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全て作戦通り――。ココが描いた不穏な落書はそれを指示していた。
俺が囮になる事は聞かされて無いが……このモグラは本当に大事な事を言わない。
コボルドの王に『ハーピーのいい女がトカゲに食われたから、徹底して殺してくれ』と頼まれていたのもあるだろうが、中々の徹底ぶりである。
そのハーピーを襲う存在も居なくなった。これでもう何も心配する事は無いだろう。
「すっかり忘れてたけど、奥の樹に石があるんだよな?」
「"浄化の石"でも無さそうだし、何だろう――樹から取れる石って、琥珀とかかなぁ」
「あれって地層に埋まってるんじゃなかったか? でも琥珀なら欲しいな」
「お、ロイルも宝石に目覚めた? 《モール》があれば宝石店って名前のダンジョンでごっそり行けるよ!」
「出来るかっ!?」
どさくさに紛れて何てこと言うんだこいつは――。
「ま、それはまた話し合う事にして、早くお宝を拝みに行こーっ!」
話し合っても、お前に自首を勧めるだけだからな?
ファムは目を爛々と耀かせながら、軽い足取りで玉座の横の扉をくぐって行った。
お気楽極楽、活き活きとしている姿は何とも可愛らしい。
「おおっ、いい中庭じゃないか!」
扉をくぐったそこは、青々とした芝生の絨毯が敷き詰められた中庭が広がっていた。
そこだけがロラド城の衰亡を知らず、未だかつての栄華を保っているようだ。
あれ、半世紀も経過してるのに何でこんな綺麗に手入れされてるんだ……?
「はえー……この樹かぁ。想像してたよりデッカイねぇー……」
「ん? ああ、確かに……。
俺も現物見るのは初めてだが、ここまで大きいとは思わなかった」
「この樹の上にあるんだよね。よーし、いっちょ見て来ようっー!」
その先にお宝があるからか、猫の爪を引っ掛けスルスルと駆け上がって行く。
活発なファムの姿にこちらも元気になりそう……いや、元気になっている、が正しいか。ファムの姿を見ていると、小さな事で悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。
「お、降りられないぃ……」
悩み事なんて実に馬鹿馬鹿しくなる――。
※次回 5/4 20:20頃更新予定です




