6.生き残るのは馬鹿ばかり
《オーク》の本陣から、獣の雄叫びが響き渡っている――。
陽動作戦は成功だった。切り立った崖に囲まれているため、背後から奇襲される事になるなんて夢にも思わなかっただろう。
裏を掻かれた敵陣営は、アドバンテージを完全に奪われ窮地に立たされる事となってしまっていた。
「ここで一気に門を落とすぞッ!」
その|《王》の言葉に、勢いづいた犬たちは咆哮で応えた。
目の前の《オーク》からすれば前門にも後門にも狼……と言った所か。互いに顔を見合わせている所から、素人目に見ても《オーク》は"敵"に集中できておらず、どうしていいのかと混乱しているようにも見える。
この粒ぞろいの重装部隊がなかなか厄介であるらしく、真正面からぶつかったとすれば、間違いなくこちらの被害も甚大なものとなってしまう事だろう。
だが、洞窟内でも感じた通り《オーク》は単純な力と力のぶつかり合いには強いのだが、そこに思考が入ると途端に弱くなる――我々はそこを突いた。
「まとめておいて良かったな」
作戦を立てるとき、俺がメモしていた資料を参考にした……ようだ。
《コボルド》陣営からすれば、"そんなの常識"の事ではあるものの、言葉にしては表していない。あくまで本能的に分かっていた“常識”である。
《オーク》からすれば、守りの要となるであろう重装部隊を表に出したのが悪手となった。中からの号令の食い違いや、錯綜する情報に、前線の兵が混乱に混乱を極めている。
そのせいで、重厚な鎧をまとった《オーク》は防戦一方――勢いづいた《コボルド》を止める事ができず、じわりじわりと数を減らしてゆく。
その混乱を治めんと、前線で指示を出す指揮官は一際目立つ。そのせいか、好機とばかりに飛びかかって来た|《コボルドの王》によって切り伏せられた。
指示を出すべき口からは血が吐き出され、その積み重ねた豊富なキャリアを一切揮えないまま息絶えた。
ヤケクソで前に進もうとする者、恐怖で後退する者、王の守りに行こうとする者――。
要が折れた扇は脆く、もはや使い物にすらならない。指揮官を失った事で、完全に収拾がつかなくなった|《重装オーク》はそれぞれ勝手に動き、その武器・鎧・経験を発揮する間もなく個々に撃破されてゆく。
『俺、この盾もーらいっ』
『あ、俺も俺もっ』
〔モンド〕と〔バックス〕に、撃破されたのも居たらしい……。
次第に数が減ってと思っている内に、《オーク》の守りの要は全滅、そこに立つのは《コボルド》だけとなっていた。
「――取ったぞッ!」
|《王》の言葉に、周りの《コボルド》は剣と犬の咆哮で応えた。
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攻城戦は休む間も無く続けられる。
崖の中腹にも穴が開いており、そこから矢の雨を降らせていた。
それを阻止せんと《オーク》が投げた槍が一匹の《コボルド》に突き刺さり、地面に落ちる――。
だがそれだけだった。豚の群れに降り注ぐ矢の勢いは、一匹死んだぐらいでは衰える事を知らない。
再び投げんとする《オーク》に、よく見知ったモグラが突っ込んだ。ずんぐりむっくりした見た目に反して、あれは意外と素早い。
手にしたハンマーを横薙ぎに足を払い、その勢いのままくるりと一回転……倒れたそれにハンマーを叩きつけるように振り下ろす。
その背に隠れて見えないが、豚の四肢がビクンとハネあがったのが分かった。
ココは続けざまに向かってきたオークの頭をハードヒットしている。
ここの鉱石を得るには、どうしてもこの戦争に勝利しなければならない。
成り行きとは言え、戦争に首を突っ込んでいるからには、こちらも傍観してばっかではいられない。
特に《モール》は目立つので、サボっているとすぐにバレるし……。
《モール》と言えば、コイツに取り付けられた、右手の三枚刃の威力は何とも凄まじい――回転する刃は、オークの肉を円形に引き裂き肉をえぐり取ってゆく。
何度めかの肉塊が地面にビチャリ……と、音を立てて落ちた。いくら肉を裂こうとも、その切れ味はなお鋭いままであり、豚のこま切れ肉を形成し続ける。
「ふむ。中々のようだな」
「あ、ココッ。これは何なんだ?」
「回転刃だ。別名カシ――」
「みなまで言うんじゃないっ!?」
回転させたままのそれを《オーク》の頭部にぶつければ、それの首がボトリと落ちる。なるほどこう言う原理で――。
だが、それはドリル状のそれだったり、ただ切れ味の鋭いだけの剣ではないかと思うのだが……まぁ構わないだろう。
モンスターにも信仰心があり、救いを求めるのだろうか?
石を積み上げたしっかりとした造りのそれには、祭壇らしき物があった。
その石が平積みにされたひな壇に足をかけ、クロスボウで援護射撃をする猫娘に気づいた。
「ファム、大丈夫かっ!」
「うん、へーき! でもちょっと《モール》で壁になって!」
クロスボウはウィンチで弦を引く必要があるため、連射が効かない。
ファムの左右にも〔モンド〕と〔バックス〕が控え、|《重装オーク》から鹵獲した金属の重厚な盾で、再装填中のファムの身をガッチリと守っていた。
だが、刀折れ矢が尽きる――そんな窮地な状況でないものの、ファムの残りの矢が僅かとなっているようだ。
《オーク》の軍勢ももはや風前の灯火だったが、最後の灯火と言える奮闘を見せる者がいる。
我々にも|《王》がいれば、当然相手にも|《王》がいる――他よりも更に大きく、異彩を放つ|《オークの王》、手にした段平に近い剣は、飛びかかってきたコボルドのエリートを容易く両断した。
続けて飛びかかった犬も、いとも簡単に薙ぎ払い、犬の血がビチャッと雨の様に降らし、攻め寄る犬の群れを返り討ちにせんとしている。
束でかかれば、それはいつも墜ちるだろうが、そうすれば莫大な数の犠牲が必要となる――これ以上の犠牲を出すまいと、銀色に耀く炎を構えた|《王》が、一歩……一歩……ゆっくりと近づいて行く。
「もはや貴様らに勝機はない。降伏されよっ」
「犬に下げる頭なぞ無いわッ!」
「なればその頭を落とし、力づくで下げさせてやろう!」
「犬っころに出来るものかッ!」
周囲の手が止まったように見えた――。
長い因縁を持つ|《王》と|《王》の雌雄を決する時、これがこの戦いの勝敗を決めると言っても過言ではない。
どちらも一歩譲らぬ王同士の剣劇に合わせ、他のモンスター共も手にした獲物を振り回している。
じわりじわりと、地面を踏みしめる《オーク》の数が減ってゆくのが分かった。
|《コボルドの王》は強い――だが、純粋なパワーで言えば相手のが圧倒的に上だ。相手の剣を盾で受ければ、勢いに足元が揺れ体勢が崩れる――相手の剣に剣で受け流すも、その力の向きに腕が持って行かれてしまう。
《オーク》の知能は低いが、真正面からの一対一の戦いではそれが必要とされない。ただ純粋にどちらかが強いか――どちらが力があるかの世界で生き、その頂点に立つ者が持つ本能的な強さが彼らの強みであった。
それに加え、これまで戦い続けて来た|《コボルドの王》にも疲労の色が伺える――このままでは彼自身も危うい。
それは敵にも気づいているはずだ、持ち合わせの無尽蔵とも言えるスタミナやタフさを活かしつつ、巨体に見合わぬ隙のない剣が絶え間なく振られ続けている。
始めはヒラリと躱していた剣だが、それを盾で塞ぐ事が増えて来ていた。
若干、焦りの色を見せる者と、確信の表情を見せる者がハッキリとしているのだが……何だろうか、あの|《コボルドの王》より感じる”余裕”のような物は――。
「犬よッ、先ほどまでの威勢はどうしたァッ!」
「ふんっ、なればこれはどうだっ」
そう言って、懐に忍ばせた袋から取り出したそれは淡い青色の布きれのようなもの――。どこかで見たことがある。
どうしてかそれに、|《オークの王》の鼻がピクピク動き続け、張りつめた筋肉が緩んだようにも見える。
「そそっ、それはっ!」
「あ゛ぁっ!? それ、ボクのショーツ!?」
え、なに――何で、|《コボルドの王》がそれ持ってんの?
「そこの猫が昨日まで履きっぱなしだった、メス臭たっぷり染み込んだ物だぞ!
しかも発情期前だっ、どうだこの――うーむ、何と芳しい香りか」
「いいッ言うなッ! 嗅ぐな馬鹿ァッ!」
「く、く、くっくれっ、それをくれっ!」
「お前も欲しがるな豚ァっ!」
豚も鼻がいいと聞く――。
アドレナリン全開の場に、メスの臭いを嗅いだらどうなるか。
しかもそれは、女好きのそれだったらどうなるか――自慢げに目の前で臭いを堪能したらどうなるか。
【 答え : 猫 娘 が ブ チ 切 れ る 】
「ふぁ、ファム落ち着けっ!?」
「ロイル止めるなァッ! 殺すッ、あの二匹は絶対に殺してやるッ!」
「さぁ、下着ドロ・マニア界の重鎮のお前に、これで斬れるかっ!」
「き、汚いぞっ!?」
両雄の決着に飛び込ませるわけにはいかないので、《モール》の手で必死で猫を抑える――。
今の彼女なら、二匹とも容易く殺してしまえるだろうが、この戦闘は両雄が決着を付けなければならないのだ。第三者が飛び込んで殺してしまえば、泥沼にハマってしまう。
しかも、持っているのは一枚だけでない、恐らく奴が全て盗んでいたのだろう。
一枚、また一枚と取り出し、鎧や盾に……まるで飾り布のようにそれをぶら下げ、鉄壁の防具を完成させていた。
思えば、ファムのそれがなくなる時は、限ってこの王に呼ばれた後であり、いつも王が一番最後にやって来てたな……。
なるほど『オークはあれが好き』との言葉は……。
好色なオークには、種族が何であれ"女の匂い"を放つ、魅力的なそれは絶対に斬る事ができない。
もし、それを血で汚そうものなら、全てが台無しになってしまうからか。
自慢の腕力と剣が封じられた|《オークの王》――しかも意識も別の場所に向かっており、攻撃は最大の防御だった彼にはもはや、守る手だてがない。
ひらひらを布を揺らしながら揺れる銀の炎は、ついに動揺する|《オークの王》の身を引き裂き、それの視線はただ一点を見つめながら大の字に倒れた――。
「永き因縁がようやく終わるか……」
「我が宿敵よ――せめてもの手向けだ」
「あ、あぁ……」
人間同士ならタバコに火をつけ――だろう。だけど実に締まらない。
死にゆく宿敵に対し、コボルドの王は淡い青色の、一番臭いの濃いそれをオークの鼻の上に乗せた――。
敵の王は幸せそうな顔のまま、二度とその身体を動かす事は無かった――。
「馬鹿ばっか――ッ! オークもコボルドも馬鹿ばっっか――ッ!」
両軍の決着はついたが、ここで第三のボスが登場しているのだが……これどうするんだ?
抑えていたはずの、俺の《モール》の左手はメキメキと音を立てた。
顔を真っ赤にしているのは恥ずかしさだけじゃない、むしろ怒り九割だろう――爪はもうこれでもかってぐらい伸び、鋭い。
拘束が解けた猫は、ウィンチを使わなきゃ引けないクロスボウを素手で引き絞っている――。
もはや止めるまい。ここで止めたら俺の命も危ういし……。
「くたばれッ馬鹿犬ッ――!」
足元にあった石をつがえ、元凶に向けて飛ばしていた。矢が尽きていたのは不幸中の幸いか……。
宿敵を倒した達成感と、それを失った空しさを感じている犬はそれに気づかず――後頭部に直撃した犬の王は、フラリと猫の下半身を包んでいたそれを舞わせながら、宿敵の横に倒れた。




