4.奪う者、奪われる者
今の俺は、条件次第でオーク陣営に寝返る準備が出来ている。
だが、オークから条件を提示される前に、どうしてもやっておかないとならない事があった。
目の前には肩を抱き合い、怯える犬二匹――。
この犬共が組んだバリケードに閉じ込められ、危うく土砂に飲まれる所だった。
木を組んだ際の結びが甘かったのか、もうヤケクソで突っ込んだら何とか瓦解でき、土石流に飲まれるギリギリの所で脱出できたのだ。
勢いとは大事と聞く――なら、その勢いのまま、こいつらの処刑を済まさねばならない。
これから始まる処刑が楽しみで、《モール》の手を、ついワキワキさせてしまう。
犬の毛皮を作ろうか、それとも剥製にしてやろうか――これは双子の兄弟だと言うし……そうだっ、縦に割ってそれぞれくっつけた剥製にしてやろう! 蝋人形でもいいな!
「――ろろっロイル、落ち着いてっ!?」
「許さないっ、この犬どもは許さないっ!」
「い、今は戦力が一匹でも多くいるから、ねっ?」
「うぬぬっ……」
ファムの言う事も尤もだ――今は内輪もめをしている場合ではない。
だが……うぅむ……ここはイタズラをした子供を庇う、母親のようなファムに免じ、ひとまずここは剣を納めるとしよう。
ファムはココが言っていた通り、斥候として崖上などの侵攻ルート探しと、偵察を行っていたらしい。
オークがトンネルを失った時も、ファムはその様子も窺がっていたようだ。
慌てふためき、撤退をするか留まるか、それとも攻めるか――三者三様の意見が飛び交い、責任の押し付け合いから、内乱が起こりそうなほど混乱していた、と言う。
オークは、目的があれば協力し合って大軍を作る。だが、元々は個々の集落の集まりなので、こう言った混乱が生じると、たちまち統率を失うのである――。
そもそもの目的も、コボルドの採掘場を奪う事だ。
生業でもある、姫騎士などにイケない事をするようなシチュは一切ないので、共同意識が非常に薄いのもあるのだろう……。洞窟に入った時も、あれらのモチベーションが妙に低かったし。
一方で、コボルド陣営の方は士気が高い――。
自分の土地を防衛しなきゃならないので当然なのだが、これはあの王があってこそだ。
オークと同様、コボルドもリーダーの下に集まる組織の集合体でもある。ただオーク陣営との相違点は、そこに存在する“王”と言う、絶対的カリスマの存在――群れの更に群れ、そして更に……と全ての群れを束ねる者の存在、まさに|《王》と呼ぶに相応しい存在感を示す者がそこに居る。
オークにも王は居るが、それぞれを力で従わせる事が出来ても、運命共同体として動かす事はできないようだ。
そのコボルドの王は今、それぞれの群れのリーダーを集め、作戦会議の真っ最中である。
かれこれ四時間は過ぎているだろうか……その友、ココは別の所で鍛冶を行っているのか、ひっきりなしに金敷を叩く音を洞窟中に響かせていた。
脱出途中からいなくなったかと思えば、自ら土に埋まりモグラならではの脱出方法――穴を掘って帰って来た。後で聞くと、あれはモグラ伝統の遊びらしい。
同じモグラの名称を持つ、この《モール》にはそう言った機能がないので、是非とも“潜る”機能が欲しい所だ。
俺が出来る事と言えばこれの整備……ではなく、ボロ布で機体の汚れを拭くしかない。
オークの返り血も浴びているし、そのせいでパフォーマンスが落ちても困るしな。
もしかすると長く相棒となるかもしれないし、大事にしなければ……。
「ね、ねぇロイル、ちょっといい……?」
「ん?」
「その……や、やっぱり何でもないよっ!?」
水で濡らした布で、ギュッギュと《モール》と拭いていると、その後ろでファムがモジモジと言いにくそうな様子で佇んでいた。
先ほどからチラチラとこっちを見ては、次にあちこちを見渡し……どこか落ち着きがない。
「一体どうしたんだ、言いにくい事か?」
「う、うん……言いにくいと言えば言いにくいんだけど……その……」
「その、何だ?」
「ぼ、ボクの、その……ショーツ持って行ってない……よね?」
「んなっ!? も、持ってるわけないだろっ!?」
「ややっ、やっぱりそうだよねっ……! ああ、でもボクのどこに行ったんだろう……」
普段の言動と真逆の、恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジとする姿は可愛らしく見える……。
だが、俺の服と引き換えに、それを掴ませた奴が見せる態度でもない気がするが――。
しかし一体誰が……と言うか、ファムの鞄から盗られたと言うのか?
「ぜ、全部盗られたのか?」
「ううん、その……初日の……干してたのが無くなってて……」
「ああ……あれか……」
初日のと言うと、コボルドの王と対峙した際のあれだろう――。
確か川の水で洗ってから、岩の上に広げて堂々と干してあった気がするものの……あれを堂々と持って行く奴なんているのだろうか?
「コボルドが持って行った可能性はなさそうだし――」
「それがあるんだよぉ……」
どこか弱々し気にファムは声をあげた。
ココは、余程の事がなければ他種族に欲情などはない、と言っていたはずなのにどうしてだ?
「その……あれさ、ずっと履きっぱなしだったでしょ……?」
「あ、あぁ確かに」
「な、何と言うかその……その、あの……臭いが染みついててね……。
犬って嗅覚強いし、他種族に欲情はしなくても、それに……」
フェロモン的なあれだろうか――?
しかし、ここにはコボルドのメスも多いし、あえて猫のファムに手を出すのはいないだろう。
だが、その嗅いだことの無いそれに惹かれて持ち去る――と言う可能性はあるのかもしれない。
もしコボルドが犯人だとしても、この洞窟にはコボルドが何百といる。
しかも外の山には、更にここの数十倍のコボルドが控えており、多くが出入りしている――。
そいつら一匹一匹に『お前が犯人か?』なんて失礼なこと聞いて回れないし、多分六匹目あたりからどのコボルドに聞いたのか、分からなくなるだろう。皆の顔が殆ど同じで、全く区別つかないのだから――。
「諦めるしかないかもな……」
「やっぱそうだよね……ボクは無くても問題はないんだけどさ……」
本来、フェルプは体毛で覆われているので、必要のない物――とファムは言う。
だが、あれだけ無頓着に見せびらかすようなボーイッシュな性格をしてても、そこはやっぱり女の子……なのだろうか。どこか物憂げに、ため息を吐いていた。
・
・
・
それから何も動きがないまま、一週間が過ぎ――、二週間が過ぎた――。
戦争終わったの? と聞きたいぐらい動きが無い。だが、ファムの方には大きな変化があった。
「うぅっ……誰だッ、誰がボクのショーツ盗んでるんだよぉッ!!
お前かッ!? お前かぁッ!?」
目を離した隙に、ファムの下着が一枚一枚鞄から消えるという怪奇現象が起こっているのだ……。
しかも、全て着替えた後のが狙われており、もう身に着けている一枚しか残ってないらしい。
コソ泥なのに、己が気づかぬ内に、それが盗まれている事が気に食わないのだろう……。
日増しに機嫌が悪く、目に映るコボルドの胸毛を掴みあげ『お前が盗んだのか!』と言いがかりをつけまくっている。
いつぞやの双子のコボルド――兄を〔モンド〕・弟を〔バックス〕と呼ぶ事にしたそれらも、例外ではない被害者だ。
我々の手下のようになってしまっているのもあり、事あるごとに犯人扱いされた揚句『私がやりましたと言え!』と冤罪まで着せられようとしていた。
今日も同じように冤罪が着せられかけていたのだが――。
ついに冤罪では無くなりそうだ……モンドから物的証拠が出た。
「どうして、モンドが持ってるんだよっ!」
『し、知らねぇっす!? そ、そこに落ちてたんでさっ!?』
「嘘をつくなぁっ! 弟もお前が犯人だと言ってるぞ!」
『兄貴、認めよう……なっ?』
『一緒に見つけたのに、何てめぇだけ罪逃れようとしてんだっ!?』
怒り狂う化け猫の前では、兄弟の絆なぞ脆いものだ――。
森の中で一枚落ちているのを見つけたらしく、『姐さんっ、見つけやしたぜっ!』と嬉々として持って行くと、“犯人が隠しきれず、落ちていたのを見つけた体で”――と、犯人にされていた。
残る全てのありかを吐けと言われても、モンドは知らぬ存ぜぬの一点張り――。
本当に知らなさそうなので、とりあえずその場は釈放したのだが……。
「ま、まぁ、一着戻って来ただけでも良かったじゃないか……」
「うう……他にまだ十以上あるのに……。
よしっ……犯人が証拠隠ぺいするかもしれないから、ボク張り込みしてくるよっ!
あ、ロイルっ、暇だったらこれ洗っておいてっ!」
ピンクのレースのそれを手渡し、ビュン――と音を立てるように、その場から飛び出して行った。
これまでそれに目くじら立てていたと言うのに、今回はいとも簡単にそれを人の手に渡す――他種族の手に渡るのが嫌なのか、自分が手渡す分にはいいのか……。
ファムの感覚は、イマイチよく分からない。




