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モグラとマッピング * 依頼受け付け中 *  作者: Biz
1章 リノリィの迷宮
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1.モグラとの出会い

【 物事全てに始まりと終わりがある。出会いがあれば必ず別れもある。

  私の始まりは都市リノリィにある迷宮だった。そして、終わりもそこになりそうだ。

  そこにはモンスターが住みつく場所、一介の物書きが何故そこに足を踏み入れたのか。

  冒険者に怒られてしまいそうだが、それは完全な興味本位から始まった事だった―― 】



 獣の吐いた息が熱い空気の塊となり、壁を背にした俺の顔を撫でた。

 何日も歯を磨いていないような汚臭に、嫌悪感と恐怖感を覚え、胃の中の物を全てぶちまけてしまいそうだ。


 今日はなんて日だ。

 物書きのネタを求め、モンスター蔓延(はびこ)る迷宮に入ったのがマズかったのか?

 いや、観光で来るような場所でない事は確かだが、この地下一階のモンスターは非常に弱いので、問題は無いはずだ。どこからモンスター共が湧き出て来るのか分からないけれど、余程弱い奴でない限りこんなのに負ける奴はいない。


 確かに俺は練兵場にも通ってなければ、剣の訓練なぞ一切したこともない。

 胸を張って言えることではないが、戦闘に関しては素人だ、弱いのは自分でも自覚している。


 だけど……モンスターに襲われている女の子がいれば、それを助けてやるのが道理ってものだろう?


「一緒に戦おう、って言ってくれるのを期待してたんだけどなぁ……」


 足元の小石を投げつけ、モンスターの気を引いた時――その女の子は忽然と姿を消した。

 少しだけ、その後の展開も期待したものの、現実はそっちじゃない方が俺に気を向けている。敵がそこにしかいなければ当然なのだが、非常に喜ばしくない視線だ。


 迷宮の中は、数メートル先からの光を飲み込む闇が広がっている。

 逃げる際、手に持ったカンテラの灯りに照らし出されたのは、恐らく《ワーバッファロー》だろう。

 一見ミノタウロスだが、それとは似て非なるモノだ。何をどうやって産まれたのか、牛と人間のハーフであり、見た目ほどの力はない。と言うより、牛以下の知能に人並みの筋力、と何か方向性を間違えたモンスターだった。


 だが獰猛な性格なのは変わらない。手に持った大斧で、目に映る"敵"を叩き殺しに来るそれは、目の前にいる男――俺を敵とみなしている。今まさに手にした斧を振りかぶり、俺の頭をかち割らんとしていた。

 武器は無い、ペンしかない。『ペンは剣より強し』と言うが、この状況では剣のが強い。そもそも、あんなもんは、武力で来られたら意味がないのだし。

 この世界には、"魔法"と言う存在は確かにあるようだが、唱えられるのはそれこそエルフだとか大魔導師ぐらいだ。凡人は、魔法書の熟練度を上げて殴った方が強い。


 ああ、叫び声も出なければ喉すら震えない。ここで終わりか――。

 

 強く瞑った目の中の闇の中で、ブンッと風切り音と同時に、何かが砕けた音が響いた。顔に飛散物が付着したのも分かる。何が砕け飛び散ったのかは考えたくもない。

 それが顔や頬をつたって行くのが分かった。俺の、"ローレン・イラウルの冒険"はここで終わったのだろう。巻末まで三ページ、実に分かりやすい。


 しかし、死んだとしても痛みは無いんだな。頭かち割られてんのに考える事もできる。

 耳には、どさりと倒れた音がハッキリと聞こえて……って、あれ?


 うっすらと開いた目に、転がったカンテラのぼんやりとした、(だいだい)の灯りが目に飛び込む。俺は生きている――のか?

 手が震え、橙と黒の境目に何かが倒れているのが見える。カタカタと音を鳴らすカンテラをそれに近づけると、後頭部の一部が深くえぐられた獣の死体、《ワーバッファロー》の(むくろ)がそこに横たわっていた。


 その傍には、尖った爪を持つ足が見える。黒い獣のような足だ。

 何だ、獲物の取り合いに巻き込まれただけ、か。どうせ無駄になるが、せめて何に殺されたのかだけでも知っておこう。気になりながら死ぬよりマシだ。


 大きさは150センチぐらいのずんぐりむっくりで全身黒毛、丸みを帯びた丸太のような太い腕に鋭い爪、前に伸びたネズミのような鼻――まるでモグラだ。


「え……も、もぐ、ら?」


 間違いない、モグラだ……。モグラがベストを着て、二本脚で立っている。

 頭には黄色いヘルメットを被り、手には先ほどの獣の血が付着した、スレッジハンマーらしき物を肩に乗せているモグラだ。

 これは、確か本で読んだことがある。二足歩行で、地下で暮らす種族がいると……。


「も、もももっ、モグラッ!?」

「そうだが?」

「しかも黒毛だとっ!?

 ほ、本物かっ、本物なのかっ!? だ、大発見だっ!!」

「何だ、よそ者か」

「へ……?」

「お坊ちゃんがピクニックしに来る場所じゃない、とっとと帰れ」

「あ、待っ――」


 ぶっきらぼうにそう伝えると、俺の言葉を無視してノッシノッシと闇の中に消えていった。何て冷たい奴だ……。

 だけどこれは大発見だっ、はるか昔に絶滅していたと聞かされていた黒毛のモグラが生きていたのだから!! 急ぎ国に帰り、これを記事にしないとっ!!


 ・

 ・

 ・


「あ、あれっ……えぇっと、ここのはずなのに」


 迷宮に入る前、露天で買った地図の通りに歩いていたはずなのだけど……どうして袋小路の壁なんだ?

 出入り口があるべき場所には何もなく、ただの……いや、記憶にあったのはこんな場所でもないし、何もないのは当然だろう。

 考えてみれば、ここまでの道中もおかしい。地図には道があるのに壁だったりズレていたりしていた。これはつまり、どこかで"道を間違えた"ことになる。



 地図を横に向けても裏返しても何も変わらない。来た道を戻れば更に覚えのない道に出て、地図上では壁のある位置に俺が立っている。

 最初の方は確かに合っていたのだが、よく見ればこの地図は何かおかしい……。途中からの縮尺と言うべきか、道幅は変わっていないはずなのに広さなどがまるで違う。

 まるで、"誰でも行けるような場所までしか知らない"、そんな地図だった。


「ま、まさかこの地図――!?」


 偽物だと気づいた時にはもう、時既に遅し――カンテラの油はまだ十分だが、すぐに帰るつもりだったので、携行食糧なんて物が殆どない。

 幸いにもここはまだ地下一階部分だ、道に迷わないよう、地図でも書いて行きながら歩いていれば、いずれは出入り口に辿りつくだろう。


 迷宮を下り、奥深くまで行けば強力なモンスターが存在しているらしい。この階ではそんな心配もいらないのだが、これは武器あってこそ言えるものである。

 刃渡りの短いフィールドナイフぐらいは所持しているものの、何の訓練も受けていない奴では、致命傷どころか傷を負わせるのすら難しいだろう。


「武器となるもの……武器となるもの……お、あれ拝借させてもらおう」


 視線の先にあった、白骨死体の傍に剣が転がっていた。

 壁にもたれかかっているそれを見ても、もはや何とも思わず、逆にそれを冷静に観察できる自分が怖くなってくる。これが迷宮に潜む"瘴気"、と言うやつなのだろうか?

 もし、これが地上であれば吐き気どころか、ぶちまけてから吐き気がやって来るに違いない。


 死んでしまっては身分もクソもないが、身なりからして、そこそこ良い家の人間であったのが分かる。

 こう言った知識はあまりないが、落ちている剣はなかなかのようだ……。迷宮とは、こんな良い剣を持つ者ですら死体になる場所なのか?


「――」


 見通しが少し甘かったかもしれない……背筋を走るものに、ブルっと身を震わせてしまった。


 装飾品がもぎ取られたジャケットの中に、手帳があった。

 パラパラっと見た所、いわゆる馬鹿貴族の息子であったようだ――意気揚々と、明らかに迷宮に入る事をナメているような記述から始まっていた。

 そこには『デタラメな地図を売った奴の首をハネ落としてやる』との怒り、このフロアにある罠の落とし穴に落ち、地下二階を徘徊するハメになった事への恨みも書いている。


 そして、そこで負った怪我による出血・重い脚・空腹感……いつまで経っても家の救助隊が来ない事への不安と懐疑の記述が綴られ、軽い気持ちでやって来た事への後悔の一文に、最後は『死にたくない』との文章で終わっていた。

 恐らくは、地下二階にて深手を負ったのが原因で死亡だろう……何人か通った冒険者に助けを請わなかったのを深く悔いていたようだ。


 そこまでプライドが大事だったかとも思われるが、彼が助けを請えなかった理由は分からないでもない。

 迷宮にいるのは、何もモンスターだけではない。追い剥ぎや殺人者などの恰好の隠れ場所でもあり、ここでは人間もモンスターと変わらないのだ。


 その時、先ほどのモグラが発した『お坊ちゃん――』と言った言葉を思い出す。

 もし助けられていなければ俺も同じ姿、道行く者に鼻で笑われていたであろうと思うと、全身から血の気が引いていく気がした。


「え、えぇっと……よし、こっちに向かってみるか」


 どうにかしてここから抜け出さなければならない――。

 闇の中をただやみくもに歩く恐怖を、身を持って知った。迷った事に気づく前と後では明らかに進むスピードが違っている。


 一本道をゆっくり進んで行くと、シンとした闇の中から音が――ザッザッと何か地面を踏みしめ近づいて来る音がこちらに向かってきているようだ。

 足を止めれば、向こうの足音も消える。貴族の剣をそっと抜き、及び腰でゆっくり進んで行くが……感覚をいくら研ぎ澄ましてもそれの気配が分からない。

 剣が重くて震えているのか? いや恐らく違うだろう。もしモンスターなら考えも無く真正面から突っ込んでくるは――


「う、うわっ!?」


 慎重に進んでいたはずの足が何かに引っ掛かり、鞄の中の荷物をガチャガチャ鳴らしながら盛大にすっ転んでしまった……。

 一体何に足を――? そう思って振り返ると、字の通り目の前を何かがブンッと風が顔を掠めて行った。


「鈍くさいお坊ちゃんだ」

「なっ!? さっさっきの……モグラ?」


 先ほどのモグラが目の目に立っていた。その足の爪に脚を引っ掛けられたと気づいたのは、もう少ししてからだった――。


「ちょっと気になった事があるんでな。

 お前さんの持ってた地図だが、商店で買わず露天で買ったやつか?」

「あ、あぁ、まったくのデタラメで道に迷ってしまった」

「ふむ。世間知らずはあれを良く買ってしまうんだよ。

 ちゃんとした"迷宮"と"地図"を知っていればあんなもの一目瞭然なのだが」


 モグラはそう言って、一枚の地図を見せて――な、何だこの地図!? 罠の場所から構造、目印までキッチリ書かれている。

 これさえあれば出入り口まではすぐに……と考えていると、モグラはさっとその地図を取り上げくるくると丸め、背負っているリュックの中に収めていた。

 な、何だよっ! コイツは自慢がしたかっただけなのか!?


「観光気分でやって来たお馬鹿さんに正しい地図を渡し、家に帰させる事もしているが、

 ちょっとばかし、お坊ちゃんに手伝って貰いたい事があるんだ。欲しければ手伝え」

「な、何をっ……?」

「ふむ。やりたくなきゃ別に構わんが」

「うっ……」


 迷宮の中をうろつく者の言葉に、耳を貸すなと聞いた事がある。

 だが、背に腹は代えられない俺には、その言葉に首を縦に振る他なかった――。

ファンタジー系を書くのは初めてなので、色々拙い部分があるかもしれませんが何卒よろしくお願いします。

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