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You-Ai-loid ~Country of crap us

がらくたたちのくに番外編 〜もしも彼女が……

作者: 雪野つぐみ

 もしもあの時ああしていれば……なんて、思うことあるわよね。別に隠すことじゃないわ。後悔なんて当たり前にあるものですもの。

 これは、ひとつの運命の改変。あり得た可能性の、ほんのひとかけら。

 “正しくないお話”の、はじまりはじまり。


 目を覚ましたのは、豪華な部屋。高そうなソファーに腰掛けた状態。

 立ち上がって、周囲を見回す。机と椅子、座っていたソファー、ドレッサー、ワードローブ、ベッド。

 ドレッサーの鏡を見てみる。亜麻色のロングヘアにリボンを着けて、フリル付きのワンピースを着た少女。これがわたしの姿なのね……やっぱり、可愛い。

 ワードローブを開けると、少し少女趣味な衣装が何着か入っていた。

 「やあ、エリーゼ。お目覚めかね?」

後ろから声をかけられた。ばっと振り向く。

 声の主は、わたしの“外見年齢”と変わらない―17、8ぐらいの青年だった。

 「あなたが、わたしの“買い主”ですか?」

「“買い主”よりかは“御主人”のほうが表現として適切だろうね。買ったのは僕の両親だ。僕の付き人役を君にさせるつもりらしい」

 付き人……お金持ちの家の子息に付き、護衛から従僕まで何でもする人。

 その役をわたし―You-Ai-loidにさせるなんて……愛玩犬に番犬をさせるようなものだ。

 「わかりました。“御主人様(マスター)”」

「いやいや、そう固くなくていい。名前……あ、僕の名前は蒼也っていうんだけど、そう呼んでほしい」

「わかりました、蒼也様」

「“様”もいらない」

「……」

「見た目は僕と同い年ぐらいだし、女の子に様付けされるのは……なんか、あれだし」

「わかりました、蒼也。ただし、それはあなただけが共にいるときだけですよ」

 わたしを付き人役にした彼の両親が知ったらどうなるか……

 「……わかった」

 どうやら納得してくれたみたい。


 蒼也に、いろんなことを教えてもらった。この部屋はわたし専用の部屋ということ。三つあるドアの一つは蒼也の部屋に繋がっていて、何かあったらすぐに駆けつけること。わたしがしなきゃいけない付き人の仕事のこと。

 例えば、パーティーがある日には、ずっと壁際で控えてなきゃいけない。何かあった時に対処するため。

 You-Ai-loidは皆、“自身の身を守る最低限”以外の目的で“人に危害を加える”ことができないように刷り込まれてる。だから何かできるって訳でもないんだけど……

 今日一日様子をみて、明日から仕事。


 付き人役を始めて三日が立った。

 思ったよりも仕事は少ない。朝、蒼也を起こして学校に送り出したあとに脱いだ服を洗濯に出すのと部屋の掃除。昼はすることなく自分の部屋で仕事の勉強。夕方に蒼也が帰ってきたら話相手になって、夕飯の後はお風呂の間に乾いた洗濯物をしまう。これだけ。

 洗濯や料理、外出の送迎は別に専門の人がいて、彼らがする。

 一体ここはどんな金持ちなのよ……感覚麻痺しそう。

 今日も社交関係の資料を読みながら午後を過ごしていた。

 「エリーゼ、お手紙です」

使用人仲間のサラが手紙を持ってきた。

「ありがとう、サラさん。……誰からかしら?」

サラから手紙を受け取り、差出人の名前を探す。表に「果たし状」と書いてあるだけで差出人の名前はない。

「多分アンジーじゃないかな……前、蒼也様に恋心を抱いたとかそんな感じの理由で付き人から洗濯係にされたもん」

 中には、「明日の午前11時、洗濯場で待ってます」とだけ。誰が書いたのか、書いてない。

 行く必要ないよ、とサラは言うけど、気になるし行ってみることにした。


 翌日午前11時。洗濯場。

 午前の仕事を早めに終わらせて、言われた通りに洗濯場にやってきた。

 「あなたがエリーゼ?」

後ろから声をかけられた。振り向くと、わたしとそう変わらない年頃の少女がいた。

「わたしがエリーゼよ」

「“果たし状”読んだのね。ならわかるかしら?」

彼女が差出人だろうか。

「あなたのせいで、あたしはこんな洗濯女にされたのよ!主人を想って何が悪いの!?しかも後釜に機械なんて、護る力さえない奴つけて!」

 いきなりキレられた。

「ちょっと待って、わたしだって望んで付き人になったわけじゃ……」

「そりゃそうよ、機械に意志なんてないわ!所詮プログラムよ」

 ちょっと……ムッてきた。

 「あんたなんか壊してあげるわ!」

そう言いながら彼女はグーで殴りかかってきた。避けながら、反撃しても大丈夫か……自分の危機か考える。

 何回も拳が飛んでくる。これは……動けなくしないと危ないかな。そう判断した。

 「このっ!」

飛んでくる拳をかわし、腕をつかんで投げる。彼女はそのまま地面に叩きつけられておとなしくなる。

 ……いや、気絶してるなこれ。

 時計を見る。もうそろそろ午後の洗濯が始まる時間だ。

 部屋に戻ろう。彼女は見つけた誰かが手当てしてくれるだろう。


 それから数日後。

 屋敷に蒼也の婚約者……樹理様がいらっしゃった。

 「これが蒼也のYou-Ai-loid?ずいぶんかわいらしい見た目ね」

 蒼也はわたしと樹理様を客人用の応接間に呼んで紹介しようとしていた。

「大丈夫、エリーゼは“付き人”だから、君に嫉妬はしない。それに君は僕の婚約者であり恋人だろう?」

 少し、胸が痛む。樹理様が蒼也に話しかけるのを聞いてると、いらいらする。

 そんな気持ちは表に出さないけど。

 「エリーゼ、僕の婚約者の龍山樹理だ。挨拶を」

「はじめまして、龍山様。蒼也様の付き人役をつとめるエリーゼです」

 樹理様は、心底どうでもよさそうに答えた。

「はじめまして、エリーゼ。よろしく」

 もちろんわたしは、笑顔を貼りつけて「よろしくお願いいたします」と返事した。

 「蒼也、夕食には少し早いけど出かけましょ?素敵なレストランを予約したの」

「そうだね……じゃあエリーゼ、行ってくる。夕食はいらないと言っておいてくれ」

「わかりました。いってらっしゃいませ」

 どうやら樹理様はわたしを敵視してるらしい。蒼也に向ける目とわたしに向ける目が全然違う。

 そのままふたりは部屋を出ていった。


 それから一月。少々、困ったことになっていた。

 樹理様が屋敷に入り浸るようになってしまったのだ。

 困っているのはわたしだけじゃない。屋敷の使用人皆。

 樹理様はものすごく我が儘で、何かあるとすぐに「奥様に言うわよ!」と言うのだ。奥様は使用人の総まとめもしていらっしゃる。本当に言い付けられたらたまったもんじゃない。

 さらに、樹理様は女性の使用人が蒼也に近づいただけで怒ってしまう。付き人役のわたしはここ数日樹理様がいるせいで部屋から出られてない。

 暇で仕方ない。仕事もできない。こんな拷問みたいなことがあるだろうか。

 今日も何もできず、ぼうっとしていた。とても長い昼が終わると、また長い夜。

 時計を見る。午後七時。早いけど寝ようかな……システムを空白にして、充電の消費を押さえる。パソコンでいうスリープモード。

 解除を明日の六時に設定して、眠りについた。


 何故か目が覚めた。時間はまだ五時半。

「エリーゼ、起きた?」

「……蒼也」

蒼也がベッドの横に座っていた。起こされたようだ。

 「おはようございます……何の用ですか」

「いや、最近姿を見てないから、どうしてるのかなって……」

 これは事情を話していいのか悪いのか……

 わたしだって、なぜ蒼也が樹理様と婚約しなければいけないかぐらいわかってる。旦那様の事業に、樹理様の実家からの資金援助が必要なのだ。要は政略結婚。

 悩んだ末に、本当のことを話した。

 「……そうか、やっぱり樹理か……」

「樹理様、すぐに『奥様に言うわよ』って言うから……他の人も困ってるみたい」

「……エリーゼ、聞いて欲しい。

 僕は正直、彼女と結婚したくない。だが、断るわけにもいかない」

 それはわかる。断ったら旦那様が困ってしまうのだから。

「だから……解消以外の解決法を、使おうと思う」

 そう言ったあと、一呼吸置いて蒼也は言った。

「明日、樹理と森林浴に行く約束をしている。その時に、事故を装えば……」

 だいたいは理解できた。でも……

「わたしはそれに関わることはできません」

「……わかってるよ。何も君に手を下せというわけじゃない」

「理解してるなら、いいんです」

「エリーゼ……ごめんな」


 「蒼也、ここにいたのね」

 突然の樹理様の声。廊下からの扉にもたれるように樹理様が立っていた。

 彼女はわたしたちに近づいてくる。

「蒼也……そんな機械のどこがいいの?プログラム通りにしか動けない心のない機械の」

 わたしの心は作り物。でもプログラムに心は存在してはいけないの?

 それとも、わたしには心はないの?

「わたしのほうが、心のこもった対応ができるわ!なのになんで!」

「……君はYou-Ai-loidの本質をわかっていない。彼女たちは最低限の安全装置のついた、意志持つ“人”だ」

「機械に意志なんてない!意志があるように見えるだけだわ!」

 樹理様は叫びながら、わたしの首に手をかけた。

 首に手をかけられるのは苦しくないけど“危険”。You-Ai-loidはバッテリーパックが首についているから。

「よせ、やめろ樹理!」

 首を絞める手に力がこもってるのがわかる。握り潰す気なのだろうか。手を剥がそうとしてもうまくいかない。

 蒼也はわたしから樹理様を引き剥がそうと必死になってくれてる。

「蒼也、邪魔しないで!このっ、がらくた!壊れろ!」

 蒼也が突き飛ばされて倒れこんだ。

 わたしの首で、めき……と何かが軋む。

 「バッテリーパックはここね!さあエリーゼ、最後に言うことはあるかしら?」

「やめろ樹理!エリーゼ、僕が許す。樹理に危害が及んでも構わない。振り払え!」

 蒼也が言った。でももう振り払うのは無理だろう。

 最後に言うことなんて……ひとつだけ。

「蒼也……さようなら」

 そのひとことが届いたか、確かめる間もなく。

 途切れた。


 翌々朝、小さな一軒家。

「ユウ、新聞取ってきたよ!」

「アイ、ありがとう」

二人の少女がいた。

 ユウと呼ばれた少女は、受け取った新聞を広げる。

「“You-Ai-loid破壊事件”……」

 ユウが見ていたのは、西條氏のYou-Ai-loid“エリーゼ”が首をもがれ、破壊されていたというニュース。

「酷いことする人もいたもんだね……」

「そうね……アイも狙われるかも」

「ええーっ、やだよー!」

「冗談よ」

 むうー、と頬を膨らませるアイ。アイもYou-Ai-loidの一体だ。

 「ずっと一緒だもの。そんなことさせないわ」

 二人は顔を合わせてくすくす笑う。朝が過ぎていく。


 暗い世界の底。

 廃棄処分場で、何人かの“不良品”が過ごしていた。

 「メイ!“あっちむいてほい”しよー!」

「いいよ、ハナ。じゃーんけーん……」

 無限に等しき時間が、過ぎ去っていく。


 これは、ひとつの運命の改変。無数の分岐の、ひとつの可能性のものがたり。

 “正しくないお話”は、これにておしまい。


どうも、雪野つぐみです。

今回はYou-Ai-loidシリーズの「がらくたたちのくに」の「もしもエリーゼが来ない世界があったなら」を書かせていただきました。

何気に文明衛星のユウとアイも出てます(ユウは直接出るのは初めてですね)。


この小説を読んでくださった皆様、「You-Ai-loid」シリーズの読者様、今回も企画を一緒に進めてくれた相棒文房郡様に、感謝を。

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