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鬼の里  作者: 野村 ヨシ
7/8

青鬼の海司(7)

 翌日、とんでもないことが海司かいしの身に起きた。

 なんとか諦めようとしていた牡丹から、逢瀬の申し出があったのだ。


 女鬼から逢瀬の申し出があった場合、男鬼は花里の女鬼の下へ赴き、約束を取り付ける。

 普段、花里内部まで入り込むことがない若い男鬼にとって、初めての経験である。

 逢瀬の約束の取り付け、そして送り迎え・・・これらは、半分以上が生涯未婚である男鬼にとって、憧れの行為だ。


 このまま平穏無事に逢瀬を数度重ね、求婚し、女鬼がそれを受け入れれば婚約成立だ。

 後は、愛しい女鬼がいる甘い生活が待っている。


 海司は逢瀬場所はどこがよいのか、今までの経験を総動員させて検討した。

 牡丹が楽しく笑ってくれる場所、それでいて彼女の体調を崩させない近場、さらに男鬼の目に極力触れない場所・・・

 最後の条件が難しかった。

 何せ花里は普段牡丹が生活しているのだから、逢瀬の場所は男鬼の集落の中と相場が決まっている。

 しかし、隅から隅までくまなく集落を思い出しても、男鬼がいないところなんてないだろう。

 野生の花が群生している丘ならあるが、今は冬だ・・・


「俺の家の裏山にあるたぬきの巣!!」


 海司かいしの家の裏山には最近越して来たらしい子たぬきの巣がある。

 女鬼は菓子・小間物・花・かわいらしい動物が好きだと|(真紅しんく)に)聞いた。


 真紅しんくの言葉を鵜呑みにするのも少し癪だが、あれも妻帯者だから。

 自分なりに考えてどこかへ連れ出して、嫌われてしまったら凹んだまま立ち直れそうにない。


 今回の逢瀬は青の集落へ連れて来て、自宅をそれとなく紹介し|(嫁入り後の快適な生活を想像できるように。結鬼ではしくじったので挽回したい)、そのまま裏山に行く・・・これだ!


 そうと決まると、善は急げ。

 海司かいしは着流しに袴を身に着け、花里へ向かった。




 花里には、普段着の牡丹がいた。

 木綿の着物の牡丹も、これまた素朴で愛らしい。


海司かいし様、この度は、私のために集落よりご足労いただきなんとお礼を申し上げたらよいか」

「足労なんてとんでもない。私は、牡丹殿から逢瀬の申し出をしてくれて本当に嬉しい」

「いえ、海司かいし様のような方、なんだか申し訳なくて」


 なんてつつましくて可愛らしいんだ!!


 海司かいしは牡丹を見つめたが、牡丹はふいっと目を逸らしてやや俯き加減になってしまった。


「牡丹殿?どうなされましたか?どこか身体の具合でも悪いのですか」

「いえ。なんともございません」


 これはもしや牡丹を訪ねる時刻か遅かったのであろうか。

 まだ日も傾いておらず、門限の鐘もなっていないから常識的な時間だと思っていたのに!

 それとも、遅すぎたのであろうか。逢瀬の申し出を受け取ったのは、まだ日も昇らない早朝だ。

 早朝からこの昼過ぎまで一体何をしていたのかと、思われているのであろうか。


 海司かいしは、男鬼の矜持として女心がわからないやつだと悟られないよう、必死に冷静な顔をした。ここはあせった様子を見せずに、難なくやり過ごすんだ。


 「ならば私の思い過ごしだな。では本題の逢瀬だが、逢瀬は、三日後いかがだろうか」

 「その日ならば、手習いもお休みなので是非、そのお日取りで」

 「わかった。それでは巳の刻、こちらに迎えに参る」

 「海司かいし様、わざわざお越しいただかなくても、花里の門まで私が参ります」

 「いや、万が一にでも何かあっては困るから、こちらまで迎えに行くよ」

 里の門まで牡丹が一人で来るなんてとんでもない。里の中でさえ、巡回の男鬼に姿を見せたくないのに。ましてや門なんて若い鬼が見張りについているじゃないか。

 

 半ば強引に家まで迎えに来ること、自分が来るまでおとなしく家で待っていることを言い聞かせて約束を取り付けた。


 「それではまた」

 「はい。何から何まで申し訳ございません」

 海司かいしは立ち上がって帰ろうとしたところ、牡丹が家の前まで見送ると言うので全力で止めておいた。何度でも言おう「巡回の男鬼に姿を見せたくない」と。


 かいしは一人満足し、にやける顔を他人に見られないように下を見ながら帰った。

 


 



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