青鬼の海司(6)
海司は興奮で眠れなかった。
今日の結鬼の牡丹と言う女鬼が忘れられない。
部屋に入ってきて一目姿を見た瞬間、彼女しか見えなくなった。
清らかな声は、男鬼だけだったこの部屋の清涼剤となり、焦げ茶の髪は柔らかそうで、女鬼の生気をたっぷりと含んでいた。
生えたばかりの角の先は丸く、庇護欲をそそる。
海司は、牡丹の角をまわりの男鬼に見せるのが嫌だった。
自分の縄張りに建つ自宅に迎え、誰にも角を見せないように隠したい。
縄張りの中ならば、他の鬼が入ってきたときはすぐにわかるし、安心だ。
嫁に行った女鬼は、夫にしか角を見せないのが身だしなみとされている。
女鬼の角は、祝言を挙げて初夜を過ごして以降、自分の意思で出し入れできるようになる。
男鬼と同じく興奮状態になると出現するので、男鬼は自分の伴侶の角を決して他の鬼には見せない。
海司は、まだ伴侶が決まっていない牡丹の角が剥き出しであること、その角が今他の男鬼に晒されていることに酷い嫉妬を覚えた。
海司は、他の鬼が牡丹に話しかけないよう、ずっと殺気を飛ばしていた。
あまりに集中しすぎて、牡丹にあまり自分のことを語れなかった。
気になる鬼はいるのか?
俺は視界に入っているか?
角は四本あるが、よく見てくれないか?
明日にでも嫁に来てくれないか?
牡丹に言いたい・聞きたいことはどれも直接的過ぎて、できない。
どうしたものかと思案していると、ふと牡丹と目が合った。
慌てて微笑みかけたが、どうも牡丹の反応はイマイチだった気がする。
縄張りの広さは里でも上位を争うくらいだから、家に閉じこもり切りではなく、伸び伸びと過ごせること。
女鬼が生活出来るよう、大体の物は揃えてあるので、すぐにでも不自由なく生活ができること。
たくさん伝えたいことがあったのに、何も伝えられなかった。
海司は、鬼への情も厚く、決して冷たい鬼ではない。
だが、自分の青鬼としての容姿、さらに顔立ちまでもが、相手に冷たい印象を与えていることは知っていた。
なんとかして、いい印象を与えたかったが、今日のあの態度では無理だろう。
見た目通りの冷たそうな奴だと思われただろう。
そしてあれよあれよと言ううちに、結鬼は終わり、海司は絶望しながら自宅に帰ってきたのであった。
こんなことは初めてだ。
今も瞼を閉じれば、牡丹の姿が思い出される。
これが、恋…
段々と隠の形が崩れてきてしまっている。
意識を集中させるも、牡丹のことが頭から離れず考えられない。
それどころか、体中の細胞の全てが沸騰して、どうにかなってしまいそうだ。
海司は完全に鬼の姿に戻ってしまった。
この姿は、生気をだだ流しにする上に、興奮状態となり気性が荒くなる。
そのため、成鬼となった際には本能を抑えて隠の形が崩れないよう、厳しい修行を行う。
「興奮して変化出来ない場合は、女鬼がその姿を見て怖がられて嫌われる様子を思い浮かべる…」
牡丹が、怖がっている様子を思い浮かべる。
女鬼と言われて、即座に牡丹を思い浮かべる時点でかなり重傷なのだが、本人には自覚はない。
牡丹が自分を嫌う姿を思い浮かべると、海司は頭を鈍器で殴られたような衝撃と、心の底からの後悔をした。
ようやく普段の姿になった海司は、のろのろと立ち上がり、いつもの煎餅布団を敷いた。
囲炉裏の火を始末して布団に入った。
この布団も、牡丹の身体を痛めてしまう可能性があるから、買い換えるか…と、まだ逢瀬のお誘いもない女鬼を、我が家へ迎える妄想をしながら眠りに落ちた。