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鬼の里  作者: 野村 ヨシ
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青鬼の海司(5)

結鬼(むすびおに)は、花里にある里長の屋敷を使って行われる。

長が代々住むこの屋敷は、嫁入りが決まった女鬼の宴など、様々な催しに使えるように作られている。


牡丹は今、緋色に薄い桃色のぼたんの花が描かれた華やかな着物を来て、長の屋敷の控えの間で時を待っている。

外は雪が深々と降っていて、火鉢にあたっても指先が(かじか)んでいる。


少し離れた結鬼(むすびおに)に使われる部屋では、男鬼が女鬼の登場を待っていると言う。


「牡丹。あら緊張してるね。でも大丈夫!男鬼本来の姿は少し怖いかもしれないけど、あいつらは、花里で習った通り女鬼のことを優しく大事にしてくれるよ!」

付き添いの女鬼が、ポンと牡丹の背を叩いた。


「でも、私は皆さんのお目に適うような器量じゃないし」

牡丹は、緩く波打つ髪を指先でクルっと弄った。


「あんたは十分美人さんだよ。今日の結鬼(むすびおに)に来た男鬼ども、全員イチコロさ」


牡丹がもう一度手鏡で化粧を確認しようとしたその時、障子の奥から声がした。


「牡丹ちゃん、支度が終わったら行きましょう。松の間で皆さんお待ちかねよ」


いよいよだ。


牡丹は、「わかりました、もう行けます」と応え立ち上がった。

案内役の女鬼の後について行くと、大きな松が描かれた襖の前で止まった。



「じゃあね牡丹ちゃん。素敵な方を見つけるのよ。殿方の皆様、大変お待たせ致しました。本日の主賓牡丹でございます」

襖の向こう側、ざわつきはぴたりと止んだ。

案内役の女鬼がゆっくりと襖を開ける。

牡丹は、襖が開くと座礼の姿からゆっくりと上体を起こした。


そこには下座に胡座をかく男鬼の後ろ姿が五つ。


「牡丹でございます」


緊張で胸が苦しい。

なんとか声を絞り出し立ち上がり、用意されている奥の席に座った。




結鬼(むすびおに)は、男鬼の挨拶と自己紹介から始まった。


牡丹は、彼等からいくつも質問を受け、精一杯答えたが、今となっては何を答えたのか緊張であまりよく覚えていない。


男鬼は習った通り、皆色取り取りの髪と目の色をし、頭には角が生えていた。


花里で普段見かける男鬼とのあまりの違いに、牡丹は少し怖くなった。


男鬼はそれをすぐに察した。


「牡丹殿、怖がらせてすまぬ。我等はこの姿が本当の姿だが、この姿が怖ければ(おぬ)の形になっても構わぬ。牡丹殿にそのような表情(かお)をさせてしまった我等は誠に不甲斐ない」

男鬼は一同に頭を下げた。

本当に申し訳なさそうにしている男鬼を見て、牡丹はもう怖さを感じなくなった。


話に聞いていた通り、男鬼たちは牡丹に至極大切に丁寧に接した。

牡丹はまるでこの世で一番高貴な姫様になったかのような気分を味わった。


先程まで悴んでいた指も、男鬼がくれた革手袋をしていて温かい。



彼等は、自分が牡丹を守る力が十分にあること、仕事がどのような様子であるのか、迎え入れる家はどのように整えてあるのかを熱心に語った。



その中に一人、牡丹に自分のことを語りはするものの、どこか投げやりな男鬼がいた。

ちらりと牡丹と目が合えばニコリとするし、態度は丁寧なものではあるが、深い海のような色の瞳は、牡丹は映っていないようだった。


海司(かいし)様…」

結鬼(むすびおに)が終わり、控えの間に戻った牡丹は、美麗と言える顔立ちのどこか投げやりだった男鬼の名を呟いた。


彼には角が四本もあった。


牡丹は、男鬼の角の数は女鬼の二本とは異なり、強さによって本数が違うことは学んでいたし、三本角の鬼を絵姿で見たことはあったが、四本角は初めて見たのであった。


大体の男鬼が一本か二本の角なのだから、彼は相当に強いのだろう。


海司(かいし)の姿を思い出すと、牡丹は顔が火照ってきた。

彼の髪と瞳の色、立派な角、、姿が忘れられない。

自分の姿が、彼にどう映っていたかが気になって仕方がない。


髪は乱れたように見えなかっただろうか。


角のは小さくて、象牙色だ。

みっともないと思われなかっただろうか。

それとも、私には興味なんてないのではないか。




「まさか、私のみたいな鬼が」

彼のような強い鬼には、もっといい女鬼がいるはずだ。

でも、他の男鬼なんてもう見えない。

彼しか考えられない。

牡丹は、壊れてしまいそうな程ばくばくと音を立てる胸に手をやった。



鬼の恋は一生に一度と言われる。

この胸の高鳴りが、恋なんだろう。

私の相手は、海司(かいし)様なのかもしれない。



牡丹は、部屋の隅に置かれている木箱から封書を取り出し、したためた。


『青鬼の海司(かいし)様に逢瀬のお取次をお願い申し上げます』


また、あの瞳に会いたい。







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