青鬼の海司(4)
じめじめと長いこと続いた残暑も過ぎ、からりと晴れたある秋の日に、桔梗は嫁に行った。
当日の朝、白無垢に身を包んだ桔梗がそこにいた。
「牡丹。今まで本当にありがとう。今日、私がお嫁に行ったら、会える機会が減っちゃうけど、ずっと仲良くしてね」
「桔梗、もちろんじゃない。花里に来てくれるのを楽しみに待ってるわ。旦那様と仲良くね。お化粧が落ちてしまうわ。そんなに泣いてはだめよ?」
牡丹は、両手で桔梗の両手を包み込み見つめた。
「牡丹に叱られてしまうなんてね。牡丹も早くいい方を見つけてね」
牡丹を見つめ返し笑った桔梗は、今までで一番の笑顔だった。
嫁入り行列がゆっくりと花里を出て行く。
行列が小さくくなり見えなくなるまで、牡丹は涙を堪えて見送った。
それから季節が過ぎ、里の山々の葉もひらりひらり舞う時期になった。
男鬼の集落にも時折焚き火が昇り、本格的な冬はもうすぐそこだ。
落ち葉を箒で集めていた牡丹は、ふと、こめかみより上二カ所が妙に疼いた。
何かが皮膚を突き破って出てくるような、そんな感覚がしたが、弱い刺激ですぐに疼きは治まったので、気のせいだったのかもしれないと忘れていた。
だが数日後、同じ箇所が今度はズキズキと痛みだしたのだ。
これは間違いない。角が生えてくるんだ。
発情期を確信した牡丹は、手に持っていた針道具を投げ出し、花里の里長の元へと走り出した。
おっとりした性格の牡丹が必死な顔で里長の元へと走る姿を見て、花里を巡回していた男鬼が何事かと非常に心配をして、持ち場を離れて牡丹を追いかけたらしい。
里長に角が生えてきそうなことを報告すると、長は自分のことのように喜び、お祝いの言葉をくれた。
そして、角が生え揃ったら、数日のうちに結鬼の席を設けることを約束した。
牡丹はズキズキと痛む頭痛も、大人の女鬼となれた証として、とても嬉しかった。
牡丹の角が生え揃ったのはそれから10日が過ぎた頃であった。
左右の角が同じ長さとなり、痛みが引き何日か経ったある日、牡丹の結鬼の日取りの知らせが来た。
牡丹は、知らせを年配の男鬼から受け取ると、ぎこちない笑顔でお礼をいい、すぐさま自室に篭った。
里長の字ででかでかと「結鬼」と、書かれた封を切り、恐る恐る中身を広げる。
日取りは師走の半月の日、気になる男鬼の参加者は…ひい、ふう、みい…
全部で五人ほどらしい。
白鬼の誰々と、集落名と名前が添えられている。
結鬼に参加する男鬼の資格は未婚であることだけだ。
実際には、相手の女鬼の年齢に合う若い鬼が優先で、どの集落からも参加機会を平等に与えるため、基本は各集落につき一名だ。
各々候補を出し、候補の男鬼の能力の高さを優先に参加者が5〜10名程度選ばれる。
逢瀬の申込みは女鬼の希望が優先されるため、一度目の席でどうしても気に入る相手がいない場合は、もう一度だけ結鬼を行う。
だがここ千年以上も前例がないので、まずないと言ってもいいだろう。
牡丹は、知らせに書かれた男鬼の名前を一つずつ追うも、知っている名前はなかった。
それもそのはずで、花里の里の中の見守りは、力の強い年嵩の鬼がほとんどで、若い鬼は外部見張りにつく。
参加の男鬼の名を一人も知らないことを不安にも思ったが、桔梗のような気になる相手もいないのだ。
どっちでも同じであろうという考えに至ると、知らせを大切に畳んだ。
結鬼に来て行く晴れ着はどれにしようか。
牡丹は、大切な日なので先輩の女鬼に相談をして決めようと立ち上がった。