青鬼の海司(2)
海司の家は、青の集落中心にある実家から離れたところにある。
鬼の往来はあまりなく、目の前を流れる清らかな小川もあいまって、海司はこの家が気に入っていた。
ただ、嫁取りを前提に考えた家なので、独り身の海司には、広くて少し寒々しいこともあるが。
飯炊きをしてくれる嫁も、もう見つからないかもしれない。せっかく用意した姿見も、埃を被って部屋の隅に出しっぱなしだ。
だが、女鬼を守る責任も重くなく、自由きままな今の暮らしも、そこそこ充実していると思い始めている。
「昨日の味噌汁でも温めて、イワナでも焼いて食うか」
飯は、二日前に親父からもらった玄米が櫃の中にまだあったはずだ。
ついでに飲みかけの酒も空けてしまおう。
海司は、囲炉裏端に座り込み、ゆっくりと鍋の中で煮立っている味噌汁をかき混ぜた。
腹も満たされ、ホロ酔い気分になった海司は、あぐらをかいたままぐっと背伸びをした。
それから目を閉じて力を込めると、真っ黒な髪は根元から空のような青色に変わり、その頭にはニョキニョキと角が生えてきた。
目を開けたら、瞳は髪の毛よりも少し濃い青になった。
男鬼の本来の姿は、それぞれの集落の髪の色と、それと同じ色の瞳、そして曲って生える太い角を持った姿だ。
この姿は、保っているだけて生気を使うので疲れるし、人間のいる里に下り、
仕事をする鬼に都合が悪い。
普段は隠の形と言う、人間と同じ角のない黒髪で過ごし、闘いのときと角の手入れ、あとは求愛と結鬼ときだけ本来の姿に戻る。
最も、極度に興奮すると隠の形が崩れてしまうので、男鬼だけで猥談をした際に、朝まで話し込み、生気を使い果たして泡を吹いて倒れた若鬼…なんて笑い話もある。
角は伸びるものなので、時々こうやって本来の姿に戻り、角を削るのだ。
「海司!またお前は駄目だったのか!」
木戸を叩きもせずに、思いっきり戸を引いたのは、海司の父親、蒼太だった。
彼はズンズンと歩いて、草鞋を脱がずにどすっとタタキに腰を降ろした。
「あの子は真紅に夢中で、俺は蚊帳の外だったよ。元々無理だったんだ」
手にしていた研ぎ石をコトリと傍に置き、海司は、投げやりに言葉を返した。
「お前のやる気が足りないからだろ!そんなんだから、いつまでたっても嫁が来ないんだ!!いつも言ってるだろう、女鬼の視界に少しでも長く映るようにとか、、まあいい。
そんなお前に、結鬼の席を申し込んでおいた!今度こそ、逢瀬の約束を取り付けろよ」
「努力はするさ」
蒼太を見つめ返した海司は、もう黒髪に戻っている。
あまり期待はしないでほしいがな。
と、海司は、心の中で一言付け加え、息子の嫁取りに燃える父親を見た。