青鬼の海司
山の奥深く、人間が立ち入らないよう、目隠しの結界を張った中にそれはあった。
門構えもどっしりとした、日本家屋の一部屋に女が一人、男は六人。
夏至はとうに過ぎ、近頃は虫の音も聴こえるようになったが、まだまだ残暑は厳しい。
薄暗い部屋の奥、百目蝋燭がゆらゆらと燃え、少し気の強そうな女の顔を照らし出していた。
女の真っ直ぐな黒髪は腰まであり、手入れが行き届いて艶を放っている。
紫を基調として、大輪の花が所狭しと描かれている友禅が、女の顔立ちとしっくりきていた。
男どもは、あの手この手で女の気を引こうとしている。男も女も頭には角があり、それが人ではない何かであることは確実だ。
女の気持ちは青い髪を持つ男の隣に座っている、赤い髪の明るい男に決まったらしい。
頬を染めてお互いを見つめる男女を、青い髪の男が傍観していた。
女のことを、美しいなとは思えども相手は自分に気はない。
こっそり小さなため息をつき、今日のために固い麻布で研いた角に触れた。
瞼を閉じれば、頭の怒りの表情が目に浮かぶーー
里の外では、人間どもが幕府をひっくり返し新しい政所を創ったと聞く。
鎖国と言ったか、諸外国との交流を絶った政策から一転、開国をし、この国を他国文明を取り入れて富国強兵を狙っているらしい。
どうりで最近、里に来る行商人の品が舶来製品が増えたと思った。
青鬼の海司は、目の前で汗を拭うたぬきの行商人の奇妙な出で立ちを見て、そんなことを考えていた。
彼は、美麗と評されるであろう面構えに、すらりとした体躯の、青鬼では一番若い成人鬼だ。
目の前のタヌキは、鬼を主な客として各鬼の集落で商いをしている。
おっとりした性格をしていそうな小太りで垂れ目のオヤジだが、海司はこのタヌキがあの計算高いキツネの行商人と肩を並べる手腕であることを知っている。
恐らく、商いに有利であるようこの姿を選んでいるのだろう。
「青鬼の旦那、本日のお品は以上で?」
タヌキが、額に脂汗を浮かべ、手をもみながらこちらを伺っていた。
「ああ、これだけでいい」
「そうでさ?旦那、こちらの研ぎ石はおすすめなんでさ。今までのものより角がよく研げるんでさ。あちらの赤鬼の方はこの研ぎ石をお求めになって、見事女鬼を射止めたと聞いたんでさ」
タヌキはそう言って、真っ黒で平たい石を手のひらに乗せ、「ほら」と海司にみせた。
「そうか。確かに良さそうな品だが、今はいい。今日はこれだけで」
「かしこまりました。お買い上げ感謝でさ」
ーーあい つも嫁をもらったらしい。
海司は、小太りのタヌキの背が段々小さくなるのを見ながら、赤鬼の真紅を思い浮かべた。
「真紅が嫁かぁ…」
海司は、先日の結鬼で見た、少しツンツンした女鬼を思い出した。
真っ直ぐに伸びた艶のある黒髪に、薄暗い室内で蝋燭に照らし出された輝く白肌、その白肌よりも白い角の女ーーー何度か海司は結鬼に参加しているものの、先日の女鬼は特に美しかった。
鬼、男鬼に対して女鬼の数は少ない。
全体の鬼の数を10とするならば、そのうち女鬼は2か3程度である。
しかも女鬼の寿命は短く、男鬼の半分ほどしかない。
その上、非力で鬼としての能力はないので、里では既婚の女鬼を除き、女鬼を里の中心に集め保護区域を形成してそれを花里と読んでいる。
男鬼は、髪の色に従いそれぞれ2〜30人で集落を形成し、同じ集落の既婚女鬼を協力して守った。
里で主催の結鬼は、発情期となり結婚適齢期を迎えた女鬼が現れると、つど開催される。
男鬼と女鬼のいびつな比率により、嫁が来ない男鬼は多く、海司もまた、幾度か結鬼に参加したものの伴侶を見つけるには至っていない。
男鬼が女鬼に選ばれる重要項目は、角の立派さ・強さ・誠実さと言われている。
海司はどれもそこそこだと自負しているが、未だに成果がない。
自分が命を賭して守る伴侶を想像して、青の集落の自宅へ戻っていった。
始めまして、野村です。
漫画や二次創作小説は書いたことがありますが、オリジナル小説は初めてです。
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