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屑鉄機械劇場  作者: 椿
8/67

3―4

男をストーキングするというのは、酷く疲れる仕事である。シルヴァは物陰に隠れ、(くだん)の男達を観察していた。


そう、この観察というのが苦痛を伴うのだ。ごつい男を常に視界に捉え続けなくてはならない。拷問をされている気分だった。


「目が死んでしまう」


シルヴァの目はデリケートな作りなので、長時間に渡り汚い物を見続けると、視界が滲んで前が見えなくなってしまうという不治の病を患っていた。


騎士団には華やかな女性がたくさんいた。クレアやリエリアは凄まじい人気を誇っており、非公式だが親衛隊も存在していたほどだ。


当然、それを利用して甘い蜜を吸うこともできた。


それなのに、あの連中はなんだ? 早朝から男だけで固まってコソコソと。陰気かつ不気味である。こちらの迷惑も考えて欲しかった。これだから気配りの出来ない人間は困る。


「適当に気絶させるか……」


そろそろ空腹も感じてきた。相手の数は三人。顔を見せずに無力化し、事情を聞き出す。それほど難しい事ではない。


問題は、三人が普通の無害な一般人だった場合だ。それだとこちらが悪人になってしまう。それは避けたい。


(………)


しかし、億劫になってきたのも事実だ。眠いし、腹も減っている。満身創痍の状態といっても過言ではない。


こんな体調である。


後ろから連中を襲っても許されるような気がした。


こちらの手違いだったとしても、それは仕方のないことだろう。コソコソしている彼らが悪いのだし、命を奪わないだけ感謝して欲しいくらいだった。


完全に外の出してはいけない危険人物の思考だが、シルヴァは腰から安物の剣を抜いた。


足音を立てずに移動し、


「そこの三人組。少し聞きたいことがある」


男達に呼び掛けた。突然後ろから声がしたのに驚いたのか、やましい事でも抱えているのか──ひそひそと耳打ちをしているところを見ると、後者の割合が強いのだろう。


「私は騎士団の人間だ。指示には従って──」


真っ赤な嘘を吐きながら歩み寄るシルヴァに向かって、一人の男が右手を振りかぶった。


暗い路地に光が一閃。何かが飛んでくる。


シルヴァは特に驚きもせず、飛来物の直線上に剣を掲げた。金属同士のぶつかる音が響き、小さな火花が散る。どうやら投げナイフだったらしい。


今の一撃が牽制であることは誰の目にも明らかだ。三人組は既に背を向け、今にも逃げようとしている。


もう確定した。連中は黒だ。


距離は一○メートル程度だが、魔法でも使われたら堪ったものではない。近くには民家や工場があるし、何かの可燃物に引火したら大変な事になる。


それがわかっているから、あの連中は魔法よりも威力の劣る攻撃手段を選んだ。


僅かな、それこそ一秒にも満たない時間で状況を整理し、シルヴァは空いている左手で何かを掴んだ。たった今、空中から落下してきた短剣だ。


躱さずにわざわざ弾いたのは追撃に利用するためだった。お返しとばかりに左手を一閃。短剣はまっすぐに飛んでいき、一番前を走っていた男の足に突き刺さった。左足の、膝の裏。気の毒だったが、仕方ない。


狭い路地だ。先頭の男が倒れたことによって、後ろを走っていた二人も被害を受ける。その時にはシルヴァが背後に迫っていた。


他の二人を当て身で昏倒させ、足を押さえて悲鳴をあげる男も気絶させる。


最低限の訓練は受けているようだったが、なんのことはない。男達の懐を漁る。ひどい苦痛を伴う作業だ。


男のポケットから布切れが一枚、全部で三枚出てくる。それには剣をくわえた蛇が描かれていた。この剣はアルメイアの国旗にも使われているもので、象徴的な紋様だ。


そしてそれに巻き付き、噛み付く蛇。言うまでもなく、国家転覆を企てる一団の証である。これは動かぬ証拠だった。


その布切れを男達の頭に巻き、縄で拘束してから騎士団が巡回するルートに転がしておく。もったいなかったので金品は頂いておいた。


(今日も良いことをしたな)


シルヴァは一日一善を宗としている。今日のノルマはこれでクリアだ。先ほどの一件に付随して起きるだろう様々な面倒事は無視である。


まさしくクズの考えであった。



「いやぁ、すまんすまん」


大柄の男が大して悪びれた様子もなく謝罪の言葉を口にする。赤い短髪は後ろに撫でつけられ、彫りの深い顔にはいくつもの傷痕が残っていた。


ちょっと怖い。


突然現れた大男(騎士団長)に来希は完全に萎縮してしまっていた。今は朗らかな表情を浮かべているが、その分厚い体は戦場で熟成された空気で包まれている。

リエリアやクレアとはまた違った意味の"強さ"を持つ人物だ。


もし戦ったら、数秒で負ける。そんな確信があった。


そんな騎士団長を前にして、来希はひどく緊張していた。もちろん、相手の風貌が非常に(いかつ)いというのもそうだが、理由は別のところにある。


(この人、誰だっけ……)


名前がわからないのだ。


異世界に来た日、リエリアに連れられて王宮で偉そうな人達と顔を合わせたのは覚えている。その中に彼もいたのだ。ひときわ異彩を放っていたので記憶には残っていた。


だが、名前が出てこない。


これは非常に由々しき問題だった。可及的速やかに彼の名前を思い出さなくては。命の危険がある。


身体中が湿っていくのがわかる。汗が滝のように流れていた。脳細胞の一つ一つに聞き込みをするが、揃って首を振ってくる。


まさか、こんなところで窮地に陥るとは夢にも思っていなかった。


(いや、自己紹介をされてないという可能性も……)


そうだ。こんなに目立つ人物なのだ。名前を聞いたとして、覚えていないはずがない。


だが、本当にそう言い切れるのか?


自信を持って「お名前は?」と訊けるのか?


駄目だ。あまりにも危険過ぎる。外した場合、生まれてきた事を後悔するような苦痛を与えられるだろう。


来希の中で騎士団長がどんどん危険な人物となっていく。それに従って、彼もまた勝手に追い詰められていく。


リエリアと話していた騎士団長がこちらを向く。彼がここに現れてから間もないが、その間に来希は絶望の海を死に物狂いで泳いでいた。


「ど、どうも」


愛想笑いで誤魔化す。咄嗟にとった行動だったが、すぐに後悔した。ここは一応、勇者らしく堂々と構えるべきだった。そうすれば、後々無理も利いただろう。顔が引きつる来希の前に、ぬっと大きな手が出てきた。


「ヴァンプス・ディートフリートです。騎士団を率いておりますゆえに、今後も何かと顔を合わせるでしょう。以後、お見知りおきを」


頭の上から声が降ってくる。そんな風に感じた。


しばし呆然とした来希は、慌てて我に返り、差し出された手を握ろうとして──ズボンにゴシゴシと擦りつける。汗でびしょびしょだったからだ。


そんな様子の来希にヴァンプスはクスリと笑みを漏らした。その隣ではリエリアが不思議そうな表情を浮かべている。


気まずい顔のまま、来希はその手を握る。その感触に驚いた。


それは、大人の男の腕だった。途方もない時間、戦場に身を置き続け、研磨に研磨を重ね、激戦を潜り抜けた。目の前にいる男の、歴史の一片を感じ取れる。


凄い人だ。


自然とそう思ってしまう。ゴツゴツとした荒い感触の手のひら。だが、暖かい。来希は仲の悪かった父親の顔を思い出す。


机仕事ばかりしていた父の手は、こんな感触だっただろうか。違うように思えた。


「……あ、すいません」


またも我に返り、謝る。


放そうと思った手をもう一度握り、


「獅童来希です。よろしくお願いします」


ヴァンプスの目を見て言う。曇りのない碧眼が自分を見据えてきた。


「さすがは勇者殿。良い目をお持ちだ」


赤髪の大男が何度も頷きながら快活な笑みを見せる。そしてリエリアに目配せした。


「早速ですが……」


ヴァンプスが腰から剣を抜く。その体格に見合った幅の広い長剣だ。どうやら、自分はこの大男と戦わなくてはならないらしい。


来希は一瞬だけ怯んだが、剣を抜いて構えた。つい先ほどまで恐れていた事態だというのに、今では心に火が点いている。


目の前の男に自分の全力を見せたい。まるで少年マンガのような心境だ。気恥ずかしくはあるが、悪くない。


剣を腰まで持っていき、体勢を低くする。それに呼応する形で、ヴァンプスもまた剣を正段に構えた。


二人共、不敵な笑みを浮かべている。


足の筋肉を引き絞る。修練場の石畳を押し返し、今まさに戦いが始まろうとした。その瞬間、



「二人共。試合には模擬剣を使用してください」


「………」


「………」


リエリアの一言が男二人の風情を壊した。



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