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屑鉄機械劇場  作者: 椿
7/67

3―3

「シルヴァ・ウィンチェスターに会っただと?」


騎士団長が読んでいた書類を置き、リエリアに訊き返した。


「いえ、直接というわけでは……。ただ、ライキ殿を発見した場所の近くで、あれの魔力を感じました」


特別な案件の相談などではなく、今後についての打ち合わせであるため、執務室には二人しかいない。


内容は来希の性格や、その才能、思想的なものについてである。リエリアは自作したレポートを携え、上官の部屋を訪れていた。



それも終盤にさしかかった頃、リエリアが思い出したようにある少年の名前を口にした。一ヶ月以上前に騎士団から追い出された者の名前でもある。


「……あいつは何をやっていた?」


「詳細は不明ですが、おそらくは魔物の掃討かと」


「ふむ……。なら、間接的に勇者殿の危機を救ってくれたということか」


騎士団長が面白そうに頷いた。確かに、彼の言う通りである。シルヴァが魔物を引き付けていなかったら、来希はゴブリンに殺されていたかもしれない。


「あの男も、たまには役に立つということでしょうか」


「あいつは有能だったさ。だから一番隊に籍を置いていた」


「ですが、騎士にはふさわしくなかった」


「それには同意しよう。それでも、あいつには他の騎士には無い才能があっただろう? 二年以上もの間、高い戦果を叩き出していたのがなによりの証拠だ」


「………」


リエリアは唸った。あの男のことは気に入らないが、なるほど、強くはあった。他の人間には無い強さが。


「だが、だからこそ、シルヴァは騎士団を追われる事にもなった。俺はクレアでもお前でもなく、あいつに騎士団を引っ張っていって欲しかったんだ」


「それは問題発言です」


「これは俺の私見だよ。あくまでもな」


騎士団長が笑みを浮かべ、デスクの上に置いてあったグラスを手に取る。そして酒の瓶を開け、注ぎ始めた。


「職務中に飲酒は……」


「今日の仕事は終わりだ。お前も、もう休め。勇者殿の指導もあって疲れているだろう」


リエリアの目が細められる。執務室に酒を持ち込んでいる時点でアウトなのだが、彼には気にした様子がない。


「……失礼します。"くれぐれも"明日の訓練に支障をきたさない程度に」


紅い瞳を鋭くさせて、リエリアが出ていった。


「……しまったな。氷がない」


静かになった執務室で、騎士団の長が呟いた。



、"人間が"支配している地域は大陸の下半分しかない。そして、その地域の左半分をアルメイア王国が我が物としている。


右半分は?


もちろん国がある。ただ、アルメイアに比べれば小さな国が密集しているだけに過ぎない。


一○年近く前にそれらが同盟を組み、一つの国を作ったのだが、いまだに足並みは揃っていない。規模だけ見ればアルメイアに並ぶものの、どこが先頭に立つかで揉めている。


小競り合いが散発し、とてもアルメイアと事を構えられる状態ではない。そしてアルメイアも、大陸の上半分を支配する魔王軍への牽制などで忙しかった。


つまり、どこもかしこも戦争の一歩手前なのである。国境の近くまでいけば金とスリルには困らずにすむ。


いまだにまとまらない考えを引きずりながら、シルヴァは歩いていた。


現代の戦場を生身でうろついても意味などほとんどないし、おそらく空気になる。そのため、ゴーレムは必要不可欠だった。


シルヴァが工業の中心地であるヘルトロイトに足を運んだのも、ゴーレムを欲していたからである。


最近の治安なら、ゴタゴタが起こる可能性は高かったし、この街に大きな異変が降り掛かる可能性も高い。混乱に乗じてゴーレムを頂いてもいいのではないか。そんな考えであった。


「ん……?」


一晩中、魔物退治をやっていたシルヴァは、街中を歩いていた。大きな工場からは大量の煙が空に吐き出されている。


それが理由なのか、ヘルトロイトは他の街よりやや暗い印象を受ける。煙が膜を張って、太陽の光を妨害しているのだ。


それでも道は丁寧に整備され、生活水準も高い。大国であるアルメイアだが、地域によって貧富の格差がある。


"世界樹"のせいだ。


そんなヘルトロイトの街中に、不審な人影がある。まだ早朝なので人はまばらだ。朝日も完全には顔を出していない。


朝鳥の声が響く中、数人の男がコソコソとしていれば、嫌でも人目につく。それでなくとも彼らは暗い暴力の匂いを放っていた。


(テロ屋か……?)


アルメイア王国に恨みを持つ者は山ほどいる。それは高圧的な外交のせいだったり、どうしようもない格差のせいだったり、ずさんな兵器管理のせいだったり。本当に色々だ。


暴動が起きないのは食料の供給が回っているからに過ぎない。腹さえ膨れていれば我慢できるのが人間だ。


いま目撃した連中がテロ活動を行う輩なら、他国の人間の可能性が極めて高い。今の時世、魔物よりも人間の方が厄介な敵なのだ。


シルヴァは気配を消し、男達の後を追う。


もしかしたら、と思いながら。



来希はその日、城の敷地内にある倉庫へと案内された。いつもなら訓練に精を出している時間だ。


(なんだろう……?)


そう思うのも当たり前だった。第一騎士の実力を目の当たりにした来希は、自身の力の程度を知った。


あの少女の魔力は常軌を逸している。


だが、胸に込み上げてきたのは絶望でも嫉妬でもない。それは喜びだ。自分はまだ強くなれる。今とは比べ物にならないほど。


毎日の訓練も苦痛ではなかった。そんなに激しいものではなかったし、自分の技術が瞬く間に上達していくのは爽快だった。昨日は出来なかった事が出来る。そして周りの人はそれを褒めてくれる。


苦しいわけがない。


あの小人くらいなら、戦ってみたいとも思っていた。勇者としての仕事を待ち望んでいる自分がいた。


そんな時、リエリアに突然連れ出され、立ち並ぶ倉庫の一角までやってきた。


(もう少し訓練したかったんだけどな……)


声には出せないが、邪魔をしないで欲しいと思ってしまっていた。


「こちらへ」


扉の開いた倉庫の前。リエリアが立ち止まり、来希を促す。いまいち状況を理解出来ないまま中を覗いた来希は目を見開いた。


巨人。


山の中で来希を助けてくれた、鋼鉄で出来た巨人。あれはリエリアが乗っていた物だったが、同じ物が左右に二体ずつ、合計四体がずらりと並んでいる。


「これって……」


「ゴーレムです。別名、鎧人形。ライキ殿もご覧になったことがあるでしょう」


「あ、ああ」


忘れるはずもない。この巨人──実際にはリエリアだが──に来希は助けられたのだ。あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。


「そうだよな……」


ただ、色々な事があり過ぎて記憶の隅に追いやられてしまっていた。


「そのゴーレムってのはわかったんだけど、これをどうするんだ?」


ゴーレムといっても、見た目はほとんどロボットだ。よく磨かれた装甲に覆われているし、背部には推進器のような物まである。


なんというか、いかにも兵器っぽくて近寄れない、近寄ってはいけない空気を感じる。


「ライキ殿にはこれに乗ってもらいます」


「え」


リエリアの言葉に、来希は嬉しいような、遠慮したいような、形容し難い心境になった。


戦車や戦闘機を見て、『格好いいな、乗りたいな』とは思っても、今すぐ乗れなどと言われたら尻込みするに決まっている。


車やバイクなどとは根本的に違うのだ。とても乗り回せるとは思えない。


(いきなり乗れってわけではないのかもな)


リエリアの方を向くと、彼女はしきりに外の様子を確認していた。待ち人がこないらしい。


きっと、今日は実物の前で適当な説明があるくらいなのだろう。


考えてみれば、今までの訓練は丁寧なものだったし、そう悪いことにはならない。そう来希は結論付けて、自分を安心させた。


「ライキ殿。申し訳ないのですが、修練場の方に戻っていてもらえますか。待ち人が来ないもので」


ため息を吐いてから、リエリアが言ってきた。


「え、うん」


言われた通りに一人で修練場に帰る。後方に違和感が生まれ、起動音が響く。


まさかと思って振り向くと、倉庫から一体のゴーレムが出てきた。


背は高く、金属で構成された体躯からは重厚感が滲み出ているが、石畳には亀裂一つ走らない。ゴーレムが見た目に反して軽量なのか、床が頑丈なのか。両方だろう。


『では参りましょう』


無機的な二つの目がこちらを向く。拡声器も装備されているらしく、リエリアの声がゴーレムから発せられた。


来希は頷きながら、その巨人を見上げる。初めて見たというわけではないが、やはりその姿には圧倒された。


八メートル近い鋼鉄の塊が、人の形を成し、一人の、それも同年代の少女によって操作されている。


(やっぱり、異世界なんだよなぁ……)


何度目かの再認識。現実の世界では絶対にあり得ない光景。ゴーレムが跪き、その巨大な右手を差し出す。


それに乗りながら、来希は自身の胸に興奮と好奇心が芽生えたことに気付いた。



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