10ー3
「くそ……!」
来希は口の中で毒づいた。耳鳴りがする。頭痛と吐き気もだ。胃の奥がずしりと重く、キリキリと痛い。
やはり、周囲は大混乱に陥っていた。ゴーレム二五体からなる大部隊が、たった一体の敵によって翻弄されている。
また一体がやられた。肩から腰へ袈裟斬りにされ、崩れ落ちる。間違いなく操縦士は死んだ。来希は歯を軋ませた。
争乱の渦中にいるのは黒と青で塗装された細身のゴーレム。大型の薙刀を振るっている。<ブレイド>は腰から剣を抜き放ち、敵に躍り掛かった。
パワー任せの強引な加速。眼下の地面が溶け、流れていく。<ブレイド>は敵に体当たりする寸前で剣を横薙ぎに振るった。相手の右腕を狙った、荒削りな一撃。
当たる。そう思った瞬間、来希の視界はぐるりと回転した。意味がわからない。彼の混乱した思考では、自分が勢いのまま投げられたと理解するまでに数秒の時間を要した。
(な……!?)
愕然とする。相手は隙だらけの<ブレイド>に止めを刺すべく、得物を構えた。長大な薙刀。切っ先が分かれ、二又に。刃の周囲の空間が歪む。
まずい。来希は本能的な恐怖に身を任せ、敵の武器をかわした。これに当たってはいけない。このゴーレムの装甲でも、あの武器は防げない。
一撃目は凌いだが、すぐに二撃目がやってくる。今度は回避できない。
細身の敵ゴーレムはなんの躊躇もなく、武器を<ブレイド>の胸に落とそうとして──飛び退いた。リエリアの<スメイル・エッジ>が横から斬り込んでくる。
そのままリエリアは追撃に移り、周囲のゴーレムを吹き飛ばしかねない攻防を始めた。相手の武器が長物のため、懐に潜り込むようにして斬り結ぶ。
しかし、敵も一筋縄ではいかない。<ブレイド>に比肩するほどの機動力を軽々と使いこなして、リエリアの斬撃から逃れた。適切な間合いを陣取り、今度は攻めの姿勢に。
リエリアが圧され始めた。武器の長さと機動力では及ばないためか、アウトレンジから好き放題にされている。
来希には、その光景に見覚えがあった。彼がヒルダリアと戦った際に、似たような状況に陥ったのだ。それとは比較にならないほど、目の前の戦いは激しかったが。
<スメイル・エッジ>の一撃を易々とかわし、敵のゴーレムは突きを繰り出す。それは腹部を狙ったものだった。回避も防御も不可能だ。来希は背筋に冷たいものがはしるのを感じた。
しかし、腹を切り裂かれた<スメイル・エッジ>の姿は歪み、消滅。まったく別の場所から現れて、剣を一閃した。敵ゴーレムの薙刀が真っ二つになる。
幻術だ。騎士の扱う型の一つには、周囲の人間の知覚を妨害、誤認させるものもあると聞いている。
混乱から立ち直った来希は、他の敵の姿を探す。リエリアと戦っている奴は、自分より遥かに強いと分かっているからだ。
魔力知覚を用いて、索敵を開始する。味方の部隊は一カ所に固まって防御陣形を取っていた。そういえば、ヒルダリアは無事だろうか。
後方から熱源を探知。振り向くと、一筋の光が迫っていた。それが何なのか判別する前に直撃。
来希の視界は光に包まれた。
◇
モーリスは冷静に指揮官の務めを果たしていた。レオクレスから来るであろう増援部隊を、あらかじめ仕込んでおいた味方に足止めさせる傍ら、アレットの援護もこなしてみせる。
いきなり乱入してきた勇者を苦もなく組み伏せ、アレットは薙刀で息の根を止めようと構えた。あの武器は特注品で、<ブレイド>の誇る超高硬度の防御も突破できる。
案外、簡単な仕事だった。モーリスがそう思うと同時にまたも乱入者が現れた。アルメイア製の高性能器。勇者の護衛だろう。
流石のアレットも手を焼き、攻防は熾烈なものとなった。モーリスはその隙に勇者を仕留めようと考えるが、上手くいかなかった。死闘を繰り広げる二体の巨人が、見事に射線を遮ってくれている。
あの騎士の仕業だ。アレットを食い止めると同時に、こちらの動きまで妨害してくるとは。しかも、アレットの武器まで破壊してみせる。とんでもない敵だった。
勇者の周囲には<グローリー>が四器、カバーに入っている。いずれも盾を構えており、勇者を狙撃できない。
モーリスは鼻を鳴らした。遠くに仕掛けておいたエクスプローシブ・チューブを起爆。護衛連中の意識を強制的に外してやった。
刹那、隙だらけの勇者が見える。滑らかな挙動でロッドに火を灯し、狙撃。閃光が走りぬけ、見事<ブレイド>の胸部に直撃した。
モーリスはすぐさまロッドをしまい込み、味方に撤退の指示を出す。<ブレイド>はまだ破壊出来ていない。そんな事はどうでも良かった。<グローリー>のパワーでは、あの化け物を倒すことなど不可能だ。
今回の目的は勇者へプレッシャーをかけること。撃破も狙っていたが、護衛の存在もある。アレットが武器を破壊された時点で撤退するつもりだった。
相手も追える状態ではない。突進した馬鹿娘をどやしつけ、後退を始める。
そのおり、白銀の器体を視界の端に納めた。憎悪が渦を巻くが、自制心を総動員する。
<アヴェンジャー>の後に続き、モーリスは後退した。
◇
<フールセント・ワーク>のテストを終えた<ブーゲンビリア>はヘルクトへ向かっていた。表向きは物資の輸送と運用データの護送ということになっている。
途中で二体の鎧人形を降ろし、船は所定の位置に移動。小山のような巨体を見送ってから、リオンは器体の状態をチェックした。
なにしろ、最低限の動作テストしかしていないのだ。少しでも異常があったら、その時点で作戦は中止になる。
<フールセント・ワーク>は山道を滑走する。左腕には大型の盾、右腕には、これまた巨大な槍を装備していた。
まさしく騎士のような出で立ちである。リオンはそれに、暗いユーモアを感じた。
装備の通り、今回の戦いではリオンが前衛を務める。シルヴァは後衛だ。
二時間ほど移動して目的地に到着。開幕の合図は<ライン・ラーク>から放たれる一本の矢だ。
リオンは目を閉じ、瞑想する。精神を研ぎ澄ませ、来るべき一瞬に備えた。やがて、彼の第六感が何かを捉える。
夜空に光の矢が放たれ、それが敵地の中心に突き刺さった。
大爆発。
半径三〇〇メートルが瞬時に蒸発する。弓矢という武器の構造上、シルヴァはいつものようなハンデを(普段と比べて)気にしなくてもいいのだ。
主格納庫を消滅させられた敵側は大混乱に陥る。当たり前だろう。あそこにいるのは年端もいかない訓練生たちだ。
リオンの駆る<フールセント>は巨体に見合わないスピードで目標に迫り、その長槍を振るって破壊を振り撒く。
あちこちで爆炎が上がり、黒煙が昇った。眼下では逃げ惑う人々。これではどちらがテロリストか分かったものではない。
襲撃から一〇分近く経過し、やっと敵の鎧人形が動き出した。致命的な遅さだが、あの中に乗っている少年少女は仲間を守ろうと必死なのだ。
拙い動きの<セイブ>を、リオンは黒い槍で串刺しにした。それを振り回し、手近な建築物にぶつけてやる。金属の破片が舞い散り、擬似血液が地面に振りまかれた。
突進してくる一体を盾で突き飛ばし、踏み潰す。槍を叩きつけて、もう一体を叩き潰した。操縦士の技量にも、鎧人形の性能にも開きがありすぎた。
まだいる。最後の一器は尻餅をつき、来るなと言わんばかりに両手を突き出している。リオンは槍を投擲し、完全に息の根を止めた。
黒い炎が胸に満ちる。
最悪だと、ただそうとだけ思った。




