9ー5
夕方になって、見つかった人の遺族がやってきた。隊長とジェイクが説明と謝罪を述べている。来希が見つけた遺体には、白い布がかけられていた。
状況説明が終わり、本人確認という一番残酷な儀式が行われる。やってきた遺族は若い女性で、おそらくは亡くなった人の恋人だろう。彼女は両手で顔を覆い、泣き崩れている。
布の一部がめくられ、女性が恐る恐る確認した。やはり、間違いはなかったらしい。
女性の反応を、来希は見ることが出来なかった。この世で最も残酷な事実を彼女に与え、そしてその原因を作り出したのは他ならぬ自分。直視などできない。
下を向き、ぼんやりと立ち尽くす。どうしよう。犠牲者は彼だけではないだろう。もっといるはずだ。
「おい新入り!」
名前を呼ばれ、来希はびくりと肩を震わせる。視線を上げると、ジェイクがこっちに来いというジェスチャーを送っていた。
何の用だろう? まさか糾弾されるのだろうか? いや、自分が勇者だと知っている者など……。ここにきて保身を考える自分が嫌になる。
いっそ、罵倒された方がマシだと開き直り、来希は足を踏み出した。一歩一歩、近づいていく。果てしなく長い道のりに思えた。
遺体のそばにくる。
「彼女が、お前に礼を言いたいってさ」
またも、来希の肩が震えた。
「あなたが、夫を見つけてくれたのでしょう?」
女性の声。少し上ずっていたが、しっかりとしたものだった。きちんと顔を見て話そうと、来希は視線を上げる。
地面から、彼女の足。そして──腹。細い足とは対称的な、大きな腹部。これは、妊娠している人の──
来希は、目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。
「あ、あの……」
「あなたが、主人を?」
殺した。もっと言うなら、あなたの中にいる子の父親を。
「…………」
黙り込んで俯く来希の両手を、女性はそっと握る。女性の綺麗な手とは対称的に、来希の手は剣やスコップを握り、重い物を運んだために出来たマメや傷でまみれていた。
「ありがとう」
その言葉が一番キツかった。来希は弾かれたように顔を上げ、女性を見る。栗色の長い髪が特徴的な、美しい人だった。
しかし、その頬には涙の跡がある。
「いえ……」
来希はまた俯く。ただ一言。それしか言えなかった。
◇
暗い山道を慎重に歩く。<ブーゲンビリア>から遠く離れた、ヘルクトという街の近く。といっても、街から三〇キロ以上離れているが。
シルヴァは懐から双眼鏡を取り出す。視線の先には、ずいぶん昔に閉ざされた鉱山。以前、敵ゴーレムに仕掛けた発信器の反応はあそこから来ている。
「ふむ……」
「どう?」
横のリオンが尋ねてくる。シルヴァは答えず、双眼鏡を渡した。
「かなり大規模だね」
「ああ。今の俺達では手が出せん」
見た目は廃れた鉱山だが、中身はちょっとした要塞だろう。配備されているゴーレムは少なくとも二〇体。
「古い鉱山を再利用した物なら、耐久力に問題があるかも」
人の手が長い間入っていない鉱山はかなり危険だ。アルメイアでは立ち入りが禁止されるほどである。
少しの衝撃で崩落するし、有毒ガスが蔓延している可能性だってあるのだ。そんなところに住みつくのは山賊か魔物くらいだろう。
「連中の資金力は異常だ。内装は見てみないと分からんが、おそらくは国からの支援を受けている」
アルメイアがいつまでもテロリストに手こずる理由の一つだ。どこかの国がテロ組織を積極的に支援している。
しかも、協力的な国は一つや二つではない。根城には手が出せず、半永久的にイニシアチブを取られ続ける。
反面、アルメイアに協力的な国は皆無だ。シルヴァも騎士団時代にさんざん苦労した。
「侵入してみたいが、無理だろうな」
万が一発見されたら、確実に殺される。二人だけで行動している今だって、かなり危険な橋を渡っているのだ。
「どうする? 一回戻って、<ブーゲンビリア>を連れてくるか……」
「あの船が沈むぞ」
要塞を攻撃するなら、ガーベラ・ポートだけでは戦力が足りない。ウィンステッド軍の協力が不可欠だ。
だが、大きな戦力を動かすのにはしっかりとした理由がいる。「あの鉱山にテロリストが隠れています」などと言ったところで、相手にはされないのだ。
「この国もテロリストの味方なんだろうし……」
リオンがぼやく。
戦力が足りない、味方がいない、証拠もない、というこちらに対し、相手は万全の態勢を整えている。言うなればお手上げ状態なのだから仕方ない。
「補給ルートを叩くってのはどうだ?」
この国がいくらテロ組織に協力的でも、直接的なアクションはとらないだろう。補給ルートをチクチク潰して、要塞内部を干上がらせる。対籠城戦の鉄則だ。
だが、
「無理だろうね。ああいう鉱山は地下に通路が設けられているだろうから」
リオンにあっさり潰された。仮に地下通路があった場合、それを潰すのは極めて困難だ。やるとしても数年かかる。
シルヴァは舌打ちし、
「張り込みしかないな。どっかに穴があるだろう」
それから三時間ほど、二人は薄闇の中、双眼鏡を覗き続けた。無駄口一つない、無音の時。
こういった集中力、持久力を必要とする仕事には慣れていた。三日三晩ぶっ通しで続ける自信すらある。
「…………」
隣のリオンも同じらしい。ますます彼の過去が気になってくる。
「あ」
「どうした?」
リオンから双眼鏡を受け取り、覗き込む。廃鉱山には不似合いなほど頑丈なシャッターが開き、中から人がぞろぞろと出てきた。三〇〇人くらいだろうか。
「あれは訓練生だな」
「訓練生? いったい、何をしに……」
「たぶん、近くに専用の訓練キャンプがあるな。そこに行くんだろう」
あれだけ巨大なアジトの近くだ。若い新戦力を育てるにはうってつけである。
「なら、そこの場所も調べておこう。もしかしたら、それが糸口になるかもしれない」
「わかった」
シルヴァは頷いて、移動を開始した。
◇
最後の仕事が終わり、来希はスコップを置いた。世話になった作業員ひとりひとりに挨拶してから、隊長の所へ行く。挨拶が済み次第、来るように言われていたからだ。
「お、来たか」
副隊長のジェイクもいた。来希は二人に頭を下げる。
「今日までご苦労だったな。礼を言わせてもらう」
「助かったぜ。給料を払いたいくらいだ」
報酬を出そうか、という話は何度もあったが、来希は頑として受け取らなかった。
「話っていうのは……」
「ちょっとした送別会だよ。他の連中は後片付けがあるから来れないが……」
「え……」
「ま、ついてこいや。綺麗な姉ちゃんのいる店に連れて行ってやる」
二人に連れられ、歩くこと一五分。街の中心部にある、一軒のパブに連れてこられた。中に入ると、酒や煙草の匂いが鼻孔をくすぐり、ジャズに似た古風なメロディーが鼓膜を撫でる。
ジェイクの言うような、浮ついた雰囲気の店ではない。渋さのある"大人の店"だった。
他の二人はともかく、来希はどうしようもない程に浮いていた。こういう店は格好いいし、いつかは入ってみたいと思っていたが、一六歳のガキには似合わない。
「あ、あの……」
「ん、どうした?」
「く、空気が……」
「ああ。気負う必要はないぞ。むしろ、こういう空気を楽しめるようにならなくちゃ、女にモテないからな」
二人は空いていたテーブルにさっさと座ってしまう。手招きされたので、来希も適当に座った。
こういう店になると、メニューも置いていない。
「マスター、いつもの」
「あいよ」
「お前は?」
「えぇっ?」
マスターと呼ばれた厳つい男性の目がこちらを向く。来希は蚊の鳴くような声で、
「さ、酒以外の物を……」




