7ー4
蒼い器体が疾走する。大地に深い跡を刻む、凄まじいスピードだ。味方の<セイブ>はそれを追うが、追いつけない。性能に開きがあるためである。
モーリスは<グローリー>の操縦席で敵の器影を追いかけていた。目的の陸上船とはニキロ以上離れている。相手から妨害してきても余裕を持って対応できる距離だった。
あの<ライン・ラーク>を陸上船から引き離し、撃破ないし捕獲する。そうしてから、ゆっくりと攻め込もう。モーリスはそう考えていた。
大型の狙撃用ロッドを向ける。敵の鎧人形は確かに速いが、強化された視力なら捉えることも容易だ。
(鬼ごっこは終わりだ……)
操縦者の魔力がコアで増幅され、それが魔導拡張器に伝わる。ロッドの先端に光が生まれ、一筋の閃光が疾った。
右脚が浮いた瞬間を狙った、完璧なタイミング。卓越した防御力、機動力を持った鎧人形とて、片脚を失ったらおしまいだ。
正確な一撃が<ライン・ラーク>を襲う。しかし、敵は体を前に倒して閃光を回避した。前転して体勢を立て直し、方向転換。獣のような獰猛な動きで味方の鎧人形に襲いかかる。
モーリスも彼の部下も、仕留めたと思った相手による突然の急襲で動きが鈍った。
まず、味方の一人が大斧の一撃で脚部をやられた。蒼い鎧人形は武器を放り出し、使い捨ての投げナイフを投擲する。そして、猛烈なスピードで"こちら"にやってきた。
「あいつ……!」
やられた。敵の狙いは最初から隊長である自分だったのだ。それを認知したモーリスは部下達に命令を出す。
「奴は俺が相手する。お前達はあの船を狙え!」
標的である陸上船から五キロ近く離れてしまっている。これも相手の策略だろう。こちらを引き離し、距離を稼いでいたのだ。
しかし、こちらもやられてばかりではない。陸上船の近くには既に、味方の<セイブ>が三器待機している。だからこそ、こちらも相手の誘いに乗ったのだ。
ここで自分が<ライン・ラーク>を抑え、残りの六器に船を襲わせる。当初の予定とは違うが、それでもいい。
「さあ来い! 相手をしてやる」
拡声器を通して叫び、腰部から短刀を抜く。相手もそれに応えるかの如く大型ナイフを抜き、飛びかかってきた。
◇
「よし……と」
リオンの<セイブ>は<ブーゲンビリア>の甲板に上り、特大の弓を構える。全長だけなら器体より上だ。
弓は遠距離への攻撃に秀でている。杖と違って汎用性は低いが、とにかく遠くまで手が届くのだ。しかも威力も高い。
近くに三器、遠くから三器。合わせて六器。隊長器の<グローリー>はシルヴァが捕まえているらしい。
腰の矢筒から一本を取り出し、弦を引き絞る。弓がしなり、膨大な魔力を吸った矢尻の周辺の空間が歪んだ。
(鈍いな……)
敵部隊の動きだ。着実に近づいて来てはいるが、あまりにも遅い。<ブーゲンビリア>の中からこちらの鎧人形が出てくるのを警戒しているのだろう。いつでも逃げられる距離を保っている。
残念だが、既に射程内だ。リオンは遠くの敵部隊へ向けて矢を放った。弦が凄まじい勢いで元の形に戻り、その反動で矢を飛ばす。
三五〇〇メートルを一秒足らず。敵部隊の中心に飛び込んだ。鎧人形には直撃していない。地面に突き刺さった。
そして、着弾点を中心に爆発が起きる。半径一〇〇メートルが爆炎に包まれた。
次弾を装填しながら、リオンは鼻を鳴らした。敵鎧人形は三器中、二器が大破し、残りの一器は跡形も無く吹き飛んでいた。あの爆発なら三器とも消し飛ばせていたはずなのだが、やはり<セイブ>の性能ではこれが限界か。
(せめて<グローリー>なら……)
そこまで考え、リオンは頭を振る。無い物ねだりをしても始まらない。
ため息を吐いてから敵部隊の行方を探る。四時の方向。距離は……五三〇といったところか。
すぐにでも攻撃を仕掛けたいが、<セイブ>の放熱が終わらない。疑似血液が沸騰寸前だ。今の状態で撃ったら爆発するか、コアの周辺が融解するかだ。
うんざりしながら放熱を待つ。突っ立っているだけ。ひどく間抜けな絵である。
残念ながら<セイブ>には<ライン・ラーク>のように装甲を展開させて熱を逃がすような機能は無い。器体への魔力供給を絶ち、じっとしているしかなかった。
やはり、既存の量産器はパワー不足だ。少し魔力を注ぎ込んだだけでオーバーヒート手前になってしまう。
(貧乏は辛いね。まったく……)
リオンはボヤきたい気持ちを抑え、敵部隊の監視に戻った。
◇
「ぐっ……!」
大気を切り裂くような蹴りが目前を通り過ぎていく。体勢が崩れた<グローリー>は続く追撃からなんとか逃れた。
汗が伝う。蒼い鎧人形はナイフを逆手に構え、軽やかなステップを踏んでいる。変幻自在の戦闘術は捉えどころがなく、間違いなくこちらが圧倒されていた。
モーリスは舌打ちし、思考を巡らせる。一対一の近接戦では勝ち目が無い。だが、それは戦う前から分かっていたことだ。本当の目的は敵船の破壊、もしくは拿捕。時間稼ぎくらいなら不可能ではなかった。
タックルをかまして距離を取る。味方の方へ意識を向けた。それと同時に爆炎が上がり、遅れて衝撃波が器体をなぶった。
「なんだ……?」
状況を認めるまでに数秒を要した。先ほど敵船へ向かった味方部隊の反応がない。それと、たったいま起こった爆発。二つを関連付けると、信じがたい事実が浮かび上がってくる。
全滅。それも、ほんの一瞬で。
(馬鹿な……!)
モーリスの頬を、冷たい汗が滴り落ちた。
◇
<ブーゲンビリア>の近辺に隠れていた敵部隊に止めを刺し、リオンは息を吐いた。しばらくしてシルヴァが戻ってくる。
『大活躍だな』
シルヴァが言った。嫌味でもなければ、賞賛でもない。
「後でヒーローインタビューでもするかい?」
『なんだそれ?』
「……なんでもないよ」
武器をしまう。ガイエント合金製の弓はフレームが融解していた。無理な使い方をした証拠だ。
相手の意識外から超高速の広範囲攻撃を叩き込む──聞こえは良いが、穴だらけの技だ。
武器にも器体にも負担をかけてしまうし、隙も大きい。なにより移動する相手に対しては命中率が著しく低下する。使えるのは奇襲の時くらいだろう。
見た目が派手なだけ。典型的な大技である。普通の弓兵なら、矢の誘導性や連射性を向上させる。その方が効率的だからだ。
弓は専門ではない。純粋な腕だけならリリアナには及ばない。所詮は付け焼き刃の技術だ。
「隊長器は?」
『逃がした』
七器中、六器は撃破した。最後に残ったのは隊長器だったらしいので、その行方は気になる。
「珍しいね。逃がすなんて」
シルヴァの性格からして、敵を見逃したりはしなさそうだ。殺すなら殺す。その辺はハッキリしている男だと(一方的に)思っていた。
『発信器を仕込んでおいたからな』
事も無げに言った。そういう事か、とリオンは納得する。やはり、彼は抜け目が無い。
重厚感のある音が響き、<ブーゲンビリア>の右側にある扉が開く。弓を畳んで背部に戻し、リオンは器体を格納庫に入れた。
◇
アルメイアの北西部。ファルテナ山のふもと。緑が豊かな場所だ。魔族との国境にほど近い場所にあるにも関わらず、付近には魔物一匹いない。
そこに一体のゴーレムが降りたった。背中には大型の冷却器を、脚部には重力偏向器を増設していた。装備している武器は剣が一本のみ。
<グローリー>に近いシルエットだが、一つひとつのパーツは洗練されている。どこか生き物のようでもあった。
胸部装甲が展開し、中から一人の少女が現れる。長い銀髪が特徴的な、整った容姿。クレアだった。彼女は酔ったのか、器体の脚に寄りかかってぐったりしていた。
しばらくして回復し、鬱蒼とした森に向かって歩いて行く。少し進むと開けた場所に出た。
大きな門に木造の巨大建築物。
石造家屋が多いアルメイアでは非常に珍しい。
門をくぐると池があった。中では美しい魚が泳いでいる。アルメイアにはいない種だ。クレアはしゃがみ込んで水面を眺める。目的はすっかり忘れていた。
「おや、お客さんとは珍しい」
後ろから声が掛かった。振り向くと、小柄の老人が立っている。まったく気がつかなかった。
「あ、老師」
慌てて立ち上がり、クレアは頭を下げた。




