3ー4
「視察……? 俺が?」
来希は素振りの体勢を解き、眉を寄せた。目の前には護衛の任を解かれたはずのリエリアがいる。
彼女がいなくなってからも缶詰め状態は続き、やる事も無かった来希は剣や魔法の修練に励んでいた。体を動かしていなければ、暗い考えに沈んでしまいそうだったからだ。
<ブレイド>にも何回か搭乗した。変な老人が訪ねてきて、細かな調整に付き合わされていたのだ。美人の秘書とも知り合いになった。
「はい。軍部の方へ視察に向かうよう、殿下からのお達しです」
「そっか……」
リエリアが突然現れたことに、驚きはない。ルフォンス王子から、彼女を護衛に戻すと言われていたからだ。
あの時──来希が王子と騎士団長に「帰らせてくれ」と頼んだ時、不可能だという返事と共に聞いた。
「わかった。いつから?」
「すぐにでも」
缶詰め状態は終わりらしい。来希は剣を鞘に戻した。
◇
「怪しい人影は無かったみたい」
「さすがに尻尾は出さんか」
シルヴァとリオンの二人は夕食の後、子供達を寝かしつけてから話していた。
<ライン・ラーク>を受領してからここに来るまでの間、何者かから尾行されているような気がしていた。
だから、大きな動きを見せないよう<セイブ>以外のゴーレムを持って来ていない。
悲しい事に、尾行される心当たりは山ほどあるので、どこの組織からか特定はできていなかった。
アルメイアの軍部かもしれないし、ガーベラ・ポートを快く思っていない国の可能性もある。人通りの少ないこの村なら尻尾を掴むのも容易いと考えたのだが、そう上手くはいかないらしい。
「襲撃してくると思うか?」
「それはないでしょ。それなら、この村に着く前に襲えただろうし」
「だが、泳がされているという可能性もある。適当に撒いておくべきだ」
実力行使は最後の手段である。相手の全貌が分からない以上、下手に刺激するのは危険だった。
「じゃ、そろそろ行くか」
夜中。シルヴァはリオンにそう言った。一週間近く滞在した後のことだ。
周辺の魔物はあらかた駆逐し、いくつかの仕事も手伝った。回収した魔石は宿代として納品していた。トルボもシルヴァの武器を完成させたらしい。
「やっと出ていくのか。せいせいするな」
トルボが言った。ここを発つ事は彼にしか伝えていない。
「負け惜しみはいいから、とっとと出すもん出せや」
シルヴァがチンピラのようなことを言う。トルボは「うるせえ」と悪態をついてから、大きめの木箱を取り出した。
それを開ける。中には手甲と脚甲が一式、入っていた。剣ではない。目を丸くしたリオンは二人に尋ねる。
「なにこれ?」
「手甲と脚甲だ。見てわからんか?」
「いや、そうじゃなくて。シルヴァに渡すのなら、剣じゃないんですか?」
最もな意見にトルボは頷く。そしてシルヴァを指差し、
「そこの小僧は、魔導器に頼らない戦い方を身に付けてる」
「まあ、でしょうね」
シルヴァの魔力は大抵の物を破壊してしまう。使う度に寿命が迫るのは物体の常ではあるが、彼の場合はそれが顕著だ。
そのため、剣術のみならず、幾多の戦闘技術を修めているのは道理である。でなければ、アルメイアの騎士団には居られなかっただろう。
「魔物を狩るなら今まで通り安物を使え。人が相手なら、そこのを使うといい」
「ありがとよ」
シルヴァは木箱を抱える。トルボはポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、リオンに渡した。
「形状維持能力を優先させた造りになってる。だが、制御系に問題があってな。遠距離で戦うのはやめておけ」
「何で造った?」
「黒錬銅とバステングの合金だ。比率は4:1。本当なら、お前はヒヒイロカネを使うべきなんだが……あれは海を渡らんと手に入らん」
ヒヒイロカネとは、極めて高い耐久性を誇る金属だ。再生力も抜群で、頑丈さだけならアダマンタイトをも上回る。
しかし、加工も難しく海を渡らなければ入手が出来ないため、アルメイアでもウィンステッドでも殆ど流通していない。
「ミスリル銀は使ったことがあるだろう?」
トルボがシルヴァに尋ねる。
「ああ。アルメイアのトライ・スターだったからな」
「あれは魔法耐性が高いが、専用の施設がいる。お前らには向かん」
そう言って葉巻に火を点ける。話は終わりのようだ。二人が支度を始めると、中年の鍛冶職人がポツリと言った。
「トビーと馬鹿息子の二人には死ねと伝えておけ」
「わかりました」
出て行こうとすると、シルヴァが木箱の中を覗いていることに気づいた。リオンは訝しく思い、
「どうしたの?」
「……なんでもない。じゃあな、爺さん。また来る」
「奥さん達によろしく伝えておいてください」
「もう来るな。くそガキ共め」
最後まで口の悪かったトルボに挨拶し、二人は外に出る。
野道を歩く。都会のような灯りは無いが、月の光だけで充分に視野は確保できた。
「次はどこに行くんだ?」
シルヴァが尋ねる。近くで獣の遠吠えと鳥の羽ばたく音がした。
「ギルドかな。トルボさんに断られちゃったわけだし」
「また、あの女の所に行くのか……」
リリアナの事だ。彼女とシルヴァはとにかく仲が悪い。
「彼女は橋渡し役だから……。なんでリリーと仲悪いの?」
察しは着くが、リオンはあえて訊いた。リリアナは人嫌いが激しいが、進んで嫌がらせをすることは無い。シルヴァとの関係は非常に稀だと言えた。
「あの女の性格には問題がある」
よくも自分の事をここまで棚に上げられるものだ、とリオンは思った。
「人畜無害な俺に対して、あそこまで非道かつ陰湿な行いが出来るということは、彼女に特異な性癖があると考えられる」
「…………」
「サドスティックなんだろうな。他人を痛めつけることに無上の喜びを覚えるんだろう。これは俺の予想だが、あいつの好みは気弱な年下の可能性が高い。いや、同性愛者かもな」
べらべらと最低な憶測を並べ立てる。人格に問題があるのは街角なくシルヴァだったが、リオンは指摘しなかった。
リリアナが直接的な措置に出るのも分かる。一週間以上、一緒にいて痛感したが、シルヴァはとにかく口が悪い。
「そういえばさ……」
「ん?」
「君って、仲の良い異性っていた?」
「…………」
その質問をした途端、シルヴァは目に見えてしんなりした。
シルヴァ・ウィンチェスターは有名人だ。トライ・スターだったし、二年前の戦争で大きな戦果も挙げている。
そして、その素行も評判だった。無銭飲食や暴力事件は当たり前。資産家を脅迫して金を奪っただとか、その娘を誘拐しただとか、国王の靴を隠しただとか、悪い噂は山のようにある。
仲間に引き入れようとしている人間の事だ。リオンも色々と周辺を調べた。妙な資金の流れが無いか、危険な人間と関係を持っていないか、思想に問題はないか。
どれもグレーゾーンだったが、とりあえず合格だった。なにより腕が良い。リリアナもその一点に関しては手放しで褒めていた。
その中でリオンが気になったのは、彼の人間関係だった。同期である勇者の騎士や、アルメイア最強の第一騎士とも交流があったそうだが、浮いた話は一つもない。周りに見る目麗しい同年代の異性がいたというのに。
「第一騎士のクレアさん……だっけ? 仲良かったんでしょ?」
「フッ……」
乾いた笑み。疲れきった──まるで老人のようだった。
「そうだな。仲は良かったかもしれん」
「やっぱり」
第一騎士は強大な戦力の他に、看板としての側面もある。見た目が良ければ、それだけで一定の支持は得られるのだ。
「だが……あの女には悪癖がある」
「そりゃあ、誰だってそうでしょ」
「違う。あいつは……」
シルヴァは俯き、何度か頭を振る。
そして言った。
「ドジなんだ。どうしようもなく」
「よく転ぶとか?」
「いや……。抜けているというか、注意力散漫なんだ。いつもぼーっとしている。しかも自覚がない」
「…………」
その程度だったら無視しそうなものだが。意外に世話好きなのだろうか?
「騎士団長に脅されてな。あいつのイメージを守るために、俺は奔走していた。単位が危なかったんだ」
口元に手を当て、シルヴァはさめざめと泣いた。中々に辛い過去らしい。アウトローのように見えるが、その実態は常識人なのではないか……リオンはそう思った。
「じゃあ、一般のイメージとは違うんだ」
第一騎士のイメージと言えば、いつも凛々しく、いかにも騎士の中の騎士といったものだ。だが、それも国が作ったはりぼてなのだろう。どこでも似たような事をやっている。
雑談を交わしているうちに目的地に到着した。
大きな岩の近くで二人は立ち止まる。ここには長旅のために持ってきた<セイブ>を隠してあった。
いくつかの仕掛けを解除し、ブッシュ・シートを引き剥がす。頭部の無い、濃緑色の巨体が現れた。片膝をついた姿勢で鎮座している。
戦闘用に調整された器体とは違い、背部に巨大なコンテナを装備しており、各所にはベイロードを水増しするための工夫が凝らしてあった。
移動や補給に使われるタイプの物だ。作業用の鎧人形として開発された<セイブ>は拡張性が極めて高く、様々なバリエーションがある。
シルヴァはコンテナの上にいそいそと登っていく。背部には二人が乗れるように座席が増設されていた。
リオンも慣れた手つきで操縦席を展開させ、乗り込む。両脇の水晶玉に手を乗せ、起動。アルメイア製の物とは違い、マナの吸収音はしない。操縦者の魔力だけで起動するのだ。
<セイブ>が立ち上がり、余熱を吐き出す。それだけで周囲の木々は大きくざわめいた。
脚を曲げ、跳躍。森の上へ。
近くの街へ向かって移動を開始した。




