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屑鉄機械劇場  作者: 椿
37/67

3ー2

緑豊かな大地。大きな山々が連なり、涼しく爽やかな風がそよぐ。のどかな風景が広がっていた。


「ふぅ……。とても安心するな」


解き放たれたような表情で、シルヴァは言った。今まで、工業都市であるヘルトロイトと治安の悪いバルタラを通ってきたのだ。


空気が澄んでいて、治安も良く、目つきの悪いチンピラがいない街というのは、とても魅力的だった。田舎の空気は肌に合う。


「ほら。早くしないと、いつまで経っても終わらないよ?」


「お前だけ行けよ。俺もう、ここに住むわ」


「リリアナを呼ぶしかないか……」


リオンが呆れた表情で言ってくる。安心していたシルヴァは日向ぼっこをしたい誘惑に駆られながら、彼の後に続いた。


今いる場所は山の中腹で、眼下には小さな村が見える。その風景に嫌な記憶が重なってしまいそうで、シルヴァは視線を逸らした。


◇


リオン達が訪れたのはスウォーレッツという小さな村だった。生まれ変わるガーベラ・ポートには鍛冶の出来る人間が必要とされている。


「だから、お願いしますよ。あなたは武器の知識から造船の技術まで持っている。そういう人が必要なんです」


リオンは慎重に言葉を重ねた。交渉術はあまり得意ではない。目の前にいるのはトルボ・アルスという中年の男性で、有能な鍛冶職人だ。


昔はどこかの軍にいたらしいが、さっさと辞めて、小さな工房を営んでいる。彼の職場は四六時中、熱気に包まれているので、酷く熱かった。


「断る」


トルボは短く言った。肩にかけたタオルで玉のような汗を拭い、作業に没頭する。熱風が吹きつけてくるが、リオンの額には汗の一つも浮かんでいなかった。


「鍛冶の経験は?」


「無いです」


「だろうな。女みたいな顔しやがって。たまには鉄を打ってみろ」


「心配していただかなくても結構です」


しれっと答えるリオンの態度に鼻を鳴らし、トルボは立ち上がる。赤熱化した鉄の塊が水に浸けられ、湯気を吹かした。


風に当たって体を冷まそうと窓の近くまで行ったトルボは、庭の方を指差し、


「あれは?」


目を向けると、風当たりの良い場所で丸くなっているシルヴァの姿があった。完全に丸投げ状態である。


「相棒か?」


「……ええ。とっても頼りになりますよ」


「ふん……」


子供たちに絡まれ始めたシルヴァから目を離し、トルボは鼻を鳴らした。近くの椅子に腰を降ろし、置いてあった水瓶から直接ごくごくと飲む。


「誰の紹介だ?」


「トバイアス・ハールホーンと、あなたの息子さんから」


二つとも嫌な名前だったらしい。トルボは露骨に顔をしかめた。水を飲み干し、口元を強引に拭って、


「トビーのくそ野郎か。あいつは海に行ったはずだ」


「今は船も陸(おか)を走る時代ですから。戻って来てますよ」


「気に入らんな。あの悪趣味なデカブツに、俺を乗せようってのか?」


「そういうお願いをしにきています」


今度は鼻を鳴らすどころか舌打ちをされた。異常な機嫌の悪さだ。目つきも悪い。シルヴァをぶつけた方が良かったかもしれない。


「で、息子ってのはどれのことを言ってるんだ?」


「三男の」


「……ああ。あいつか、まったく。学校にまで行かせてやったのに」


トルボは尻のポケットから葉巻を取り出し、片方を工具の一つで乱暴に千切った。まだ消えていない火にくぐらせると、煙が上ってくる。


「介護くらいはするそうですよ」


「あいつとは親子の縁を切ったんだ。まさか鎧人形なんてモンに鞍替えするとはな。半端者だよ。雇っている奴の程度も知れる」


今の時代、鍛冶職人には様々な技術が要求される。鎧人形用の剣や槍は人間用のそれを単純に大きくした物だが、内部には多種多様な能力が内包されている。



多機能化が進み、ただ鉄を打つのが上手いだけでは駄目になってきていた。切れ味や耐久性は勿論のこと、魔力への順応性や変換率への知識も必要となってくる。


そのため、ある程度以上の年月を学習に費やさねば一流になることはできず、才能の無い者は一生掛かっても極めることが出来ない技術であると言われていた。

しかし、魔導拡張器に分類される物は根本的な部分で繋がっている。


それを応用することが出来れば、広い分野を手がける事も可能だった。一〇〇か〇かがハッキリとわかるのが、この分野の特徴である。


トルボやその息子達は皆、その技術を持っており、有能な家計だということがわかる。


「帰りな。俺はここに住むと決めた。息子夫婦もいるし、孫の世話もしたい。鎧人形なんぞに関わる気は毛頭無い」


トルボは重い声で言った。まるで鉄塊のような声だった。


「そうですか……」


仕方ないだろう。強制などできないし、家族の話をされると弱い。


引き上げようとリオンが立ち上がると、扉の近くにシルヴァが立っていた。子供達から逃れることに成功したらしい。


「どうだった?」


小声で訊いてくる。リオンは首を横に振った。


「安物の剣だな」


トルボがシルヴァの腰に提げられた剣を見て言った。


シルヴァは魔力のせいで武器を頻繁に壊す。質より量、性能より価格を重視するのは当然だ。だが、トルボの態度は頑固な職人らしく尊大で、ふてぶてしい。


「ああ。格好いいだろう?」


シルヴァが挑発を始める。誰にでも反抗的なのが彼の短所だった。


「ひょろいな。それに軟弱そうな面構えだ」


「オッサンこそ、鉄の叩き過ぎじゃないのか? 顔がゴツゴツだぞ。どうした?」


「どうもせん。嫌みったらしい奴だな。これだから最近の若者は……」


「嫌みったらしいのはお互い様だろう。自分の事を棚に上げるとは。これだから最近の老害は……」


幼稚な罵倒が飛び交う。


二十分ほど罵り合いが続き、最終的にはシルヴァが実力を示すために近辺の魔物の退治を請け負い、それが成功したらトルボは彼に武器を譲る事を約束した。


長すぎたのでリオンの記憶は途中から無いが、おそらくはそういう話だった。


◇


剣を振るう。獣型の魔物が真っ二つになって内臓をぶちまけた。周りの木々に破片が引っかかり、少しして灰に変わる。


「あーあ」


後ろで杖を持ったリオンがぼやいた。


「なんで森の奥で魔物なんか狩ってるのかなー? 不思議だなー」


「慈善事業の一環だ。こういう事をやっておけば、ガーベラ・ポートの風評は良いものになる」


屈んで魔石を袋に詰める。最近は魔物が数を増やし、交通の妨げになっているのだという。シルヴァが請け負ったのは、それの解決だ。


範囲が広いため、数日を要する。気のいいアルス夫人が泊めてくれるらしいが、一週間近く滞在することになってしまった。


だが、見返りもある。トルボの作った武器だ。彼の武器なら、もしかすると自分の魔力に耐えてくれるかもしれない。そんな考えがあった。


飛びかかってくる猿のような魔物に寿命を迎えた剣を投げつけ、爆殺。ベルトにぶら下げた袋がどんどんと肥えていく。


背中から予備の剣を抜くと、死角からさらに一体が飛び込んできた。回避するのは容易だが、シルヴァは特に挙動を起こさなかった。


頭上を魔力の塊が通り過ぎ、魔物に直撃。上半身を吹き飛ばされ、辺りに血の雨が降った。


「そういえば、槍はどうした?」


リオンに尋ねる。


「置いてきたよ。森の中で槍を使うのは馬鹿のやる事だ」


さらに数体をまとめて薙ぎ払い、リオンが言う。村の付近に<セイブ>を隠してあるので、そこに置いてきたのだろう。


日の光を刃に当て、剣の質を確認していると、周囲を警戒していたリオンが口を開いた。


「なにか考えでもあるの?」


「んー?」


「こんな仕事を受けた意味さ。君は騎士団で散々、魔物退治をやっていただろう?」


「……このあたりはマナが少ないからな」


シルヴァは足元を見ながら応えた。


マナの豊富なアルメイアでは、戦術の基本に有色魔法の存在がある。火や風を起こし、水を生み、土を隆起させる。


消費の半分をマナで賄うため、非常に使いやすい。シルヴァはほとんど修めていなかったが、多くの騎士は有色魔法を学生時代に学ぶ。


だが、ウィンステッド連合国はマナに乏しかった。この国を活動の拠点とするなら、その土地の特徴を良く理解しておかねばならなかった。


「アルメイアじゃ、マナを使う魔物もいたがな。ここは物理攻撃が中心の奴が多い」


つまるところ、この仕事は練習を兼ねているのだ。たとえ微妙な変化でも、しっかりおさえておかないと死に繋がることもあった。


知能の低い魔物ならまだいいが、相手が人間だった場合は危険度が跳ね上がる。事実、後ろにいる同年代の少年には大苦戦した。彼が本気だったら死んでいたかもしれない。


「お前、魔法を使ってたよな? かなり高度なやつ」


バルタラの街で戦った時、リオンは水の有色魔法を使用していた。氷柱を発生させ、攻撃するというものだ。


しかも、破られたら相手に知覚妨害まで掛ける二段構えときている。極めて高度な部類に入る魔法だった。


「ウィンステッドにだって、有色魔法を使える人間はいるさ。マナが足りないなら、魔力で補えばいい」


「誰から教えてもらった?」


「君の知らない人だよ。だいたい、君は魔法を使えないだろう?」


魔物の反応を捉えたらしく、リオンが移動を開始した。シルヴァも後に続く。


「僕から見れば、君の戦い方だって不自然だ。普通の騎士は、あんな型で戦わない。誰から教えてもらったの?」


リオンの言う型とは、剣の型である。騎士団には定められた幾つかの型があり、全ての人間が習得している。攻撃に特化した型や、防御に特化した型。相手を攪乱させるものある。


しかし、シルヴァの闘技は全くの別物で、他に使用者は存在しなかった。


どうしてリオンが騎士団指定の型に詳しいのかは気になったが、シルヴァは尋ねなかった。どうせ答えないだろう。


だからこう返した。


「お前の知らない人だよ」


手の内を晒せない関係というのは嫌なものだと、シルヴァは思った。

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