表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑鉄機械劇場  作者: 椿
3/67

第二話 勇者降臨

どうしよう。


最初に思ったのはその一言だった。獅童来希(しどうらいき)は硬直した頭を必死に動かし、状況を理解する事に努めた。


前方には見渡す限りの荒野。後方には連なる山々。水分を含まない、カラカラの風が吹く。砂が入り、来希は目を手の甲で擦る。ちょうどいい。再び目を開けたら景色は変わっているはず。そう思った。


「………」


変わらない。変わってくれない。また風が吹く。今度は目をしっかりとガードした。


唸る。状況が読めない。なぜ自分がこんな所にいるのか。とりあえず、まずはアレだ。非常事態に巻き込まれた場合、最初にする事は自己の身体検査だ。避難訓練の時にそう習った。


首を回して体の状態を確認する。五体満足。外傷は見た限りでは無し。体調にも問題は無い。気分が少し悪いが、混乱しているせいだろう。


これ以上ないほどに健康。それが結論だった。次に記憶を確認。事件前後の記憶が欠落していないか。


「んー」


記憶の糸を手繰り寄せる。来希は市立の高校に通う学生で、バスケットボール部に所属していた。高校最初の一年を無事に終え、春休みに入ったばかりだったと記憶している。


事件に巻き込まれた当日は部活の無い、暇な一日。友人とも遊ばず、家でアクション映画を鑑賞していた。期末テストを乗り切り、部活の無い日は頭を使わないで楽しめる映画に限る。


そのDVDを返却し、ついでに近日発売されるゲームの予約もした。それから夕食にジャンクフードを買い込み、帰宅する最中だったはず。なにせ、ハンバーガーの入った紙袋を持っているのだ。間違いない。


記憶は幼少の頃から今日まできちんと繋がっている。それは良かったが、逆に何が原因でこうなったかまったく分からない。なにか異変でもあれば、この状況に納得も出来るのだが。


(やっぱり拉致か……?)


来希の住んでいた国──日本では、某国に国民が拉致されるという事件があった。それから新たに拉致被害者が増えたというのは聞いたことがないが、ミサイルの発射などもやっている国だ。なにをしても不思議ではない。



「参ったな……」


絶望的な気分になって、来希は俯いた。まだやっていない事が沢山ある。予約したゲームをプレイしてないし、スカイツリーにも行っていない。恋愛も未経験のままだ。


とても死ねたものではない。


にわかにやる気が出てきて、来希は顔を上げた。周囲に人影は無い。自分で行動を起こせということだろう。


荒野か山か。


「……山だな」


短い時間を思考に費やし、来希は歩き出した。前方の荒野には見渡す限りなにも無い。山に登ったら川を探して、それを伝って行けばどこか人気(ひとけ)のある場所に出る。


素人考えだが、なるようになる。


そう考えることにした。



城の中庭にある庭園。国立学院の入学式から三週間、シルヴァが姿を消してから二週間が経過していた。


クレアは池の前に立ち、水面に映る自分の姿を眺めていた。


「………」


ぼんやりとした、覇気の無い顔。騎士という人間は凛々しいというイメージがあるが、今のクレアには微塵もそんなものは感じられなかった。


する事が無い。目標が無い。


騎士とは何かに仕える者だ。それは王族や貴族という個人にだったり、国や軍といった組織だったり、色々である。


クレアは後者だ。特定の人物に(かしず)く気は毛頭無かった。しかし、それが逆に辛い。特定の、誰かのために生きられれば、この虚無感を鎮めることができるのか。


「まだウジウジしているのか?」


意味の無い思考を池の中に漂わせていると、後ろから声がかかった。その声に嫌々ながら振り向く。一人の少女が立っていた。


短い金髪に鋭利な瞳。腰には特殊な金装飾が施された剣を提げている。名前はリエリア・ティン・アルハーデン。


彼女もまた、トライスターの受勲者だった。学生時代はクレアやシルヴァと同じ学年で、つまりは同期だ。事あるごとに突っ掛かってくるため、クレアは彼女を苦手としていた。


リエリアからの鋭い視線。咎められている。紅蓮の瞳から逃げるようにしてクレアは俯いた。


「なにをしている」


「………」


なにもしていない。そう答えるのが嫌で、クレアは黙り込んだ。その態度が気に入らないのか、リエリアが苛立ちと失望の入り交じった息を吐く。


駄目な奴。そう思われている。仕方の無いことだと思った。反論はしたくなるが、それをするには、今の自分はひどく不様だ。


「異変が起こっている事は認知しているだろう?」


クレアは頷いた。その異変の調査こそ、シルヴァが騎士団の人間として最後にこなした仕事だった。


「あれのせいで座標がズレた」


「なに……?」


やっと口を開いたクレアに、リエリアが(かす)かに嬉しそうな表情を浮かべる。が、すぐにそれを消し、


「つまり、勇者殿が行方不明になったということだ」


勇者召喚の儀が行われている事は知っていたが、クレアは出席していなかった。しかし、由々しき問題だと目を細める。


座標がズレた。すなわち、勇者となるべき人物が危険な場所に召喚された可能性があるということだ。早急に捜索を始めなくてはならない。


「上の方は大騒ぎになっている。何人かの首が飛ぶだろうな」


「どちらの首だ?」


「さあな。それは勇者殿の安否に掛かっている。だから、お前も庭の花をやってないで捜索を手伝え」


「わかった」


素直に頷いた。リエリアは鼻を鳴らして去っていく。その背中に感謝して、クレアは踵を返した。



「キツいな……」


来希は山を選んだことをすぐに後悔する事となった。ろくに舗装もされてない道を歩くこと数時間。まともな準備もしていない来希は体力の限界を感じていた。


すっかり日は暮れ、視界が闇に支配されようとしている。灯りも無いので、早いところ人を見つけなければならない。


腹はしっかり空いてきたので、ハンバーガーを袋から出し、包みを開ける。食糧には余裕があった。ハンバーガーは三つほど購入したし、ポテトやパイもある。コーラは氷が溶けてしまうので先に飲んでしまったが。


「美味い……」


咀嚼しながら呟く。こんな状況でハンバーガーを味わった人間は他にいないだろう。名誉な事なのかどうかはわからないが、とりあえず気分は悪くなかった。


なんにせよ、飢えとは無縁でいられそうだ。山道だって永遠には続かないだろうし、水さえ確保できれば数日は保つ。そんな考えが今の状況に光を与えていた。


(光もなんとかしなきゃな……)


火を起こせないものだろうかと考える。幸運な事に、灰なら持っていた。道中で見つけた変な剣のような物の下に沢山あったのだ。


これを使えば、火を熾すことができる。マッチやライターでも持っていれば良かったのだが、そこまで都合良く所持していなかった。


「んー」


辺りをキョロキョロと見回しながら、来希は唸った。腰を落ち着けて火を焚き、野宿の準備をするべきか、それともこのまま歩き続けるべきか。


見知らぬ山の中。何がいるかわかったものではない。危険な生物がうろついている可能性もある。野宿を選択するのが利口だろう。


だが、恐怖がその考えの邪魔をする。なんの教育も受けていない一般人が、名前も知らない山の中で一泊するというのは、ひどく勇気がいるのだ。


せめて山頂まで行って、明日の予定が立てられるだけの情報を得てからにしたい。民家を見つけようが見つけまいが、まるで見通しが立たない今の状況は耐えられなかった。


ハンバーガーを一つ腹に収め、コーラの容器に入っている水を飲む。まだ少し氷の粒が残っていた。


「……もう少しだけ歩いてみるか」


自分に言い聞かせるように呟き、来希は再び歩きだす。幸い、月が出ているおかげで視界は明るかった。


まだ休むには早い。慣れない山道のせいで足腰に疲労が蓄積しているが、無理は利く。そう思った。





「ん……?」


それから数十分ほど歩いた頃、来希の耳が異変を察知した。遠くてよくわからないが、人の声のように聞こえた。いつのまにか足元を向いていた視線を上げると、三○○メートルほど先で煙が立ち上っているのが見える。


(人だ……!)


歓喜と不安を感じながらも走りだす。疲れなど一瞬で吹き飛んでいた。

だが──


声が断続的に聞こえる。近づくに連れ、鮮明になっていくそれに、来希は先ほどとは違う異変を感じた。


どうも、断末魔のように聞こえる。怒声とも、悲鳴とも取れる、そんな声だった。そう思った瞬間、熱くなった思考が凍りつく。


(どうする……!?)


酷い危機感。混乱する頭で必死に考える。確認しに行くか、急いでこの場を離れるか。


ホラー映画などで似たシチュエーションを見た時、なぜ早急に退避しないのかと、来希は常々疑問に思っていた。やっとわかった。


離れられないのだ。理解が及ばない状況下、認識の外で何かが起きる。そうすると、それが何なのか確認したくなるものだ。自分の目で見なければ安心できなくなる。


目を閉じて深呼吸。何度かジャンプしてから目を開けた。試合の前にいつもやる事だ。一種の癖、暗示といってもいい。


決意も新たに、異変の元へと近寄る。一歩進む毎に、怒声や悲鳴は鮮明になっていく。もう確定だ。すぐ近くでなにか、血生臭い事が起きている。


もうすぐそこだ。何メートルもない。徒歩から()り足に変える。極力、音を立てないように。


「………」


深く呼吸をする。こんな時なのに、突然ゲップをしたくなった。先ほどの食事と、ずいぶん前に飲んだコーラのせいだ。食道を押し上げてくる空気の塊。それを押さえ込み、木陰から様子を窺う。


「………」


舞い散る血飛沫。飛び交う断末魔。切断された四肢が宙で弧を描く。


そこは戦場だった。


だが、転がっている死体はいずれも人間ではない。もっと小柄で、皮膚の色も違っていた。


そしてその中心に、一人の少年が立っている。黒い髪に黒い服。日本人かと思って目を凝らしたが、肌は白く、その端正な顔立ちも西欧人に近いものだった。右手には薄汚れた剣を持っている。


なんにせよ、異常な事態だ。恐ろしい場所から逃れるため、来希は後退る。


足元の小枝を踏んだだとか、近くの茂みを揺らしただとか、そういったミスはしなかった。なのに、


「う……!」


反転しようかと思った瞬間、その少年と目が合う。蒼い瞳。炎を背にしているためか、とても印象的だった。少年は鋭いモーションで左手を一閃。何かがこちらに向かって投擲される。


──殺される。


そう思った。恐怖から身を竦める。


「ギッ!」


すぐ近くで悲鳴。直後、足元に何かが落下する。目を向けると、小人の死体が転がっていた。首には短刀が突き刺さっている。


あまりの事に、来希は尻餅をついた。いまだにもっていた袋が落ち、ハンバーガーが転がっていく。


小人の死体は崩れ、灰に変わった。暗い色の石が一つ、中心に残っている。


生存本能と理性から、来希は踵を返して走りだした。速く、速く、速く。いくらそう願っても、足は全く速くならない。むしろ、普段より遅いような気がする。力が入らないのだ。


後ろを見たいという欲求に逆らえず振り向くと、さらに嫌な光景が待っていた。小人が四人、来希を追いかけて来ている。楽な獲物だと思われているのだろう。


悲鳴をあげたい気分だった。そうしなければ、体の内に籠もった感情を処理できない。口を開ける。声は出なかった。ひどく苦しい。


呼吸が乱れ、足がもつれる。不様に転んだ。お気に入りの私服が汚れた事はまったく気にならなかった。死が目の前に迫っている。


尻餅をついた姿勢のまま、来希は後退した。月光に照らされた小人達の顔は残忍極まりないものだった。


もう駄目だ。


最後の抵抗と、全力で睨み付ける。みっともない真似だけはしたくなかった。


小人達が迫り、飛び掛かってくる。振り上げられる棍棒や小剣、だらしなく開かれた口から零れる唾液。それらが全てスローモーションのように見える。


月光が何かに遮られた。後ろで強い揺れ。突風が吹き、小人達が地面を転がる。来希が後ろを振り向くと、


巨人が立っていた。


全高は八メートルほどだろうか。スマートで力強い四肢。騎士を思わせる意匠が特徴的だった。頭には二つのスリットがあり、そこからグリーンの光が漏れだしている。位置からすると、目なのだろう。


見たからに無機物だ。機械のような雰囲気を纏っている。ファンタジーに出てくるような小人が現れた直後に巨大なロボットの登場。とても思考が追い付かない。


巨人の周囲が歪み、空気が抜ける音が響いた。胸部が展開し、一人の少女が現れた。


短い金髪に鋭い目つき。その紅い瞳に魅入られ、来希は動けなくなった。少女は腰から剣を抜き、優雅な動作で一振りする。一陣の風が吹き抜け、逃げ出そうとしていた小人達をまとめて細切れにした。


その風には、なぜだか色がついているような気がした。少女は剣を収め、地面に着地する。来希の前で立ち止まり、右手を差し出して彼女は言った。


「勇者殿。お迎えにあがりました」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ