第七話 王都襲撃
来希はため息を吐いた。場所は王宮内にある庭園。夜も更け、辺りは暗い。だが、遠くの方に明かりがあった。明日に控えた式典の前夜祭だ。
深夜だというのに大勢の人が騒いでいる。終わる気配はまったくない。笑い声と楽器を打ち鳴らす音がこちらにまで聞こえた。
なにを祝っているのか。まったく分からない。誰も勇者の召喚など喜んでいないだろう。来希はうんざりとした気分で石壇にに腰掛けた。
空には暗雲が立ち込め、月も星も姿を見せない。数日前までは快晴が続いていたというのに。空にまで歓迎されていないのかと、来希は舌打ちした。
苛立たしいのか、虚しいのか。来希は俯き、顔を右手で覆った。なんのやる気も起きない。
リエリアとの事もあって、自分が不貞腐れているのも自覚しているが、他のものも大いに関係していた。
(結局、みんな騒ぎたいだけなんだよな……)
勇者というのは、ただ利用されるだけの存在なのだ。長い冒険に出向くこともなければ、過酷な試練に挑戦する必要もない。
一方的に担ぎ上げられ、バカ面を下げ、お飾りとして暮らしていくしかないのだ。だから、式典が豪華で派手なものになればなるほど、来希の中の虚しさは肥大化していく。
剣に胸を躍らせ、魔法に驚き、ゴーレムに感動していた自分がひどい大マヌケに思える。現実の世界も、この世界も、ベクトルこそ違うが、似たようなものだ。
ただただ、生命を消費するだけの社会。そこに本当の笑顔などない。社会人として一生をつまらないものにするか、ぬるま湯の中で腐っていくか、違いなどその程度だ。
にわかに馬鹿馬鹿しくなって、来希は口元に笑みを作った。どうでもよかった。勇者だろうが道化だろうが、何にでもすればいい。もう周りに気を遣うのはたくさんだった。
「…………」
空っぽの心を抱えながら、来希は自室へと引き返す。明日に備えて寝なければならないし、決められた台詞をもう一度確認しておきたかった。
最後に振り向き、空を見上げる。なんとなく月が顔を出してくれるかと思ったが、空に変化はない。所詮、自分は凡人か、と虚しさが募り、来希は再び歩き出した。
◇
アルメイアの首都、トライドツリー。その中心となる広場で式典は行われる。出番を控えたリエリアと来希は、主賓用の一室で待機していた。
今日は特別な日だ。アルメイア中から有力者が集まってくる。騎士団長であるヴァンプス将軍は欠席しているものの、他の人間は遠路はるばるやってきているのだ。
リエリアは内心、うなだれていた。ほとんどの者は先の事件で手一杯だろうに、無理を押して出席している。でなければ、職を失う危険があるからだ。
勇者の存在を本心から喜んでいる者などいない。
それでも大規模な祭りになるため、トライドツリーは盛り上がっている。国道を沿うようにして店が出ているし、催し物も多数、開催される予定だ。
事件が終わった後の反動なのか、凄まじい熱気がこちらにまで伝わってくる。今は地方有権者の紹介の最中なため、比較的静かだが、それでも押し殺した興奮が膨らんでいた。
「………」
「………」
だが、この部屋だけは沈黙が支配していた。来希は椅子に座ったまま無言を保ち、リエリアもまた、そんな彼をチラチラと窺うことしかできない。
(やはり……)
うんざりしているのだろう。この国の態度に。誰もが作り笑いを浮かべ、耳触りの言い言葉を口にする。だが、本心は違うのだ。来希の事をなにも知らない馬鹿な子供だと思っている。
ある程度の自由と権利を与え、贅を凝らした食事を食わせておけば満足する──そういった考えが充満しているのだ。だから真の敬意などは無いし、内心の深いところで侮りが見える。
そう、来希が気付かないはずがないのだ。
今の彼は白地に金の装飾が施された服を着ている。勇者の正装というべき服で、一着でゴーレムが何体か作れてしまえるような価値を持つ物だ。
腰に提げた剣も同様で、訓練に使用していた量産品など、価値も性能も桁違いの一振りだった。
だが、来希の顔には表情がない。今までは爽やかだったのに、その瞳からは感情が消え失せている。もっとも、仕事はきちんとこなすのだろう。
打ち合わせの際には──作り笑いではあったが──笑みを浮かべていた。
リエリアは重苦しい空気から逃れたくなり、扉の方へ歩く。その時、断続的に続いていた拍手が止み、数人の足音が近づいてきた。
そろそろ出番らしい。
「ライキ殿……」
そう呼び掛けると、来希は緩慢とした動作で椅子から立ち上がった。服の装飾とぶつかり、腰の剣が楽器のような音を鳴らす。
「じゃあ、行こうか」
来希がそう言った瞬間、武器を持った男達が踏み込んできた。
◇
「嫌な風だ……」
ヘルトロイトを眼下に見定め、シルヴァは呟いた。頬を撫でる風は生温く、粘つくような不快感を与えてくる。本当に空気が粘着性を持ったわけではない。街中に悪意と殺気が渦巻いているのだ。
一波乱起きる。
確信に近い思いを胸に、シルヴァは魔力を体に奔らせる。五感が強化され、脳が活性化。
事前に当たりを付けておいた場所を注意する。街の至るところで、不穏な動きを見せる連中を発見した。
時間も置かずに爆音が響き始める。巨人が動き出し、騎士団の支部へ足を向けていた。数は──三体。いずれも東側の器体である<セイブ>だった。
支部の方でも動きが見られた。二体の<グローリー>が起動音を響かせ、巨体を立ち上がらせる。迅速な対応に見えたが、シルヴァは眉を寄せた。
あまりにも早すぎるのだ。ほとんど同時といっても良い。どうみてもおかしいかった。
その疑心を裏付けるかのように、二体の<グローリー>は"支部に"向かって攻撃を始める。ゴーレムが格納されている倉庫を重点的に狙っていた。
主のいない<グローリー>が為す術もなく破壊されていく。騎士や兵士の怒号や悲鳴もあちこちで聞こえていた。
「……手際が良いな」
その連携はシルヴァも舌を巻くほどのものだった。よく訓練され、統率されている。それほどにその動きはどこまでも洗練されていた。奇襲を受けた騎士団側は後手に回り続けている。
周囲を見渡していたシルヴァの眼が、数人の男が走っているところを捉えた。まっすぐ、鹵穫された<セイブ>の元へ向かっている。
シルヴァは跳躍し、持っていた金具付きの縄を投擲した。屋根の一部に爪が引っ掛かり、右腕に確かな感触を伝えてくる。勢いに任せ、シルヴァは一人の男を蹴り飛ばした。
突然の襲撃者に驚く間もなく、男は吹き飛んでいく。ひらりと着地したシルヴァは、動揺から立ち直りつつある敵を前に、リラックスした動作で剣を抜いた。
構えもせずに、
「そのゴーレムは俺の物だ」
その一言を皮切りに、ヘルトロイトで戦闘が開始された。
◇
リエリアは流麗な剣捌きで二人の男を気絶させた。騎士団員専用の剣が床に転がる。扉の外に意識を集中し、増援が来ないことを確かめてから、剣を収めた。
「な、なにが……」
彼女の背後では当然の如く状況を把握できていない来希が狼狽えている。
「操られていた……?」
リエリアはしゃがみこみ、男達の体を調べる。部屋への侵入を許したのは彼女にとって驚きだった。普通ならその前に鎮圧できていたはずだ。
(殺気が無かった)
厳しい表情で立ち上がり、リエリアは来希を外に出るよう促した。
「また、おかしな事が起こっているのか?」
廊下を歩く道中、来希が尋ねてくる。リエリアはどう答えようか迷ったが、結局は素直に話した。それが彼女なりの誠意のつもりだった。
「はい。何者かの策略で、異変が起こりつつあります」
「じゃあ、あれは……」
「魔物への対応で騎士団が混乱していたところに細工をされたのでしょう。あの二人は外部から操られていました」
そう説明しながら、リエリアは表情をより一層きびしくした。遠隔操作系の魔法は難易度が極めて高い。なにせ、相手の意識を上書きするのだ。対象の知能が高ければ高いほど難しくなる。
しかし、来希を襲撃してきた二人の挙動には淀みが無く、自らの意志で動いているようにしか見えなかった。つまり、操作をしていた者の技量が常軌を逸していたという事になる。
(あの男か……)
ノーレイの森でリエリアが戦った魔族の男。思い当たる節があるとすれば、奴以外には考えられなかった。脳裏にあの男の油ぎった笑顔を浮かぶ。
廊下を出ると、混乱の坩堝となったトライドツリーの大広場が二人を出迎えた。何人かの人間が手に剣を持って暴れている。
出入り口付近にいた一人の男が来希に気付き、儀礼用の槍を持って突撃してきた。
通常の物に比べれば威力は遥かに劣るが、それでも充分な殺傷力を持っている。後ろで来希が凍り付いているのを感じながら、リエリアは腕の一閃で男を気絶させた。
「こちらへ」
来希の手を引こうとして──やめる。こんな時になっても邪魔してくる私情を苛立たしく思いながら、リエリアは言った。
「安全な所へ案内します」
「安全な所って……」
いま現在、そんな場所は無い。誰が洗脳されているのか分からないのだ。
リエリアが以前にノーレイの森で使った掃討用識別型の剣術も、こんな状況では振るえない。やるとしたら、半径一キロに無人地帯を作ることになるだろう。
悲鳴が響く。なんの前触れもない異常事態に、騎士団の対応は遅れていた。
「まだ問題は大きくありません。操られている者の数も、たかが知れています」
混乱はしているが、操作されているのは三○人といったところだ。誰が操られているか分からないから、混乱に拍車が掛かっているのだが。
まだ問題はない。まずは来希を避難させてから、対応に移ればいい。今のリエリアはそんな考えで動いていた。
しかし──
街にさらなる異変が起こり始めた。




