表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑鉄機械劇場  作者: 椿
19/67

6ー3

最近、リエリアの様子がおかしいと来希は思っていた。魔物の大量発生が鎮まり、街が活気を取り戻しても、彼女の中にある危機感や焦燥感は消えていない。


その様子はまるで、近々また事件が起こるのを予期しているかのようだ。


いつも凛々しく引き締まり、鋭く整った仕草が、今は乱れに乱れている。焦りに追われ、動作の裏には疲労の影が窺えた。


無理をしている。


来希にはそうとしか思えなかった。悩みがあるのかと考え、それとなく気を回したりはしたのだが、素直に白状してくれるリエリアではない。


式典が目前に迫った今でも、その頑なな態度を崩すことは出来なかった。


「………」


式典で着る装飾過多な衣装の着付けも終えた午後。来希はいつもどおり鍛練に励んでいた。魔力を身体中に奔らせ、剣を振るう彼をリエリアは見ている。


特に注意してくるような事はない。いたずらに剣を交え、「甘い」、「踏み込みが足りん」などとリエリアは言わなかった。


訓練が終わった後に問題点を並べ、来希はそれを書き留める。一度に言われる数もそう数も多くないので、注意していればあっという間に修正できるのだ。


そして今も、訓練している来希をリエリアは静かに観察している。最初の頃はやり難いと思っていたが、今では慣れてしまった。それはいつのまにか形成された"普通の光景"だ。


だが、


やはりおかしい。来希はそう思った。魔力をみなぎらせた体は普段より遥かに感覚が鋭くなっている。そのため、リエリアの視線も把握できた。


召喚されてから一ヶ月が過ぎた最近ではその視線も訓練の内になり、ほとんど気にならなくなっていたのだが──今は違う。


リエリアの視線が非常に気になる。それは来希が注視しているからというのもあったが、なによりも彼女の視線がどこを見ているか分からないからだった。


周囲を異常なまでに警戒している。その意識が来希の訓練には向けられておらず、違う方を向いているのが丸分かりだった。



所々、思い出したかのように来希の方へ視線を戻すが、また周囲へ意識が向き──それの繰り返しだ。その中途半端さがリエリアらしくない。


そんな様子だったからこそ、来希はやっと異変を感じ取ることが出来た。それほどまでに今の彼女は切羽詰まっている。


しかし、来希には尋ねることができなかった。リエリアとの距離感がいまいち掴めていないせいである。訊いたとしても、リエリアは内容を明かさないだろう。言える事なら既に言っているはず。


親しい仲なら壁を壊して聞き出せるが、その勇気が今の来希には無い。拒絶されるのが恐かったし、リエリアの悩みには自分が関わっているだろう事も予想できた。


「………」


振り下ろす剣の軌道が乱れる。脚さばきにも問題があった。来希も集中できていないからだ。リエリアの揺れが伝染してしまっている。その事に、来希は少しの喜びを覚えた。


(どうするかな……)


この後の展開は、自分の選択に掛かっている。漠然とそう思えた。リエリアが平常心を失するほどの事態が近づいているのなら、彼女には万全の力でもって解決に臨んでもらいたい。


なにより、勇者という存在のために彼女に悩んで欲しくなかった。彼女の憂いを断ち切りたいなどという正義感からではなく、見栄を張りたい男心。


それを自分の中に認識した時、来希は自然な動作で剣を鞘に収めていた。



いつのまにか訓練をやめていた来希が、こちらに来る。それを見て、リエリアはしまったと思った。


自分の役目を忘れ、あまつさえ来希の行動に気付かなかったのだ。失態にもほどがある。


来希の表情からは何も読み取れない。リエリアの中に焦りが芽生える。


「なんか無理してない?」


おもむろに来希が尋ねてきた。


「いえ、そんなことは」


それは本当だった。余裕はないが、さりとて見苦しいまでに追い詰められているわけではない……と思う。自信は無かったが、リエリアは見栄と責任感からそう答えた。


「………」


こちらを見る来希の目には疑心が窺える。信じていないのだ。僅かな驚きと苛立ちを覚えたが、リエリアはそれを認めなかった。


確かに、最近は休んでいない。いつもと同じ予定をこなしながらクレアと交代で来希を護衛しているし、他の仕事もやらなくてはならないので睡眠時間は削れていた。


それでも疲労は感じていない。一日や二日程度、休まなかったからといって壊れるほどリエリアの体はヤワではなかった。


「心配していただかなくとも結構です」


妙な対抗心からそう口走ってしまう。そして先ほどの苛立ちが、その一言にトゲを含ませた。それに気付き、再びしまったと思って来希を見る。


彼は落胆と諦めの入り混じった、複雑な表情を浮かべていた。


「そう……」


来希はどこか納得したような様子で呟き、リエリアに背を向ける。その背中には哀愁の念があった。


「もういいよ」


拒絶の言葉。関係が閉じられるのを告げる、リエリアの嫌いな言葉だ。頭を殴られたような錯覚に囚われ、彼女はその場に立ち尽くした。



二時間ほどの仮眠をとったクレアは軽い食事を済ませてから、リエリアと交代するため、王宮の廊下へ向かった。


魔族がなんらかの干渉をしてくる可能性を考慮しての事だ。来希が勇者である以上、暗殺や誘拐の危険は常にある。


夜空には月が顔を見せている。あと何日かすれば、満月になるだろう。夜風が通り過ぎ、眠気の残滓(ざんし)を持ち去っていく。


欠伸を噛み殺し、体を伸ばしながら目的地に着くと、リエリアが難しい顔で待っていた。彼女が厳しい顔をしているのは特に珍しいことでもないので、クレアは気にしなかった。


「クレア……」


低い声で名前を呼ばれ、クレアは肩を震わせる。リエリアは予想より思い詰めていたらしい。


「ど、どうした?」


顔を引きつらせ、クレアが尋ねると、リエリアは今日の出来事をポツポツと話し始めた。


「要するに、ライキ殿と喧嘩したのか」


本来はもっと複雑で有機的な事情があったのだが、クレアはそう結論付けた。長い説明を一蹴されたと思ったのか、リエリアが睨んでくる。


「ふむ……」


リエリアから相談されるのは珍しい。彼女は非常に見栄っ張りでプライドが高いからだ。加えて、最近は二人の関係に色々と問題があったため、疎遠になっていた。


まだ嫌われていなかったらしい。そう思うと、クレアは少しばかり嬉しくなった。


「騎士という立場に縛られ過ぎなのではないか?」


「む……」


なにか問題があるとすれば、リエリアの使命感、責任感だろう。来希の方にも問題があるのだろうが、結局のところはそれしかない。リエリアの頑なな態度が、二人の関係に軋轢を生じさせているのだ。


「だが……。私は騎士で、騎士とは己を律する者の事だ」


それが当たり前である。主人のための剣となるのが騎士だ。そのためには様々な枷を自らに課さなくてならない。


「そうだろうが、それは我々の理屈だろう。それをライキ殿に押しつけているのではないか?」


「それは……」


必要以上に親密になってはいけない。それは最初に習うことだ。規則があるわけではないが、優秀な人間ほど、その手の固定概念に縛られる。


実際、過去には情を優先しすぎるあまり、主共々破滅した騎士もいた。それも、無視できない数。


だからといって、リエリアが勝手に定めた距離感を来希に押しつけるわけにもいかない。それこそ破滅への道だろう。


「私は……ライキ殿と、どういった関係になれば良いのか分からん」


一応、主従関係の(てい)を成してはいるが、そこに金銭的なものはない。あくまで勇者と、それを守る騎士。その関係を崩したくないのだ、少なくともリエリアの方は。


来希の方はリエリアに何を望んでいるのだろう?


ただ仲良くなりたいのか、それとも、もっと深い部分で繋がりを持ちたいのか。彼と数回しか会ったことのないクレアには分からない。それはきっと、リエリアも同じだろう。


「一度、しっかりと話し合った方が良い。ライキ殿がどのような考えを持っているか、それを確かめる必要がある」


「そう、だな」


クレア自身もそうだが、リエリアには無愛想なところがある。二人共、幼い頃から優秀で、己の鍛練に腐心していたからだった。クレアにはその自覚があったが、リエリアは怪しい。


今になって人間関係に苦労するのも変な話だが、これは必要な過程なのだろう。クレアは微笑ましく思った。



暗い倉庫の中。少女は立っていた。


「やはり、今回の作成には問題が多いのではないのでしょうか」


少女は言った。話し相手の姿はない。水で満たされた杯があるだけだ。


「必要な事だ。それは前にも説明しただろう? アレット」


杯から若い男の声が響いた。少女──アレット・デュプレはその言葉に戸惑いながら、


「ですが……」


「我々は正義を為す者だ。そのためには多少の犠牲もやむを得ない」


「………」


アレットは視線を下げた。街中で活動を起こせば、市民にも被害が出る。アルメイア人は嫌いだったが、そこまでする気にはなれなかった。


「被害を出したくないのなら、君の手でそれをすればいい。それだけの力を、君は持っているだろう?」


少女はハッと頭を上げた。それは男の言葉が真実だったからだ。彼女は後ろを振り向き、一体のゴーレムの姿を視界に収める。


「……そうだ。その<アヴェンジャー>と君なら、どんな相手とだって戦える──」


その言葉はアレットの耳に心地よく響いた。自分は信用されている。頼りにされているのだ。そう信じて疑わなかった。


「──勝てるだろう? アレット」


「……はい」


確かな決意と僅かな陶酔を胸に、アレットは頷いた。<アヴェンジャー>。暗闇の中に佇むゴーレムだけが、そのやりとりを見下ろしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ