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屑鉄機械劇場  作者: 椿
13/67

5ー2

小人が飛び掛かってくる。獰猛な笑み。体長は一メートルもない。とても小柄だ。それなのに、体格差が圧倒的な来希に挑んでくる。


この愚直さ。なにか隠し持っているのではないか。そんな疑問が生まれ、それは怯えに変わる。全身の筋肉が硬直し、来希をさらに緊張させた。


「くっ……」


それでもやれると思った。右手に持った剣を引き寄せ、迎撃の体勢を整える。筋肉を引き絞り、斬撃を放とうと──


来希の眼前で小人の体が切り裂かれる。四肢が空中で離れ、飛び掛かった勢いのまま来希の横を通り抜けていった。


僅かな体液は来希にかかる直前で霧散し、風によっていずこかへ運ばれていく。来希は顔を引きつらせ、自分の騎士を名乗る少女の方を向いた。


「あのさ……」


声にはいまいち張りが無い。怒りは湧かなかったが、この空虚な心をどうすればいいのか、そしてこの少女がなにをしたいのか、まったくわからなかった。


「はい?」


リエリアは人差し指を立てたまま、不思議そうな表情を浮かべている。自分がやった行為がどれだけ残酷かつ余計なものだったのか理解していないようだった。


「いや、ちょっと疑問に思ったというか……ね」


「なんでしょうか?」


「リエリアってさ、俺のこと嫌い?」


来希は自分の顔面の筋肉が痙攣していることに気付いた。こんな経験は初めてだ。どれだけ彼女のやったことがえげつないか、如実に表している。


男は誰だってロマンチストなのだ。だから少年マンガのような展開に憧れるし、そういう状況になれば命だって賭ける。


馬鹿な生き物かもしれないが、それは人間が共有している数少ない精神的美点だと来希は信じていた。ヴァンプスと共感したのはそういった部分だ。


男という生き物は特定の状況下であり得ないほどに興奮する。それは美少女と共に危険な戦場を駆け抜けたり、カッコいいロボットに乗れと言われたり──ともかく、そういう状況だ。



剣や魔法の世界に来たのが引き金となったのか、来希は心の内にある、その手のデリケートな部分が大きくなっていた。


だからこそ気分が高揚するし、それはやる気にも繋がる。それなのに、何度かぶち壊されていた。他でもない、この少女によって。


なんというか、リエリアという少女は男がノリノリになる状況を(無意識に)破壊する悪癖があるようだった。とても看過できない。こんな事がこれ以上続いてもらっては困る。


早急に異議申し立てをしなくてはならない。


「私がライキ殿を嫌っているなど。特にそんなことはありません」


その口振りには「好きでもなければ嫌いでもない」という雰囲気が籠もっていた。来希は怒りを忘れ、しょんぼりとする。


好意の欠片くらい、見せてくれたって良いではないか。


(そうか。そうだよな……)


思い返せば、自分は何一つとしてカッコいい事をしていない。


ぬるま湯に浸かって調子に乗った挙げ句、彼女の態度に苛立ちを覚えるような、そんな小さい男でしかなかった。


これで逆に好かれていたら、それこそおかしな事態だろう。普通に考えれば洗脳を疑われても不思議ではない。


気を取り直して、来希はいつのまにか力を失っていた足を叱咤し、立ち上がる。


「再開しよう。魔物の倒し方、教えてくれる?」


「はぁ……」

「もうホント、なんでも言うこと聞くから」


「ライキ殿……?」


彼女からの信用を得なければならない。これは最優先事項だ。まだまだ挽回はできる。


「さ、行こう」


千変万化する来希の様子に戸惑っていたリエリアだが、頷いた。


「まず、初めて相手をする魔物の場合、接近戦は極力避けてください」


「なにをしてくるか分からないから?」


「はい。敵の間合いを計り、常に有利な位置取りをする……これは戦術の基本。どんな相手と戦う場合でも、変わらないことです」


「なるほどね……」


嫌がらせに集中すればいいということだろうか?


確かに、魔物に対して真っ向勝負をしようとは思わない。来希は元いた世界でプレイしたことのある、ハンティングアクションゲームを記憶から引っ張りだす。


「要は、ヒットアンドアウェイが大事ってことだよね?」


リエリアは頷き、


「各種魔法を利用して、敵の弱点となる部位や属性を知るのも大切です。知識さえあれば、作戦立案の助けになりますし、魔力を使った奥義の基礎にもなるでしょう」


リエリアからすれば、魔物程度は自分の技を試すだけの相手なのだろう。


ヴァンプスと剣を交えたからわかるが、力任せに襲ってくる魔物よりも、鍛え抜かれた技能を駆使してくる人間の方が遥かにやりにくい相手だ。

「ライキ殿の世界には、身近に戦いが無かったのでしょう?」


次なる魔物を探して歩いていると、リエリアが尋ねてきた。


「いや、俺の住んでた国には無かったけど、やっぱり戦いはあったよ。なんでいきなり、そんなこと訊くの?」


「いえ、戦いが身近に無かったのなら、最初の殺しは魔法の方がいいと思います」


「……?」


「剣でやると、感触が手に残りますから」


その言葉には残酷な響きがあった。魔物でもなんでも、動く物を殺したなら、きっと酷いショックを受けるだろう。


来希は前を歩くリエリアの背中に、この世界の現実を見た気がした。



いつもの酒場。シルヴァは杯を傾ける。辺りを取り巻く喧騒の渦に、氷同士のぶつかる音が溶けていく。


テロリストが潜伏していたという情報をくれてやったのに、騎士団の対応は満足のいかないものだった。


増員はされるだろうが、それに力を割いている余裕も無いように見える。魔物の大量発生の対応に追われているのだ。サボっていたツケがここに来て苦しいものになっている。


大型の魔物が増えているため、死人の数も無視できないものへとなっているだろう。破壊されるゴーレムの数もだ。


ヘルトロイトは安全な街である。工業の中心地なのだから当たり前だ。今までの記録から危険度の低い地域が選ばれ、国にとって重要度の高い場所となる。


だが、だからこそ、この街の警備体制はお世辞にも頑丈とは言えない。


大型の魔物が現れないということは、それに対抗するためのゴーレムも必要最低限しか用意されていないということになるからだ。


強盗や暴行、それにテロなどの、人を相手にする仕事なら慣れているだろうが、通常装備では太刀打ちできない敵──例えばオーガやゴーレムといった物が出てくれば、為す術が無い。


「………」


嫌な予感がする。


あの少女が放った言葉には確信が込められていた。他にも遠隔制御用の札がないかと調べて回ったが、他には無かった。


なら、あの少女の標的は自分だったのだろうか?


シルヴァはグラスを揺らしながら考える。この街の騎士団は無能ではない。魔物相手には怠け者でも、相手が人なら違う。


大規模攻勢が仕掛けられるなら、少数によるものになる。なんらかの手段でゴーレムも持ち込んているかもしれない。


(……どうしようないな)


この街の騎士団員はゴーレムの操縦資格を持つ者が少なく、練度も低い。奇襲を受けた場合、それから立ち直るまでにほとんどの器体が行動不能になるだろう。


「……んー」


考えれば考えるほどに嫌な結果が湧きだしてくる。


シルヴァがテロリスト側の人間だったとして、ゴーレムが一体あればヘルトロイトを(短時間なら)制圧できる自信があった。


以前に倒した三人組も無関係だとは思えない。大方、騎士団所有のゴーレムがどこに格納されているだとか、自分達のゴーレムはどこに隠そうだとか、そういった目的があったに違いない。


他にも気になることはあるが──


鐘の鳴る音が響く。非常事態を知らせるものだ。驚きと戸惑いが波紋となって街全体に広まっていく。それは津波へと変わり、平穏を跡形もなく流し去っていった。



シルヴァは立ち上がり、くしゃくしゃの紙幣をテーブルの上に放る。少し多いが構わなかった。小銭は持ち歩かない主義なのである。


「………」


異変が起きている。魔物の大量発生といっても、街の住人は取り乱したりしなかった。例年より雨が降る程度の認識だったのだろう。今ではそれが崩され、危機感をあらわにしている。


生活が壊れるかもしれないという恐怖と、自分だけは死なないという根拠の無い自信。その他にも幾つかの感情が混ざりあい、賑わっていた街なみは混沌の坩堝(るつぼ)と化していた。


シルヴァの皮膚はその空気を敏感に感じ取り、慣れ親しんだ場所に帰ってきたことを脳に伝えた。


笑みなど湧かない。腰に提げた安物の剣がカチャカチャと音をたてる。


これでいい。


ただ、そうとだけ思った。



電撃が奔り、小人が倒れる。小さな体を痙攣させ、悶えて息絶えた。


来希の放った魔法が直撃したのだ。火球では山火事になるからという彼の配慮である。


これで一六体。初陣にしては多過ぎるほどの数だ。リエリアは辺りを注意深く見渡す。空気が淀んでいた。数体倒したところで十分だと思い、引き返している道中なのだが、森の様子がおかしい。


魔物の出現スピードが加速度的に上がっている。


(これは都市機能に影響を与えるな……)


既に森の出口付近だ。にも関わらず、魔物の勢いが衰えない。今晩中に掃討部隊を編成しなければならないだろう。シルヴァもクレアもいない状況だ。リエリアは歯噛みした。


日も暮れ、赤くなった空が森に不気味な印象を与えている。妙な迫力に来希も圧されているようだった。


地面が盛り上がる。一つや二つではない。数えきれないほどに、いくつも、いくつも。


剣を抜こうとした来希を制し、リエリアは腰から小振りの杖を取り出す。厄介な状況だ。大事になる前に、出来るだけ数は減らしておきたい。


「ライキ殿は下がっていてください」


リエリアは目を閉じ、森全体に魔力を広げる。杖がアンテナの代わりになり、制御のアシストをした。大規模魔法による飽和攻撃なら楽なのだが、そう簡単にはいかない。


まだ森に人がいる可能性があったし、自然破壊は避けたかった。


脳に情報が流れ込んでくる。生命反応は四つ。死体の反応は──八。なんということだ。犠牲者が出ている。新米の冒険者か、自主鍛練中の騎士だろう。


地面に穴を作り、小人が現れる。動きを止めているリエリアに狙いをつけたらしく、醜い笑みを浮かべた。


迎撃しようとする来希をもう一度止めてから、不完全な魔法を使用した。自分の身が危険に晒されている事はどうでもよかった。森の生存者の保護が最優先だ。


森に強風が吹く。木々が揺れ、葉が天に舞い上がり、空を暗くした。だが、それだけだ。風力だけで言うならば、それは常識的な範疇だった。


常識的でないのは、その後の出来事だ。


今まさにリエリアを襲おうとしていた小人が八体、その動きを止めている。まるで金縛りにでもあったかのように。


やがて、頭の、手の、足の先から崩れていく。死んだ証拠だ。リエリアの魔力が生んだ風は、この森に存在する魔物を根こそぎ消し去っていた。


風は研ぎ澄まされ、鋭利な刃物となって吹き荒れた。その切れ味は凄まじく、四肢を落とす事すら許さない。ただただ、彼らの命の灯をまとめて吹き消した。


その風は魔物を一○○○体近く殺し、目の前にある森、半径五キロを支配した。


だが、またもや増えてくる。リエリアは舌打ちした。空を見上げる。


まだ明るいというのに、月がうっすらとその姿を晒していた。



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