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屑鉄機械劇場  作者: 椿
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第五話 影

やはり怪しい。街をうろつきながらシルヴァは思った。


捕まったテロリスト三人組は騎士団からの事情聴取で色々な事を喋ったらしく、隠し持っていたゴーレムが一体、発見された。


非常に悔しい。


はっきり言って、そのゴーレムが欲しかった。何故あの時、三人組を締めあげてそれを吐かせなかったのか。後悔は尽きない。


お腹が空いていたのもあった。眠かったのもあった。拷問という手段があまり好きではないというのもあった。


(こういう所が大成できない原因なんだろうな……)



自嘲的な笑みを浮かべ、シルヴァは自己嫌悪に浸る。最近は良いことがまったく無い。


神は再現できないわ、ゴーレムが手に入らないわ、無愛想な眼鏡っ娘に睨まれるわ。


いったい、自分が何をしたというのだろう?


こんなにも毎日、清く正しく生きているというのに。信じられない。いい加減にして欲しかった。


そんなこんなで、眼鏡っ娘の来襲から一週間が経過している。


シルヴァがやってきた事といえば、日に日に増えていく魔物を退治したり、街をうろついてテロリストを探したり、街のチンピラをボコボコにしたり、酒場で飲んだくれたり、酒場で言い争いを始めた連中をボコボコにしたり、色々である。


昼間から入り浸っているためか、酒場の連中ともすっかり仲良くなった。なんだか駄目人間の階段を駆け上っているような気がするが、きっと気のせいだろう。


一年一善を宗としているのだから、駄目人間になどなるはずがない。あり得ないことだ。


そんな事を考えながら歩いていると、怪しい人影が映る。嫌な匂いを放っているので、おそらくは当たりだろう。


同じように気配を消し、尾行する。今度は二人組らしい。


しばらく暗い路地を進んだところで、二人組は立ち止まる。しゃがみこみ、何かを仕掛け始めた。怪しげな呪文が聞こえる。


(時代遅れだな……)


二人組は建物の壁に札を貼りつけ、まじないを唱え続けていた。札も呪文も、今ではほとんど使われていない技術だ。


何より、札が貼りつけられた建物がまずい。ツァーリンという可燃物の生産工場だ。


今度は目的を聞き出している暇は無い。やむを得ず、剣を抜いた。足音を殺して近づく。昏倒させるだけでいい。


「ちっ……!」


視界の端に異変。何かがパラパラと落ちてきた。屋根の上に蓄積していた埃だった。つまりは頭上で何者かが動いたということ。このタイミングでだ。


殺気。


咄嗟に飛び退いて躱す。上から誰かが降ってきた。


「へえ。やるじゃん」


挑発的な声。視線を向けると、地面に右拳を埋めた少女の姿があった。淡い青色の髪に、長くスラリとした体躯。顔立ちは整っていたが、どことなく男性的な空気を纏っているように思えた。


「さすがはアルメイアの騎士様ってやつ?」


「…………」


「ああ、"元"だったっけ?」


それは明らかな挑発だった。しかし、シルヴァは少女の方を見ていない。彼女の背後にいる二人組の動きだけが気になっていた。


妨害がしたいが、この位置関係では難しい。路地は狭く、少女の武器は体術。つまりは体そのものだ。剣で相手をするのは辛い。


相手の力量がはっきりしない状態で突っ込めば返り討ちに遭う可能性もある。彼女の狙いはそこだ。


「……なにが狙いだ?」


沈黙を破り、シルヴァは口を開いた。彼女の意識を逸らさないことには始まらない。


「そんなの知ってどうするの?」


「………」


「有名よ? アルメイア軍のファースト・ナイツを追い出された変わり者。シルヴァ・ウィンチェスター」


大人っぽい外見のわりにお喋り好きらしい少女が言葉を紡ぐ。美少女が自分に興味を抱いていることは嬉しい事のはずだったが、今のシルヴァにそんな余裕はなかった。


「そんなあなたがなぜ? ヘルトロイトが吹き飛ぼうが、今のあなたには関係ないでしょう?」



「決まってるだろ。嫌がらせだよ。俺は気に入らない奴が泣き喚くのが好きなんだ」


「へえ……」


少女が嗜虐的な笑みを浮かべる。それは彼女が最初に見せた本当の表情だった。


「──私と一緒」


声が後ろから聞こえる。気配もだ。拳が打ち出され、空気が震えるのを背中が感じ取った。


シルヴァは僅かに腰を捻る。わき腹のすぐ横を拳が貫いていった。必殺の一撃を躱された少女が背後で驚くのがわかった。


シルヴァは剣を横薙ぎに振るう。圧縮された魔力の塊が放たれ、二人組を弾き飛ばす。初歩的な技で、威力も低い。致命傷は与えられていないが、気絶まではいっただろう。その手応えがあった。


一瞬のうちに距離を取り、


「どうする? まだ続けるか?」


剣呑な目を向けてくる少女に言った。彼女の拳を覆っている手甲は電撃を帯び、暗い路地を照らしている。


反対にシルヴァの方はというと、剣が先端部からボロボロと崩れ落ちていく。崩壊は半ばで止まったが、もはや使い物にならない。


それでも少女は攻めあぐねていた。苦もなく先ほどの一撃を躱された事を警戒しているのだろう。利口な判断だった。


彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らし、


「今回は見逃してやるよ。あんた、魔力があんまり使えないみたいだし」


屋根の上に跳ぶ。戦闘は終わりらしい。口調が少し変わっているのが気になった。


「アルメイアの首都で近々、大きな事が起きる」


「なに……?」


「勇者へのお祝いパーティーらしい。ざまあないね。ふんぞり返っているからこういう事になる」


やはり、少女はアルメイアに不満を持つ人間の一人のようだ。言葉の中から嫌悪が滲み出ている。


「この街でもそうさ。あんたも、今日みたいにいくと思うな」


「また俺と戦うのか? やめておけ。心に傷を負う事になる」


こちらを見下ろす少女の顔が怒りに歪んだ。


少女はまた鼻を鳴らし、右腕を振るった。二本の短刀が空中を走り、転がっている二人の首に突き刺さる。


「あんただけは、私が殺す。覚えときな」


少女はそう言い残して消えた。シルヴァは剣を収め、頭を掻く。


仕掛けてきたのは向こうなのに、なぜ殺意を抱かれているのだろう? これはあんまりではないのか。負けず嫌いはこれだから困る。


「ろくな女がいないな……」


嫌々と言った。頭を振り、踵を返す。問題は伝えておかなくてはならないだろう。取り合ってもらえるかはわからないが。



「ライキ殿も外に出てみる時期でしょう」


事故から一週間が過ぎ、ゴーレムの扱いにも慣れ始めた頃のこと。訓練を終えた来希にリエリアが言った。


「え、マジで?」


「まじ……?」


「あ、いや。本当に?」


首を傾げるリエリアに訂正し、来希は考えた。外に出る。すなわち、魔物と戦うということだろう。


剣も魔法も、基本はマスターしたと自負している。ゴーレムの方はまだ走ったりできる程度だが、それも近いうちになんとかなると思っていた。


時期が来た。そう感じる。


すぐにでも戦いたいというのが本音だが、心のどこかで尻込みしてしまっている自分がいる。夜の山で小人に襲われた時のことは忘れていない。


それを払拭し、なおかつ自分の力量を知るためには、戦場に出るのが一番だ。


「それっていつから?」


「ライキ殿のお好きな時で構いません。ヴァンプス将軍から合格の報せは届いていますので」


来希はヴァンプスの目の前で大事故を引き起こしたのだが、それでも合格らしい。どういう審査規準なのか知りたかったが、今はそれどころではない。


「じゃあ、今から行こう」


「は……? しかし」


リエリアは深紅の瞳を驚きに丸くする。珍しい表情だった。


「こういうのはなんでも早いのが一番なんだよ。それとも準備とかある?」


「いえ。ですが、よろしいのですか?」


「良いよ。俺も色々と試したいことがあるし」


来希は強い意志を込めて言った。長く缶詰めにされていてストレスも溜まっている。なにより、誰が悪いというものでもないのだろうが、自分を取り巻く環境にも、少し息苦しさを感じている。





場所は変わって、森の中。王宮から五キロほどの所だ。街へと繋がる大きな一本道がある他は鬱蒼とした光景が広がっている。


交通の要所なため人通りも多いが、森は深い。奥に魔物が潜んでいるということも十分に想像できた。


握る手の中に汗が滲む。深い緊張と興奮が来希を圧倒していた。試合の前にも、こういう感覚になることがある。


自分の技能を発揮したいという欲求と、それが通用しなかったらという不安。それは複雑なものとなり、頭の上でとぐろを巻いている。


来希はなんとなく、腰に提げていた剣の柄を触った。訓練でいつも使用していた物だ。これまではセーフティが掛かっていたが、今は違う。


馴染んだ感触と重みが来希の心に安堵の風を吹き込んでくれる。とても頼もしかった。


目の前を歩いていたリエリアが立ち止まる。


「この辺りがいいでしょう」


その言葉が合図となったかのように、地面がボコボコと音を立てた。魔物が現れる合図だと、リエリアから教えられている。


迷いや不安を吹き飛ばすように、来希は剣を抜いた。木々の間から射し込む光が反射し、輝く。


行ける。そう思った。


体の奥底から魔力が沸き上がり、全身を包む。それは剣にも伝播し、淡い光を生んだ。今までにはない現象だ。セーフティがないと、こういうふうになる。


土の中から見知った小人が現れた。武器は持っていない。しばし辺りを見回し、二人の姿を認めると、大きな口の端を吊り上げた。


──来る。


小人が弾丸のように飛び出し、来希に襲い掛かってきた。

今さら思ったんですが、この小説って全然ロボットが活躍してないですね。



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