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人とは弱く、不器用な生き物である。
その身に魔力という武器を内包していても、それを自由には扱えない。そのため、魔力を操る術を長い間、研究してきた。
その過程で"マナ"を使った魔法が編み出され、その技術は剣や槍、弓といった武器にも応用されるようになる。
今では剣はただの研ぎ澄まされた鉄の塊ではなくなり、人が魔力をより繊細に扱うための道具といった側面も持つようになった。これを"魔導拡張器"と呼ぶ。
「へー」
来希は間の抜けた声で相槌を打った。リエリアからの教習の時間である。この世界の知識を学ぶためのものだ。
普段は真面目に聞いているのだが、今日は少し違う。真夜中から鍛練をしていた来希は、リエリアからこっぴどく叱られていた。
修練場を許可なく使用したというのに加え、不完全な体調のまま剣を振り回していたのが悪かったらしい。あんなに怒られたのは生まれて初めてだった。
確かに、ただでさえ魔力が暴発して気絶した直後なのだ。なにが起こっても不思議ではない。もしかしたら死ぬ危険もあった。
だが──
(あんなに怒らなくても……)
どこか釈然としない。危険だったかもしれないが、勇者たる者、強くあるべき。そう言ったのは他でもない、リエリアの方なのだ。
少しくらい危ない橋を渡らなければ、強くなどなれない。こんな環境では危険に鈍感になってしまう。自分のとった行動が本当に間違っていたのか、良く分からなかった。
「………」
みっともない反抗心が来希の胸に渦巻く。不貞腐れているのが自分でもわかったが、それを直そうとは思わなかった。
「ライキ殿。私の話を聞いていますか?」
「武器の材質によって魔力の伝導率が変わってくるんだろ。聞いてるよ。ちゃんと」
物によって性能が変わるなど、そんなのは当たり前ではないか。少し考えれば分かる。どうも、目の前の少女が自分から剣を取り上げたいように思えて、来希は唸った。
「俺は大丈夫だよ。検査でだって問題は無かった」
「………」
「過保護過ぎるんじゃないの?」
来希の質問にリエリアは苦々しい表情になった。痛いところを突かれたと思っているのだろう。それを見て、来希は溜飲が下がったのを感じた。
この環境は非常に過ごし安い。食べ物は美味いし、皆が良くしてくれる。自分の力がみるみる上がっていくのも楽しかった。それは事実だ。
だが、やはり虚しい。
大して必要とされてもいない、貼りぼての勇者。籠に入れられた鳥のような生活を強いられ、少し勝手な事をすれば怒鳴られる。
こちらにも悪いところはあるが、やはり憤りは募っていく。
自分のやりたい事は自分で決めろ。そう言ったのは誰だ? リエリアである。
来希は不機嫌なまま、時間が早く過ぎるように願った。
◇
リエリアは来希との関係に苦心していた。相手にはこちらの世界の常識が通じず、こちらには相手の常識が通じない。
それでいて、この世界の慣習や様式を押し付けるのだ。どうにも、罪悪感が生まれてしまう。
だが、イエスマンに徹するのも危険な行為だった。勇者とて聖人ではない。怒りや慢心に支配されることもあれば、ぬるま湯に溺れることもある。
勇者というのはそれほど複雑かつ重要な役職なのだ。だからこそ、リエリアは強いプレッシャーを感じていた。
来希の未来は、自分の行動や態度次第なのだと思うと重い責任を感じる。
(だが、やはり向いてないのかもしれんな……)
堅物だということは、リエリア自身が一番良く知っている。なんでも規律優先だし、禁欲主義者の自分の相手をしていたら誰だって息苦しくなるだろう。そんな自信があった。
「………」
「………」
不機嫌な来希と自己嫌悪に沈むリエリア。二人の間に生まれた重い沈黙は、ヴァンプスが現れるまで続いた。
◇
「駄目だ……」
シルヴァは絶望的な気分になった。その蒼い瞳は一点を見つめている。
鍋だ。
前日、山の中で神に出会ったシルヴァは、謎の中毒性を持つソースの開発に精を出していた。
あれが再現できれば、間違いなく大儲け……ではなく神の存在を大陸全土に布教し、熱心な信者を獲得することも可能だ。
そうなれば毎日ゴーレムの値札を見て、ため息をつくこともない。欲しい物がいくらでも手に入る。
(あのソース……)
もっとも重要で外すことも妥協することも許されない要素だ。逆に、これさえ再現できれば後は楽になる。
パンと野菜は問題ない。ひき肉などいくらでも誤魔化せるだろう。多少、変なのが混じっていても気付かれないはずだ。
やはりソースが難しい。かつてない難敵だ。成分表も無い上に、頼りになるのは記憶と味覚だけ。これはもう不可能に近い。
シルヴァは雑念を払うように頭を振った。弱気になっている場合ではない。一刻も早くソースを完成させなくては。
「…………」
記憶を呼び起こす。あの甘味と酸味は恐らく果物のものに違いない。そこまでは簡単だ。だが、その先がとても難しい。
「あのコクは一体……」
今までの記憶の中に該当する食材はない。調味料もだ。
まさしく未知の味。理解の及ばない、とても遠くにあるような、そんな味だ。
「くそ!」
まな板の上に拳を振り下ろす。衝撃で包丁が宙に浮いた。
このままでは終わらせない。否、終わらせられないのだ。
シルヴァが妄執に取り憑かれているていると、部屋の扉をノックする音が響いた。
「なんだ?」
チェーンは外さないまま、扉を開ける。シルヴァの使っている部屋は中々に高級な一室だ。尋ねてくるのは訪問販売の類ではないだろう。
「お忙しいところをすみません。少しお話が」
隙間から少女の顔が覗く。眼鏡を掛けており、両手にはなにかの書類を持っていた。そして胸には鳥をかたどったバッジ。
ギルドの人間だ。
「結構です」
シルヴァは扉を閉めた。ギルドの勧誘に乗るつもりはない。
「いえ。勧誘ではなく、違う件でのお話が」
扉の向こうから硬質な声が聞こえる。シルヴァは何故か、短い金髪に紅い瞳の少女を思い出した。
「違う件?」
「はい。依頼です」
受ける側のギルドが依頼とは。興味を惹かれ、シルヴァは扉を開けた。
「で、依頼ってのは?」
「ウィンチェスター殿は鎧人形を欲しているとか」
「ああ」
「こちらでそれをご用意しようかと思いまして。……これを」
少女が持っていた書類をテーブルの上に置いた。
シルヴァはそれを取ろうとして、手を止める。どうも嫌な予感がした。悪い事に巻き込まれそうな。
「なにか?」
「……いや」
少女からの無言の圧力を受け流し、書類に目を通す。高級な羊皮紙に金粉がちりばめられた、正式な委任状だ。ご丁寧にギルド最高権力者の印まである。
「"ガーベラ・ポート"?」
それは他国の有する傭兵部隊の名前だった。委任状には傭兵部隊への加入の依頼と、用意するゴーレムの器種が表記されている。
「<ライン・ラーク>って三○○年近く前のゴーレムだろ。馬鹿にしてんのか」
「性能は<グローリー>と比べても遜色ないはずですが」
「骨董品なんか使う気にならないって言ってんだよ」
「その鎧人形は骨董品ではありません。使い手によっては、現行のどんな器体をも凌駕する性能を発揮できるでしょう」
「どういう意味だ?」
「これ以上はお話出来ません。依頼を受けて頂けるなら別ですが」
眼鏡の少女がしれっと答える。中々の交渉力だ。シルヴァは顎に手を当て、黙考する。
「ふむ……」
悪い話ではないだろう。委任状に書いてある傭兵部隊に変な噂は無いし、与えられるゴーレムも──性能は別として──希少価値の高い有名な器体だ。
「良い話すぎるな」
「こちらは誠意を示しているだけです。ご不満な点でも?」
「いや……」
無い。ギルドへの登録もしなくていいし、契約に記載されていない事態に巻き込まれた場合──例えば盗みや虐殺への加担を強いられたり──は、その関係を解消することもできる。
あまりにもうまい話だ。
(……いや。違うのか)
傭兵部隊への加入が主目的だと思っていたが、本当はゴーレムの方が大事なのではないか?
そう考えれば納得できる。
三○○年前の骨董品だが、中身が違うのかもしれない。だからこそ、信頼の置ける使い手を、同じく信頼の置ける場所に配置したいのではないのか。
少女を見る。その顔が少しだけ険のあるものへと変わった。
「保留だな」
「……他の人へ流れるかもしれませんが、よろしいのですか?」
「俺以外に出来る奴がいるのか?」
「…………」
少女が押し黙る。図星だ。シルヴァは自分の考えが正しかったと確信し、同時に彼女から嫌われたことも確信した。
「どちらにしろ、いま受けている仕事を終わらせてからだな。でなきゃ、俺はここから動けない」
受けた仕事は放り出してはいけないのだ。これはシルヴァの数少ないポリシーの一つである。
「別に、今すぐじゃなきゃいけないってわけでもないんだろう?」
そう付け加えると、眼鏡の少女はため息を吐いた。
「わかりました。では、答えは保留ということで」
シルヴァはソファーから立ち上がり、扉を開ける。
少女は部屋から出る直前、すれ違う瞬間に睨み付けてきた。どうやら負けず嫌いな性格らしい。
「こわ……」
どうしてこうも、自分の周りには性格のキツい女性ばかりなのか。
たまには、おしとやかで慎ましい女性と会いたい。いや、そんな人はもう絶滅してしまったのかもしれない。悲しい事だ。
シルヴァは頭を振り、ソース作りを再開した。




