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屑鉄機械劇場  作者: 椿
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プロローグ

月下。


枯れた地面を太い足が踏みしめる。その重みは大きな揺れを起こし、しばらく水を吸っていない大地はバキバキと悲鳴をあげた。


生じた亀裂の上。巨人が立っていた。体長は八メートル程。四肢は太く、鎧のような筋肉に覆われている。巨人──オーガは雄叫びをあげた。大きく開かれた口には汚く、不揃いな歯が並んでいた。唾液が飛び散り、痩せた土に悪質な水分を与える。


オーガは殺意を剥き出しに、右腕に持っていた大剣を掲げた。殺すぞという合図だ。オーガの濁った目は前方を向いている。


殺意の矛先を向けられた相手──こちらも巨人だ──は大気を震わす咆哮にも動じた様子を見せない。それどころか、その巨人にはおよそ表情と呼べるものがなかった。


身長はオーガとほぼ同じ高さだが、その四肢はスマートで、ある種の力強さを感じさせた。その体は皮膚ではなく、白銀に輝く金属板に覆われている。


月光に照らされた姿は、まさしく鋼鉄の巨人。頭部の顔にあたる部分から、グリーンの光が漏れだしている。


二体の巨人は睨み合いの形で動きを止めていた。オーガの方には間合いを計るなどといった戦術的な考えは無いようだった。


乾いた風が吹き、月が雲に隠れる。視界から光が失われた瞬間、両者がほとんど同時に動いた。巨体が砂を巻き上げ、猛烈なスピードのまま激突する。

体格ではオーガに分があり、その剛腕は相手の細い手足を容易くへし折る勢いで振るわれた。


だが──


巨人が身を沈め、オーガの懐に潜り込む。その上を大剣が薙いだ。あまりの威力に風圧だけで地面が裂ける。そして次の瞬間、オーガの巨体が宙を舞った。鈍重な体が回転し、地面に叩きつけられる。


轟音。オーガの手から大剣が零れ落ちる。何が起こったのか理解できないらしく、オーガは小さな脳を懸命に動かした。


分からないという答えを出す間もなく、オーガの視界が巨人の姿で支配された。その時やっと、オーガは自分が得物を取り落としていた事に気付く。相手の巨人がその大剣を持っていたからだ。



巨人が大剣を振り下ろす。再び轟音が響き、オーガの頑強な肉と骨を一撃で破壊した。血が吹き出す。胸に身の丈ほどの剣が突き立てられているにも関わらず、オーガはじたばたともがいていた。必死の形相。迫りくる死への恐怖より、痛みを与えてくる相手への怒りが勝っているようだった。


巨人はおもむろに剣を引き抜き、オーガの眼前まで持っていく。そして手を離した。剣先が顔面に沈み込み、その頭部を二つに分ける。休むことなく動いていた手足は力を失い、その生命力が尽きた事を示した。


オーガからは一滴の血も出なかった。死体はたちまち風化し、灰に変わる。後に残ったのは灰の山と、深い闇色の石。鋼鉄の巨人は片膝を突き、その石を右手に取った。


直後、巨人の胸が開く。空気が抜ける音と共に、周囲の風景がほんの一瞬だけ揺らいだ。巨人の中から一人の少年が現れ、地面に降り立つ。


黒い髪に黒い服。その風貌からは暗い空気が滲み出ていた。少年は灰の山に歩み寄り、右手でそれを(すく)う。一陣の乾いた風が彼の頬を撫で、灰の山を削っていった。


空中に渦が生まれ、それを見た少年は蒼い瞳を細める。左手で髪を掻き上げ、息を吐いた。巨大な敵を打ち倒した事に関して、特に何かを思っている様子は無い。


少年は右手に握っていた灰を風に流し、巨人の懐に潜り込んだ。開いていた装甲が閉じる。ほんの一瞬だけ、周囲の空間が歪む。巨人が立ち上がった。金属の軋む音。駆動音の類は一切無い。


巨人が天空を見上げた。光が射し込む。雲が裂け、月が顔を出した。その輝きから逃げるように巨人は月光に背を向け、歩いていく。


後に残されたのは突き立てられた大剣と、小さくなった灰の山だけだった。

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