固定資産税を千五十年滞納したら、世界樹を差し押さえられたので、大工が教会建てました。
「千と五十年ですぞ、巫女殿」
徴税課長ザグルは分厚い帳簿を開き、トカゲのような顔で深々とため息をついた。
「この神域、千と五十年ものあいだ、固定資産税を一銅貨たりとも納めておられない。神々ともあろうお方が、そのことにお気づきでないとは。実に嘆かわしい」
「世界樹に税金なんてかかるわけないでしょ!」
金髪を編み込んだ巫女服のエルフ、フィーネが叫んだ。翡翠色の目がつり上がっている。
「税金こそ皆さまを幸せにするのですぞ。道路、橋、治療院、そして教会。すべて税収があってこそ。人々の幸福を願う神々が、それをご理解なさらないとは!」
課長の後ろで、猫耳の徴税官ミアがぼそりとつぶやいた。
「税金がもっと安かったら、お肉が食べられるのに」
ザグルは天を仰いだ。
「神様も少しはお金を稼いでくださると助かるんですがねえ」
フィーネが目をむいた。
「神様に働けっていうの!?」
「とんでもない。納税をお願いしているだけです。働き方まで指図するほど、我々は無粋ではありません」
ミアが、世界樹の幹に赤い札を貼った。
『王国徴税局 差押物件』
雲を突き抜ける世界樹に比べ、虫ほども小さい札だった。
「世界樹全体、差し押さえ完了です」
「ま、丸ごと!?」
「ご安心を。換価するのは、ひとまず枝一本だけですぞ」
「一本ならいいって話じゃないわよ!」
フィーネが札を引き剥がした。ミアは破れた公文書を見つめて、耳を伏せる。
「巫女殿。差押札を剥がすのは犯罪ですぞ。本来なら、この場で逮捕です」
「た、逮捕!?」
「ですが、神域の巫女殿を牢にお入れするのは忍びない。今回は警告に留めましょう」
世界樹を巡る争いで、かつて世界は一度滅びたという。
今度の争いは、ただの紙切れから始まった。
*
三日後、ミアは競売場で泣きそうになっていた。
「世界樹の枝一本、伐採・搬出権付き! 金貨三枚からです!」
入札は一件もない。材木商も大工も、世界樹戦争の伝説を恐れて帰ってしまった。
「今日も流札ですかな。神々は納税を怠り、民草は買う勇気を持たぬ。嘆かわしい」
ザグルのため息に、ミアの尻尾まで垂れる。
「世界樹に税金かけてんのかい?」
競売台の前に、日に焼けた男が立っていた。歳は三十過ぎで、頭に手拭いを巻き、腰に曲尺を差して、使い込まれた道具袋を背負っている。
「千五十年分の滞納です!」
「はっはっは! 神様も世知辛え世の中になったもんだ!」
男は見取り図を覗き込んだ。
「で、この枝が三枚? 百枚どころじゃ済まねえぞ、普通なら」
「神罰が怖いと言って、誰も手を挙げないんです」
「町の教会が土台から腐って傾いちまってな。建て直しを頼まれたんだが、材木代が足りねえ。こいつぁ渡りに船だ」
男が金貨を三枚置いた。
「買った!」
「か、課長! 売れました!」
「おおっ! 勇気ある納税協力者ですな!」
「俺は材木を買っただけだぜ。ダリオ、大工だ」
ミアは落札証明書を差し出した。
「なお、神罰による損害は当局では補償いたしかねます。世界滅亡の場合も同様です」
「おう、世界滅亡も免責ってか! 笑えるねえ!」
ダリオは大笑いして署名した。
「よっしゃ、明日伐るぜ。案内頼むよ!」
ミアの耳がぺたりと伏せた。
差押札を貼っただけであの騒ぎだったのだ。明日はどうなることやら。
*
「なんでえ、ありゃ」
翌朝、落札した大枝にエルフが鈴なりになっていた。三十人ほどが弁当持参で座り込み、横断幕を掲げている。
『世界樹を返せ!』『伐採絶対反対!』
枝には立派な見張り台まで組まれていた。
「来たわね、罰当たり! 私は守護巫女フィーネ。一族総出で阻止するわ!」
「おう、ダリオだ。おっ、別嬪さんじゃねえか!」
「ふ、ふざけた男ね! 世界樹を伐りに来て何言ってんのよ!」
顔を赤くしたフィーネをよそに、ダリオは巨木を見上げた。
幹は城より太く、枝は空を覆い、雲の彼方まで緑が続いている。
「こいつぁ、すげえ木だ」
だが、見とれている暇はなかった。見張り台の脚がぐらついている。
「おい、婆さん! そこ、動くなよ!」
台の上で茶をすすっていた老エルフが胸を張る。
「無論じゃ。わしは百年でも動かぬ!」
言い切るなり、老エルフはごほごほと咳き込んだ。
「今の話だってんだ!」
みしっ。台が傾いた。
ダリオは駆け寄り、道具袋から鑿を取り出した。緩んだ接合部を確かめ、板を刻んで楔を打ち込む。
こんっ、と一打ちで、台がぴたりと止まった。
「あんた、何やってんの?」
「婆さんが落っこちそうだったんでな」
「それ、あんたを邪魔するための台よ!」
老エルフは満足そうに茶をすすった。
「見事じゃ。これなら百年は座れるのう」
「そいつぁ困ったねえ」
「困る必要はありませんぞ!」
ザグルが森の陰から現れた。最初からこうなると読んでいたらしい。片手を上げると、捕縛網を担いだ執行隊が姿を現した。
「強制執行、開始!」
エルフたちの風魔法が吹き荒れる。網が飛び、見張り台が揺れ、弁当が宙を舞った。
気づけば、フィーネも見張り台の婆さんも、エルフたちはまとめて大きな網に絡め取られていた。
「お祖母様、足どけて!」
「おぬしこそ、わしの髪を踏むな!」
ザグルは乱れた襟を直した。
「交渉は尽くした。あとは法に従っていただきます」
執行隊の一人が大斧を振り上げ、枝の付け根へ叩きつけた。
ばきっ!
樹皮が縦に裂けた。
「おい、やめろ!」
ダリオが駆け上がり、二振り目の斧をつかんだ。
「枝の重みも考えず根元から叩き割る奴があるか! 幹まで裂けちまうだろうが!」
「ですが、伐採命令が――」
「落札したのは俺だ。手ぇ出すんじゃねえ!」
ザグルは不満げに帳簿を抱えた。
「枝一本を伐るだけですぞ」
「一本欲しさに本体を駄目にして、残り千五十年分の税金はどうする気でえ?」
ザグルが固まった。
「それは、たいへん困りますな」
「だったら、仕事の邪魔すんな!」
ダリオは網を下ろさせ、フィーネを幹の反対側へ連れていった。
「ちょいと、ここを見てくんな」
幹には、長い年月に覆われた瘤がいくつも残っていた。
「昔、枝を落とした跡だ。どれも木を傷めねえよう、丁寧に伐ってある」
「世界樹に刃を入れるのは禁忌よ」
「今はそうでも、昔は違ったんじゃねえか。なかなかの腕だぜ、昔の職人は」
フィーネは瘤に触れた。
「知らなかった。ずっと見てきた木なのに」
ダリオは斧で裂かれた箇所を見上げた。
「あいつらに任せりゃ、木が傷む。かといって役所は引かねえだろう。なあ、お嬢ちゃん。今回、俺に任せちゃくれねえか」
フィーネは、まだ網の中で怒鳴る祖母を見た。そして、傷ついた樹皮を見た。
「一度だけよ。余計な傷をつけたら、承知しないんだから」
「おう! こちとら宮大工でい。仕事を見ててくんな!」
*
ダリオは先端の小枝から順に重量を減らし、切り離す大枝をミアの重力魔法で支えさせた。
枝の下側に切り込みを入れ、裂けを防ぐ。鋸の位置を変えながら、幹を傷めない場所まで刃を進める。
金色の木屑が、さらさらと降った。
祈祷師たちは手を組み、固く目を瞑った。
「神罰が下るぞ!」
「よし、ゆっくり下ろしてくんな!」
巨大な枝が地上へ降りたとたん、世界樹の切り口から金色の光があふれ、森いっぱいに広がった。
「神罰じゃ!」
祖母の叫びに、エルフたちがひれ伏す。
だが、雷は落ちず、大地も裂けなかった。柔らかな光が、人々を包んでいる。
「あれ?」
祖母が胸に手を当てた。
恐る恐る、深く息を吸い込む。
「吸える。フィーネ、こんなに息が吸えるぞ!」
「お祖母様!?」
フィーネが駆け寄ると、祖母は長い杖を放り出し、泣き笑いになった。
「治っておる。百年治らなんだ胸の病が、治っておる!」
エルフたちが騒然とする。
「世界樹を伐ったのに、祝福だと?」
フィーネは、昔の傷跡と並んだ新しい切り口を見上げた。
「どうして?」
ダリオはそれどころではなかった。地面に降ろした材の木口を撫でる。
「おお、見事な年輪だ! こいつぁいい梁になるぜ」
祖母が歩み寄った。
「大工殿、礼を言う」
「おう、婆さん。よかったな。まだ百年は長生きしなよ!」
祖母は笑って、長いこと世界樹を見上げていた。
*
「世界樹を町に入れるな!」
教会の建築現場を、市民の一団が取り囲んでいた。
「世界樹戦争で世界が滅びたんだ! 呪われた木で教会なんか建てられるか!」
塩が顔に飛んできた。
「おめえ、俺を漬物にする気かい?」
見物人の何人かが吹き出したが、男たちは本気だった。
市長ベルナーが慌てて駆けつける。
「皆さん、落ち着いて! こんな素晴らしい建材で教会が建てば、巡礼客も増え、町も豊かに――」
「金儲けのために世界を滅ぼす気か!」
市長の演説は失敗した。
「いいか、これで済むと思うなよ。呪われた木の教会なんぞ、絶対に建てさせねえからな!」
男たちはダリオを睨みつけ、立ち去った。
「やれやれ、教会ひとつ建てるのも楽じゃねえな」
それでも仕事は始まった。風と熱の魔法で材を乾燥させ、墨壺で線を打ち、鋸と鑿で仕口を刻む。精密な加工だけは、魔法任せにできない。
再建を待つ市民たちが手を貸した。フィーネも相変わらず監視していたが、道具を渡すくらいはするようになっていた。
その夜、現場に叫び声が上がった。
「火事だあっ!」
建築現場に火のついた油壺が投げ込まれ、足場に炎が走った。
「水だ! フィーネ、頼む!」
水魔法が炎を押し返す。ダリオは燃えた足場を切り離し、養生していた材木を守った。
ほとんどは無事だった。だが、加工を終えた大梁だけが黒く焼けていた。
駆けつけた市長は、笑っていなかった。
「ダリオ殿。放火まで起きた以上、工事は当面中止です」
ダリオは焼けた梁の前にしゃがみ込んだ。世界樹から取った、礼拝堂で一番大事な梁だ。
代わりの材を買う金はない。もう一本伐ろうにも、世界樹は好き勝手に伐れる木ではない。
ダリオは両手で頭を抱えた。
「参ったな、こいつぁ」
背中で、フィーネの声がした。
「ねえ、その梁、どうするの?」
「さあな」
*
翌朝、ダリオが焼けた梁に鉋をかけると、黒い木屑の下から金色の木肌が現れた。
「芯は生きてやがる。だが、傷んだところを落とすと長さが足りねえ」
ふと、ダリオが顔を上げた。
「そういや、神父さん。前の教会を解体したとき、廃材にした梁があったろ。ありゃ、まだ残ってるかい?」
「ああ、裏の倉庫に。処分するつもりでしたが、何十年も礼拝のたびに見上げてきた梁でね。どうにも捨てられなくて」
「ちょいと見せてくんな!」
古い梁は、埃をかぶっていた。ダリオは木口を確かめ、反りを調べ、焼けた世界樹の材と並べた。
「おう、こいつぁいける!」
「まだ使えるんですか?」
「働き盛りでい! 傷んだとこだけ落として、こいつと継いでやる。神父さん、あと百年働いてもらおうじゃねえか!」
神父は長く使われた梁に触れ、嬉しそうにうなずいた。
フィーネは、その横で二本の木を見比べていた。
「世界樹じゃない、こんな古い木まで大事にするのね」
「当たり前でい。まだ使える木を捨てるなんざ、もったいねえだろ」
ダリオは古い梁を嬉しそうに撫でた。
フィーネもそっと手を置いた。
「ふふっ」
「なんでえ、急に笑って」
「別に! ちょっと嬉しくなっただけよ!」
そのまま、ダリオの隣にしゃがみ込む。
「ねえ、私にも手伝わせて!」
ダリオは笑って鑿を渡した。
二人で刻んだ継手が、ぴたりと合わさった。世界樹の梁と古い教会の梁が、一本の大梁になる。
「おお、あの古い梁が、また使われるとは」
神父が目を細めた。
*
「犯人が捕まっていない以上、工事の再開は認められません」
市長室の扉が、ミアの鼻先で閉まった。
ミアは閉じた扉を見つめていた。やがて、尻尾がぴんと立つ。
「捕まえればいいんですよね」
*
「課長。執行隊を一晩、貸してください」
「何に使うのです?」
「教会が建てば、世界樹の枝にも買い手がつきます。滞納分、回収できますよ」
ザグルは帳簿を取り落とした。
「ミア君、ついに分かってくれましたか! 徴税こそ、民の幸福につながるのですぞ!」
その日の夕方、ミアは町の掲示板に告知を貼った。
『教会工事、明日再開!』
ミアは貼りたての告知を、ぽんと叩いた。
「教会を建てさせたくない人なら、今夜のうちに行動するはずです」
夜更け、ミアは教会の足場の陰で、合図の鈴を握っていた。裏道では執行隊が待っている。
「一、二、三、四人!?」
塀を越えてきた影は四つあり、全員が油壺を抱えていた。
ミアは鈴を振った。
チリチリ。
四人がいっせいに振り向いた。
「誰だ、てめえ」
「王国徴税局です。油売買なら、納税証明をお願いします」
裏道から、野太い声が響いた。
「合図だ! 突入!」
執行隊がなだれ込んできた。
四人は油壺を放り出し、ばらばらに逃げ出した。執行隊が大網を投げる。三人がひとかたまりに絡め取られた。
残る一人が、足場の脇で布に火をつけた。
「その木さえ燃やせば、工事は終わりだ!」
燃える布が、修復したばかりの梁へ飛んだ。
「それだけは、駄目ですっ!」
ミアは足場を蹴った。梁に飛びつき、燃える布を尻尾で叩き落とす。
「あっつううっ!」
男が塀へ走る。ミアは腰の帳簿を抜き、その後頭部へ思いきり投げつけた。
「ぐわっ!」
「徴税官の帳簿は、分厚いんです!」
倒れた男に、執行隊が折り重なった。
ミアは梁にしがみついたまま、へなへなと息を吐いた。
「四名とも、納税証明なし。追徴課税です」
*
翌朝、工事中止は解除された。
ダリオが現場へ行くと、ミアは煤だらけの制服で帳簿を書いていた。尻尾の先だけ、ちりちりに縮れている。
「おいおい、ミアちゃん。どうしたい、その格好」
「犯人を捕まえました。梁も無事です。尻尾は、ちょっと失敗しましたけど」
ダリオは焦げた尻尾を見て顔をしかめ、それから梁を見上げた。
「おめえ、俺の仕事を守ってくれたのかい」
「だって、あんなに大事に梁を直してたじゃないですか」
ダリオは大きな手で、ミアの頭をくしゃりと撫でた。
「ありがとよ。おめえ、いい女だねえ!」
ミアの猫耳が、真っ赤になった頬の横でぴんと立つ。
「そ、そういうこと、簡単に言わないでください」
*
現場に、鑿を叩く音が戻った。
数日後、町の人々が見守るなかで棟上げが始まった。
「よっしゃ、梁を上げるぜ!」
ミアの重力魔法で持ち上げた大梁が、ゆっくり柱の上へ運ばれる。フィーネの風が、梁の向きをそっと整える。ダリオが木槌を振り、最後の楔を打ち込んだ。
こんっ。
世界樹の木と古い教会の木が、一つの屋根を支えた。
歓声が上がると同時に、継ぎ目から金色の光が走り、梁から柱へ、柱から床へと広がっていった。
礼拝堂の中央に、まばゆい光の柱が立った。
光の中に、小柄な少女の姿が浮かび上がる。
「女神様?」
フィーネの顔から血の気が引いた。
そして、光の中から声が響いた。
「誰じゃ? こんな神殿を造ったのは!」
*
光の中から現れた少女は、漆黒の長い髪に純白の衣装をまとっていた。
フィーネがひれ伏す。
「め、女神様! どうかお怒りをお鎮めください!」
「おう、俺が造ったが。何かまずかったかい?」
木槌を担いだダリオに、女神がつかつかと歩み寄った。
「素晴らしい! 世界樹の力を古い木にまで巡らせるとは、天界の職人にもできぬ芸当じゃ!」
フィーネはへなへなと座り込んだ。
「決めたぞ! そなた、わらわの宮殿も造るのじゃ!」
「おう、ありがてえ。だが、まずこいつを仕上げねえとな」
女神は満面の笑みでダリオの腕に抱きついた。
「では完成まで、そなたのそばにおる!」
「め、女神様!?」
フィーネががばっと立ち上がった。
「はしたないです! 我らが神には、慎みを持っていただきたいです!」
「巫女が神に指図するか! 不遜であろう!」
女神がきっと眉を吊り上げた。
「毎朝『世界樹を大事にしてくれる殿方と、巡り会えますように』と祈りおって! わらわがどれだけ骨を折ってやったと思うておる! なにが慎みじゃぁ!」
フィーネの顔が、耳の先まで赤くなった。
「もぉー、もう、わかりました、女神様!! 人の祈りを、よりによって本人の前でばらすなんて!! ぜ、絶対に許さないんだからぁ!」
「本人じゃと?」
女神は、自分が抱きついている腕を見上げた。
「こやつか?」
フィーネが、ぴしりと固まった。
ダリオは自分の顔を指さした。
「俺かい?」
フィーネの金髪が逆立ち、礼拝堂に突風が巻いた。
「わ、忘れなさいっ!! 今の話! ダリオも女神様も、聞かなかったことにしてっ!!」
フィーネは女神に指を突きつけた。
「女神様のせいです! 明日から、お供えの蜜菓子は抜きです! 朝のお祈りもいたしません!! い、いえ、お祈りだけはします!」
「なっ! 巫女が神を兵糧攻めにするか!?」
女神は、ダリオの腕にいっそう強くしがみついた。
「お供えをくれぬというなら、ダリオはわらわの眷属にする! 神に仕える者に、巫女は口出しできまい?!」
フィーネが金切り声を上げた。
「しょ、職権乱用です!」
そこへ、帳簿を開いたミアが進み出た。
「女神様。ダリオさんを眷属として雇うのでしたら、お給金はおいくらでしょう」
「き、給金? 神に仕える誉れこそが――」
「誉れでは、税金が納められません」
女神が、初めて言葉に詰まった。
ダリオは木槌を肩から下ろした。
「よし、話は済んだな。手が空いてるなら、三人でそこの床板を運んでくんな!」
「神に大工仕事をさせるのか?」
「働かざる者食うべからず、ってな!」
フィーネが吹き出し、ミアも袖をまくった。
女神はしばらく床板を見つめていたが、やがて胸を張った。
「よかろう! 神の力、見せてやるのじゃ!」
その日の夕方、ダリオが床板に鉋をかけていると、女神が隣にしゃがんだ。
「のう、ダリオ。そなた、一度死んでおるのう?」
「おっ、分かりますかい。前は江戸の下町で宮大工をやってましてね。寺や神社を直してたんですが、弟子が伐採でしくじったとき、かばって木の下敷きになっちまったんでさあ」
「その弟子は、どうなった」
鉋が止まった。
ダリオは削りかけの板を、しばらく黙って撫でていた。
「さあ。筋のいい奴でしたからね。今ごろは、どっかで棟梁を張ってるに違ぇねえ」
しゅっ、と鉋がまた走る。薄い木屑が、くるりと丸まって落ちた。
女神は、それ以上何も聞かなかった。
*
「よし、完成でい!」
ダリオが最後の鉋を置いた。
世界樹の梁が天井に美しい曲線を描き、古い教会の木材と柱と屋根を支えている。寄付をした町の人々が、次々と礼拝堂へ入ってきた。
「また、ここで祈れるんだねえ」
神父は天井を見上げた。
「捨てられなかったあの梁が、もう一度みんなを守ってくれるとは」
「まだ百年は頑張ってもらわねえとな!」
ダリオが笑った。
そこへ女神が進み出た。
「うむ! 完成祝いを授けよう!」
祭壇に白い光が集まり、等身大の女神像が現れた。女神本人そっくりの、見事な像だった。
「女神様の御神像だ!」
神父は涙ぐみ、市民たちから歓声が上がった。
「おう、こいつぁ見事だ。継ぎ目がひとつもありゃしねえ!」
「そうじゃろ、そうじゃろ!」
女神は得意満面だった。
フィーネは、祭壇の前に集まる人々を見つめていた。
「ダリオ」
「なんでえ?」
「あの木、ここでみんなを支えてるのね」
「おう。いい梁だろ」
「これからも、世界樹のことをお願いしていい?」
「おう。任せときな!」
「そのかわり、世界樹に触るときは、守護巫女の私がちゃんと見張ってるから!」
フィーネはそっぽを向いたまま、ダリオの袖をつかんだ。
その反対側から、女神が腕を取る。
「では、次はわらわの宮殿じゃ!」
入口から、ザグルが帳簿を抱えて進み出た。
「女神様。その前に、ひとつ確認を。世界樹の持ち主は、どなたになりますかな?」
「む? わらわに決まっておろう」
フィーネが、にっこり笑った。
「ええ。守護巫女として、私が保証するわ」
ミアが分厚い紙の束を差し出す。
「千と五十年分の固定資産税です。延滞金込みで」
「なんじゃと!?」
女神はダリオの腕にすがりついた。
「ダ、ダリオ。宮殿の代金は、その、出世払いでもよいかの?」
「神様が出世払いって、どこまで出世する気でえ!」




