第7話:街を救う『聖女』のよしよし
深夜の王都。かつての勤め先『黄金の牙』から脱走した魔獣たちが、狂乱の魔道具の影響で暴れまわっていた。
「逃げろ! グリフォンが来るぞ!」
「騎士団は何をしているんだ!」
悲鳴が響く中、民衆の前に現れたのは、漆黒の騎馬に跨ったアルドルフ団長……そして、その腕の中に抱えられた小さな少女、エマだった。
「ひっ、あの不気味な調教師の女じゃないか!」
「あんな呪われた女を連れてきてどうするんだ!」
心ない野次が飛ぶ。しかし、エマは怯えなかった。アルドルフの大きな手が、そっと彼女の腰を支え、勇気を与えていたからだ。
「……降ろしてください、アルドルフ様。あの子たちが苦しんでいます」
エマが地面に降り立ち、猛り狂う巨大なグリフォンの前に歩み出る。
グリフォンは鋭い鉤爪を振り上げ、エマを切り裂こうとした。誰もが悲鳴をあげ、目を背けたその瞬間――。
「……もう大丈夫。嫌な音(魔道具の響き)は消してあげるから。……よしよし、頑張ったね」
エマがグリフォンの嘴にそっと触れ、優しく喉を撫でた。
すると、真っ赤に充血していた魔獣の瞳からスッと色が抜け、大きな体がふにゃりと崩れ落ちた。グリフォンはエマの膝に頭を乗せ、まるで許しを請うように小さく鳴いたのだ。
「……え?」
「嘘だろ……あの狂暴なグリフォンが、あんなに大人しく……」
次々と他の魔獣たちも、エマの周囲に集まり、まるでお昼寝の時間のように静まり返っていく。その光景は、月光に照らされて神々しいほどだった。
街の人々は言葉を失った。「不気味」だと思っていた力は、自分たちを救う「奇跡」だったのだ。
そこへ、ボロボロになったヴィルガストが這い寄ってきた。
店は壊れ、借金だけが残り、すべてを失った彼は、エマの足元に縋り付こうとする。
「エ、エマ……! お前、すごいじゃないか! 頼む、店に戻ってくれ! お前さえいれば、店はまた建て直せる! 婚約破棄なんて冗談だ、今すぐ結婚してやってもいいぞ!」
その汚い手がエマのスカートに触れる直前。
ガシャリ。
アルドルフの拍車が鳴り、ヴィルガストの手を容赦なく踏みつけた。
「……ぎゃああああああっ!!」
「私の婚約者に、二度と触れるなと言ったはずだ」
アルドルフは冷徹な瞳でヴィルガストを見下ろす。
「貴公は禁忌の魔道具を使用し、王都を危機に陥れた。……さらに、騎士団の重要資産であるエマを侮辱し、拉致しようとした罪は重い。連れて行け。一生、陽の目を見ることはないと思え」
「い、嫌だ! エマ、助けてくれ! 俺たちは恋人だっただろう!?」
エマは、引きずられていくヴィルガストを、悲しげに、けれど決然とした目で見つめた。
「……さようなら、ヴィルガスト様。私はもう、不気味な調教師ではありません。……アルドルフ様の騎士団で、みんなを守る道を選びましたから」
ヴィルガストが連れ去られた後、アルドルフはエマを再び抱き上げ、皆の前で宣言した。
「これからは、彼女を侮辱する者はこの私、アルドルフが相手になろう。……彼女こそが、この国の至宝だ」
街中に歓声が響き渡る。
エマの顔は真っ赤になったが、アルドルフの腕の温かさが、心地よく感じられていた。




