第6話:元婚約者の店、完全崩壊
刺客の失敗を知ったヴィルガストは、ガタガタと震えながら『黄金の牙』の地下室に籠もっていた。
「くそっ、騎士団長までたぶらかすとは、あの不気味な女め……! ならば、こいつを使って無理やり跪かせてやる!」
彼が手にしたのは、闇市場で手に入れた禁忌の魔道具『狂乱の呼鈴』。鳴らすだけで周囲の魔獣を暴走させ、操るという代物だ。
だが、彼は知らなかった。エマが毎日、魔獣たちの「ストレス」を対話で逃がしていたからこそ、この店が成り立っていたのだということを。
「鳴れ! 鳴り響け! エマを連れ戻し、騎士団を食い尽くせ!」
リィィィン……! と禍々しい音が響いた瞬間。
檻の中にいたグリフォンや双頭の狼たちが、一斉に目を見開いた。だが、それは「服従」の目ではない。積もり積もった「虐待への怒り」が、魔道具の刺激で爆発したのだ。
「……え? おい、待て、なぜこっちを見る! ギャアアアアアッ!!」
鉄格子が飴細工のようにひしゃげ、ヴィルガストの悲鳴が夜の街に消えていった。
一方その頃、騎士団本部の訓練場。
エマは、背後からアルドルフにすっぽりと抱きしめられるような体勢で固まっていた。
「……あの、アルドルフ様。これが……『護身術』なのですか?」
「ああ。敵に後ろから抱きつかれた時の対処法だ。……もっと力を抜いて、私に預けていい」
アルドルフの低い声が、至近距離でエマの鼓膜を震わせる。
彼の大きな手が、エマの細い手首を優しく包み込み、ゆっくりと動かす。密着した背中からは、鍛え上げられた胸板の鼓動と体温が伝わってきた。
「こうして、相手の重心を……」
アルドルフがエマの耳たぶをかすめるように囁く。
エマは顔が爆発しそうに熱い。これでは護身術どころか、ただ「可愛がられている」だけだ。
「……アルドルフ様、近すぎます……っ」
「……すまない。君が余りに無防備だから、つい『悪い奴』の気持ちになってしまった」
アルドルフは離れるどころか、さらに腕に力を込め、エマの首筋に顔を埋めた。
「エマ。ヴィルガストの店は、今夜で終わった。……もう君を脅かすものは何もない。だから、これからは私のことだけを考えてくれないか?」
その時、一人の騎士が血相を変えて飛び込んできた。
「団長! 『黄金の牙』から魔獣が脱走! 街へ向かっています!」
アルドルフの瞳が、一瞬で鋭い「騎士の目」に変わる。だが、エマの手を離すことはなかった。
「……エマ。一緒に行こう。君がいれば、誰も傷つかずに済む。そして、終わったら……ご褒美をたっぷり用意するよ」




