第13話:隣国の王子、エマを『略奪』しに来る
騎士団本部の門前に、目が眩むほどの黄金の馬車が連なった。
降りてきたのは、隣国サンクレイの第一王子、セドリック。
彼は「氷の美貌」を持つことで知られ、女性を寄せ付けない高潔な王子として有名だったが……。
「……あの方が、呪われた龍を鎮めたという慈悲の乙女か。なんと、想像以上に可憐な」
セドリックはエマを見た瞬間、跪いてその手を取った。
「エマ殿。我が国は今、凶暴な海竜の被害に喘いでいる。君の力が必要だ。……こんな鉄の匂いしかしない騎士団ではなく、我が国の王宮へ来ないか? 君を『王妃』として迎えよう」
「……は?」
背後から、凍りつくような低い声が響いた。
アルドルフが、抜剣せんばかりの勢いで二人の間に割って入る。
「セドリック王子。我が婚約者の手に、気安く触れるな。その指、切り落とされたいのか?」
「ほう、アルドルフ団長。噂通りの狂犬ぶりだな。だが、彼女のような稀少な才能を、私物化するのは世界の損失だ。……エマ殿、私と共に来れば、この男のような束縛(鎖)から解放して差し上げよう」
セドリックが指を鳴らすと、部下たちが山のような財宝と、見たこともない最高級のドレスを運び込んだ。
「これらはすべて、君への贈り物だ。……どうかな、私の手を取ってくれないか?」
エマは困惑した。
「あの、セドリック様。お困りの魔獣を助けるのは構いませんが……私はアルドルフ様のそばにいたいので……」
「……っ!」
アルドルフの瞳に、歓喜と狂気が混ざり合う。彼はエマを後ろから抱き込み、セドリックに向かって勝ち誇ったように笑った。
「聞いたか、王子。彼女は私のそばを離れないと言っている。……贈り物? そんなゴミ、今すぐ持ち帰れ。彼女が欲しがるものは、すべて私が――この国を傾けてでも用意する」
「……ならば、力ずくで奪うまでだ」
セドリックの瞳が冷たく光る。
「魔獣調教師としての腕比べ(ロイヤル・コンペティション)を申し込む。私が勝てば、エマ殿を我が国へ連れて行く。……逃げるのか、団長?」
「受けて立とう。……ただし、負けたら貴公の国にある『魔獣の聖域』の全領土を、彼女に献上してもらうぞ」
エマの意思を置き去りにした、男たちの「所有権」を賭けた戦争が始まってしまった。
その夜。
エマはアルドルフの部屋で、彼にきつく抱きしめられていた。
「……アルドルフ様、苦しいです……」
「……許してくれ。君があの男に見つめられるだけで、胸の奥が焼け付くようだ。……エマ、私だけを愛していると言ってくれ。今、ここで」
アルドルフの唇が、エマの首筋の「鎖」に何度も落ちる。
彼は不安でたまらなかった。エマが自分の知らない世界へ羽ばたいてしまうことが。




