第12話:騎士団、全員エマの信者化計画
エマが黒龍を救ってからというもの、騎士団本部の空気は一変していた。
かつては血の匂いと鉄の音が響く殺伐とした場所だったが、今やそこら中に「よしよし」を求める魔獣が転がり、それを羨ましそうに眺める男たちが溢れていた。
「……なぁ、知ってるか? エマ様に撫でられると、長年の古傷の痛みすら消えるらしいぞ」
「俺も、昨日の演習で擦りむいたところを『大丈夫ですか?』って微笑まれただけで、全ステータスが倍になった気がする……」
騎士たちの間で、エマはもはや「調教師」ではなく、歩くパワースポット――「聖母エマ様」として崇め奉られていたのである。
そんなある日の訓練場。
「団長! 報告します! 第三部隊の隊員たちが、わざと防具を薄くして、魔獣の甘噛みを受けに行こうとしています!」
「……何だと?」
アルドルフの額に青筋が浮かぶ。
視線の先では、屈強な騎士たちが、エマのいる医務室へ運ばれるために「ああっ! 指を噛まれた! 痛い、これはエマ様に手当してもらわないと死ぬ!」と大根芝居を繰り広げていた。
「貴様ら……叩き直してやる。エマは今、私のために茶を淹れているところだ。邪魔をするな」
アルドルフが抜剣し、嫉妬の炎を纏った「地獄の特訓」を開始する。騎士たちは悲鳴を上げながら逃げ回るが、その顔はどこか「これで怪我をすればエマ様に……」という邪念に満ちていた。
一方、当のエマは、アルドルフの執務室でのんびりとクッキーを焼いていた。
足元には、すっかり小さくなった(擬態した)黒龍が猫のように丸まり、膝の上にはオルトロスの首が一つ乗っている。
「はい、アルドルフ様。焼き上がりましたよ」
「……ああ、ありがとう」
特訓を終えて戻ってきたアルドルフは、エマの顔を見た瞬間に「狂犬」から「忠犬」へと姿を変える。彼はエマの隣に腰を下ろすと、当然のように彼女の腰を抱き寄せた。
「……エマ。最近、部下たちが君に不埒な視線を送っている。やはり、君をこの部屋から一歩も出さない方がいいのではないか?」
「もう、またそんなことを。みんな、魔獣たちと仲良くしたいだけですよ」
エマの無自覚な言葉に、アルドルフは深く溜息をつく。
「君のそういう『無防備な慈愛』が、一番危険なんだ……」
アルドルフはエマの手を取り、バングルの鎖を確認するようにそっと唇を寄せた。
その時。
王都の門番から、緊急の連絡が入る。
「団長! 王都の広場に、ボロボロになった近隣諸国の使節団が現れました! 『伝説の調教師エマを貸してくれ、さもなくば我が国は魔獣に滅ぼされる』と泣き叫んでいます!」
アルドルフの瞳が、再び冷たく据わった。
「……貸す? 誰を、誰にだと?」
エマを巡る「世界規模」の争奪戦が、幕を開けようとしていた。




