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第1話:嵐の夜の婚約破棄、あるいは最強への第一歩

 叩きつけるような雨が、王都の石畳を白く濁らせていた。


「……え? 今、なんて……」


 エマの声は、激しい雷鳴にかき消されそうだった。

 目の前に立つのは、かつての婚約者であり、魔獣素材店『ゴールデン・タスク』の跡取り息子、ヴィルガストだ。彼は嫌悪感を隠そうともせず、エマの足元に銀の指輪を投げ捨てた。


「耳まで腐ったか? お前のような『魔獣と喋る不気味な女』はクビだと言ったんだ。当然、婚約も破棄させてもらう」


 エマは呆然と立ち尽くした。

 彼女は十年間、この店の地下にあるジメジメした檻の前で、凶暴な魔獣たちの「なだめ役」として働いてきた。


「でも、ヴィルガスト様……私がいないと、檻のグリフォンたちが……」

「黙れ! お前が気味の悪い独り言を呟くせいで、店に呪いが漂うんだよ! 代わりの調教師はもう雇った。力(暴力)と薬こそが魔獣を支配する正解だ。お前のような無能は、泥水でもすすっていろ!」


 バタン! と重い扉が閉まり、鍵がかけられる。

 エマの手元に残ったのは、ボロボロの調教鞭(一度も使ったことはない)と、雨に濡れた薄いワンピースだけだった。


「……みんな、ごめんね。最期にお別れ、言いたかったな……」


 エマは店の奥、地下から聞こえる魔獣たちの不安げな唸り声に胸を痛めながら、力なく歩き出した。

 彼女が去った瞬間――。

 店の地下で、「カチリ」と何かが外れる音がしたことに、ヴィルガストはまだ気づいていなかった。


 一時間後。王都の北門付近。

 そこは地獄と化していた。


「団長! ダメです、抑えきれません!」

「くそっ、これが『古龍の末裔』の力か……!」


 重厚な鎧に身を包んだ男たちが、血を流し、吹き飛ばされていた。

 彼らは【魔獣討伐騎士団】。魔獣被害から国を守る盾だ。

 その中心で、一振りの大剣を杖代わりに、肩で息をする男がいた。団長のアルドルフだ。

 目の前には、全身から黒い雷を放つ巨大な魔狼。その一噛みで、熟練の騎士が三人は死ぬ。


(……ここまでか。僕の力不足で、また部下を死なせるのか……!)


 アルドルフが死を覚悟し、剣を握り直したその時。

 大雨の向こうから、一人の少女がトコトコと歩いてきた。


「危ない! 逃げろ!」


 アルドルフの叫びは届かない。

 少女――エマは、全騎士が絶望したその魔狼の前に、無防備に立った。


「あら。あなた、お腹が空いてイライラしてるの? それとも、刺さった破片が痛いのかな?」


 エマは、真っ赤に光る魔狼の瞳を真っ直ぐに見つめ、その巨大な鼻先に、そっと手を添えた。

 騎士団全員の時間が止まった。

 次の瞬間、魔狼を飲み込んでいた凶悪な魔力(殺意)が、嘘のように霧散した。


「よしよし。いい子ですね。もう大丈夫ですよ」


 ――クゥン。

 王都を滅ぼしかねない災厄が、エマの手のひらに頬を寄せ、甘えた声を漏らした。


「……は?」


 アルドルフの口から、掠れた声が漏れる。

 彼らが命を、魂を削って戦っていた死神が、目の前の地味な少女に「お座り」をしている。

 エマが振り返り、雨に濡れた顔で小さく微笑んだ。


「あの、この子、もう暴れないと思います。……すみません、お騒がせしました」


 立ち去ろうとするエマの腕を、アルドルフは無意識に掴んでいた。

 その手は震えていた。武者震いではない。「見つけた」という、狂おしいほどの確信だ。


「……待ってくれ。君を、行かせるわけにはいかない」

「えっ、あの、私、不気味だって追い出されたばかりで……」

「不気味? ……冗談だろう。君は、僕ら騎士団の……いや、僕の、救世主だ」


 アルドルフの瞳に、エマへの執着の炎が灯ったのは、その瞬間だった。

一方、エマを捨てた素材店では、地獄の蓋が開こうとしていた。

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