第9話 回復は、誰のものか
お昼前。
仕事を一段落させて、カゲインと一緒に食事へ向かう。
その途中――
「あれ、神父だ」
相変わらず、なんだか嫌な感じがする。
馬車が道の途中で止まっていて、怪我をした人間がいる。
神父が回復(聖)を使って、怪我人を治していた。
「事故デスね。馬車が先に止まってるデス。神父が回復(聖)を使ってるデス」
カゲインが淡々と状況を整理する。
分かりやすい。ほんと、有能な部下だ。
……でも、先に僕が言っておくべきだったかな。
いや、今は話を聞いてる方が“上司っぽい”気もする。
うーん。
「出来る上司」って、どうすればいいんだろう。
今度、テレッツ様に聞いてみよう。
*
神父の放つ光を見つめるカゲインの横顔が、少しだけ険しかった。
「……気持ち悪い。偽物か……デス」
手を強く握りしめ、こめかみに力が入っている。
カゲインの回復は、闇だ。
まだ見たことはないけど、きっと優しい。
“治る”というより、“包まれる”ような回復なんだと思う。
今度、受けてみたいな。
カゲインの優しさを、直接感じてみたい。
僕から見ると、あの回復(聖)の光は――
体に良いネバネバした食べ物のお風呂に浸かってるみたいな感じ。
あと、派手すぎる。あれは下品。
だから、そんなに力を入れなくても大丈夫だよって言いたい。
でも、なんて言えばいいのか分からない。
*
周りの人間を見ると、ちょっとした違和感があった。
怪我人は助かって、みんな感謝している。
それは分かる。
でも――
感謝されているのは、スキルばかり。
「回復という“力”」への感謝が先で、
使っている人間への感謝は、どこか薄い。
スキルがすごい。
奇跡がすごい。
使った人間は、少し偉そう。
回復されるのが当たり前みたいな空気感。
この人間界の空気感が、よく分からない。
……まとめると、人間は複雑。
とにかく、違和感だけが残った。
*
カゲインは少し悩んでいるようだったけど、
そのまま食事をした。
お腹いっぱいになって、カゲインも笑った。
だから、もう大丈夫だ。きっと……。
*
午後の配達を再開する。
期限はあと二日。これを終えれば、追加の報酬が出る。
「私達、有能すぎるデス。だから、今日の仕事は早く終わるデス」
仲間。
僕たち有能。
……嬉しいな。
そのとき。
「あれ! 片方メガネだ」
カゲインが走り出す。
少し先に、片方だけメガネをかけた人影が見えた。
意識をカゲインに向けると、見えなくなる。
まるで、コールさんの《隠遁》みたいだ。
「待って! 戦略的行動!」
持っていた荷物を荷台に置き、慌てて追いかける。
どれくらい走ったのか分からない。
たどり着いたのは、派手さはないけど、凛とした雰囲気の建物だった。
二人は中へ入る。
建物の中は、静かで落ち着いていた。
派手さはないけれど、空気が澄んでいて、どこか懐かしい感じがする。
「ハァ……ハァ……やっと追いつきましたデス。
あなたは何者で、何の用件デス? 私の上司が狙いデス?」
カゲインが息を整えながら問いかけると、男は少し驚いた顔で振り返った。
「え、ついてきたの? ちょっと待って……呼吸、整えさせて……」
数秒後、落ち着いた声で話し始めた。
「僕は、ここの闇教会の神官で、司祭です。
このモノクルは神の道具で、スキルだけを表示できます。
あなたを見かけて驚いて、《潜行》(闇)を解いてしまったんです。
人間で回復(闇)を持つ人は、珍しいので」
闇教会――
人間界では、あまり歓迎されていないらしい。
「凄惨な過去を持つ方に発現すると言われていて……
だから、声をかけて勧誘したかっただけなんです」
*
情報が多すぎて、僕はついていけなかった。
でもカゲインは、冷静だった。
「……ちょっと待ってデス。情報が多いデス」
一息ついて、頭の中で整理する。
(司祭、神の道具、勧誘、凄惨な過去……)
「では、スキル発現の情報と、モノクル下さいデス」
流れるような交渉。さすが、僕の部下だ。
「ちなみに私は、両親が亡くなってから神NO教に加入済みデス」
……悲しいのか、笑っていいのか分からない。
でも、元気の源だ。いいぞ、カゲイン!
「あなたも神NO教に入るなら同士デス。歓迎しますデス」
闇神父は、肩をすくめて苦笑した。
「……切り返しが上手いですね。無神論者、ということですか。
神の道具を自然に催促しないでください」
カゲインは、少しだけ落胆したように見えた。
でも、すぐに表情を戻す。
「闇教会は隠れていないと、人間界では反発されますから。
奇声を上げてしまって、すみません。
久しぶりに“闇職者”になれる人材に会えて、興奮してしまいました」
その声には、少しだけ陰りがあった。
苦労してきたのが、分かる。
「最近、“スキルの種”というものが見つかっていて……
属性や能力は、生き方と関係しているかもしれないんです」
難しい話だった。
でも、カゲインはちゃんと聞いていた。
僕は――全部は分からなかったけど、
この人間が“敵”じゃないことだけは分かった。
周りを見渡す。
それにしてもここは、落ち着くな。
きっと、この人間が心地いいんだ。
「話は終わったデス。良い人間でしたデス」
「テンチ様が和やかな顔してるので、たまに来ますデス」
また来たい。
久しぶりに、カゲインと手を繋いで歩いた。
人間の手も、優しい手をしている。
*
宿に戻ると、人間たちがそれぞれ明日の準備をしていた。
食事をする人。道具を整える人。疲れて眠る人。
いろんな生き方が、ここにある。
部屋に戻る前に、カゲインの部屋を訪ねると、
彼は窓から身を乗り出して、目を閉じて風を感じていた。
……今日一日、ずっと悩んでた。
何を言えばいいのか、分からない。
そのとき、窓の外にコールが見えた。
下に来い、というジェスチャー。
*
宿の食事処へ向かうと、コールは食べ物と飲み物を前にして、
話ができる雰囲気を用意して待っていた。
「どうした?」
任務以外の雑談をしない人。
その人からの言葉に、少し驚く。
だから……悩みを全部話した。
たぶん、何度も同じ話をしてる。
まとまらない気持ちを、言葉にしてぶつけた。
万能感。
人間界で初めて感じた“分からなさ”。
カゲインのこと。
回復のこと。
闇と聖のこと。
コールは、何も言わずに聞いてくれた。
頷きも、相槌もない。
でも、それが逆に安心できた。
話し終えたあと、コールは静かに言った。
「お前は特別かもしれん。
だがな、立場が変わろうと、俺とお前のやることは変わらん」
「悩むから考える。悩むから寄り添える。
正解はない。だから、できるだけそれに近い選択を続けるんだ」
「もう一度言う。立場が変わっても、やることは変わらん」
「戻ったら報告を忘れるな。テレッツ……プフ、様が報告を楽しみにお待ちだ」
それだけ言って、コールはお金を置いて、静かに去っていった。
(報告――テンチの《聖》の干渉は、予想通りでした)
*
悩むから、考える。
悩むから、寄り添える。
正解はない。
だから、できるだけそれに近い選択を続ける。
全部は分からない。
でも、言葉の響きと雰囲気が、心に染み込んでくる。
ただただ、カッコいい。
「立場が変わっても、やることは変わらない」
その言葉だけが、じんわりと胸に残った。
残ったご飯を全部食べて、部屋に戻る。
コールの言葉は、僕の中でゆっくりと溶けていった。
良い意味でも、悪い意味でも。
たくさんやることやった!
たくさん悩んだ!
まとめると――
僕とカゲイン、最強!




