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第9話 回復は、誰のものか

お昼前。

仕事を一段落させて、カゲインと一緒に食事へ向かう。


その途中――


「あれ、神父だ」


相変わらず、なんだか嫌な感じがする。

馬車が道の途中で止まっていて、怪我をした人間がいる。

神父が回復(聖)を使って、怪我人を治していた。


「事故デスね。馬車が先に止まってるデス。神父が回復(聖)を使ってるデス」


カゲインが淡々と状況を整理する。

分かりやすい。ほんと、有能な部下だ。


……でも、先に僕が言っておくべきだったかな。

いや、今は話を聞いてる方が“上司っぽい”気もする。


うーん。

「出来る上司」って、どうすればいいんだろう。

今度、テレッツ様に聞いてみよう。



神父の放つ光を見つめるカゲインの横顔が、少しだけ険しかった。


「……気持ち悪い。偽物か……デス」


手を強く握りしめ、こめかみに力が入っている。


カゲインの回復は、闇だ。

まだ見たことはないけど、きっと優しい。

“治る”というより、“包まれる”ような回復なんだと思う。


今度、受けてみたいな。

カゲインの優しさを、直接感じてみたい。


僕から見ると、あの回復(聖)の光は――

体に良いネバネバした食べ物のお風呂に浸かってるみたいな感じ。

あと、派手すぎる。あれは下品。


だから、そんなに力を入れなくても大丈夫だよって言いたい。

でも、なんて言えばいいのか分からない。



周りの人間を見ると、ちょっとした違和感があった。


怪我人は助かって、みんな感謝している。

それは分かる。


でも――

感謝されているのは、スキルばかり。


「回復という“力”」への感謝が先で、

使っている人間への感謝は、どこか薄い。


スキルがすごい。

奇跡がすごい。

使った人間は、少し偉そう。


回復されるのが当たり前みたいな空気感。

この人間界の空気感が、よく分からない。


……まとめると、人間は複雑。


とにかく、違和感だけが残った。



カゲインは少し悩んでいるようだったけど、

そのまま食事をした。


お腹いっぱいになって、カゲインも笑った。

だから、もう大丈夫だ。きっと……。



午後の配達を再開する。

期限はあと二日。これを終えれば、追加の報酬が出る。


「私達、有能すぎるデス。だから、今日の仕事は早く終わるデス」


仲間。

僕たち有能。

……嬉しいな。


そのとき。


「あれ! 片方メガネだ」


カゲインが走り出す。

少し先に、片方だけメガネをかけた人影が見えた。


意識をカゲインに向けると、見えなくなる。

まるで、コールさんの《隠遁》みたいだ。


「待って! 戦略的行動!」


持っていた荷物を荷台に置き、慌てて追いかける。


どれくらい走ったのか分からない。

たどり着いたのは、派手さはないけど、凛とした雰囲気の建物だった。


二人は中へ入る。

建物の中は、静かで落ち着いていた。

派手さはないけれど、空気が澄んでいて、どこか懐かしい感じがする。


「ハァ……ハァ……やっと追いつきましたデス。

 あなたは何者で、何の用件デス? 私の上司が狙いデス?」


カゲインが息を整えながら問いかけると、男は少し驚いた顔で振り返った。


「え、ついてきたの? ちょっと待って……呼吸、整えさせて……」


数秒後、落ち着いた声で話し始めた。


「僕は、ここの闇教会の神官で、司祭です。

 このモノクルは神の道具で、スキルだけを表示できます。

 あなたを見かけて驚いて、《潜行》(闇)を解いてしまったんです。

 人間で回復(闇)を持つ人は、珍しいので」


闇教会――

人間界では、あまり歓迎されていないらしい。


「凄惨な過去を持つ方に発現すると言われていて……

 だから、声をかけて勧誘したかっただけなんです」



情報が多すぎて、僕はついていけなかった。

でもカゲインは、冷静だった。


「……ちょっと待ってデス。情報が多いデス」


一息ついて、頭の中で整理する。


(司祭、神の道具、勧誘、凄惨な過去……)


「では、スキル発現の情報と、モノクル下さいデス」


流れるような交渉。さすが、僕の部下だ。


「ちなみに私は、両親が亡くなってから神NO教に加入済みデス」


……悲しいのか、笑っていいのか分からない。

でも、元気の源だ。いいぞ、カゲイン!


「あなたも神NO教に入るなら同士デス。歓迎しますデス」


闇神父は、肩をすくめて苦笑した。


「……切り返しが上手いですね。無神論者、ということですか。

 神の道具を自然に催促しないでください」


カゲインは、少しだけ落胆したように見えた。

でも、すぐに表情を戻す。


「闇教会は隠れていないと、人間界では反発されますから。

 奇声を上げてしまって、すみません。

 久しぶりに“闇職者”になれる人材に会えて、興奮してしまいました」


その声には、少しだけ陰りがあった。

苦労してきたのが、分かる。


「最近、“スキルの種”というものが見つかっていて……

 属性や能力は、生き方と関係しているかもしれないんです」


難しい話だった。

でも、カゲインはちゃんと聞いていた。


僕は――全部は分からなかったけど、

この人間が“敵”じゃないことだけは分かった。


周りを見渡す。

それにしてもここは、落ち着くな。

きっと、この人間が心地いいんだ。


「話は終わったデス。良い人間でしたデス」


「テンチ様が和やかな顔してるので、たまに来ますデス」


また来たい。

久しぶりに、カゲインと手を繋いで歩いた。


人間の手も、優しい手をしている。



宿に戻ると、人間たちがそれぞれ明日の準備をしていた。

食事をする人。道具を整える人。疲れて眠る人。

いろんな生き方が、ここにある。


部屋に戻る前に、カゲインの部屋を訪ねると、

彼は窓から身を乗り出して、目を閉じて風を感じていた。


……今日一日、ずっと悩んでた。

何を言えばいいのか、分からない。


そのとき、窓の外にコールが見えた。

下に来い、というジェスチャー。



宿の食事処へ向かうと、コールは食べ物と飲み物を前にして、

話ができる雰囲気を用意して待っていた。


「どうした?」


任務以外の雑談をしない人。

その人からの言葉に、少し驚く。


だから……悩みを全部話した。


たぶん、何度も同じ話をしてる。

まとまらない気持ちを、言葉にしてぶつけた。


万能感。

人間界で初めて感じた“分からなさ”。

カゲインのこと。

回復のこと。

闇と聖のこと。


コールは、何も言わずに聞いてくれた。

頷きも、相槌もない。

でも、それが逆に安心できた。


話し終えたあと、コールは静かに言った。


「お前は特別かもしれん。

 だがな、立場が変わろうと、俺とお前のやることは変わらん」


「悩むから考える。悩むから寄り添える。

 正解はない。だから、できるだけそれに近い選択を続けるんだ」


「もう一度言う。立場が変わっても、やることは変わらん」


「戻ったら報告を忘れるな。テレッツ……プフ、様が報告を楽しみにお待ちだ」


それだけ言って、コールはお金を置いて、静かに去っていった。


(報告――テンチの《聖》の干渉は、予想通りでした)



悩むから、考える。

悩むから、寄り添える。

正解はない。

だから、できるだけそれに近い選択を続ける。


全部は分からない。

でも、言葉の響きと雰囲気が、心に染み込んでくる。


ただただ、カッコいい。


「立場が変わっても、やることは変わらない」


その言葉だけが、じんわりと胸に残った。


残ったご飯を全部食べて、部屋に戻る。


コールの言葉は、僕の中でゆっくりと溶けていった。

良い意味でも、悪い意味でも。


たくさんやることやった!

たくさん悩んだ!


まとめると――


僕とカゲイン、最強!


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