第8話 戦略的行動は、離れた時に試される
教会には、近づかない。
それが最近の、僕とカゲインの暗黙のルール。
配達できる量も増えてきて、少し余裕が出てきた。
朝から天気もよくて、僕はルンルンだった。
……はずだった。
空は曇り、風が揺れ、葉が舞っている。
配達を終えた身体は熱を帯びているのに、どこか肌寒い。
ギルドで報告を済ませ、帰り道を歩いていると、カゲインがくしゃみをした。
「はっくしゅん。あー、ちょっと寒いデス。今日は肌寒いので、用を足すのが近いデス。テンチ様、少し離れますが、ここは人が多いので待機してて下さいデス」
鼻をすすりながら、カゲインは人の少なそうな路地裏へ消えていった。
……今日はもう配達も終わったし、何をしよう?
戦略的行動だから、本当は二人で何かしないといけないんだけど。
でも、少しだけなら――
あれ?
そういえば、僕が何かしようとすると、小物配達以外は、いつもカゲインが付いてきてくれていた気がする。
トイレや、お風呂なんかも……一緒だったっけ。
ふと、昔のことを思い出す。
僕には、たくさんのお母さんがいた。
何でもやってくれて、交代交代で、いつも誰かがそばにいた。
……会いたくなっちゃったな。
ぐすん。鼻をすすった。
生まれて十年ちょっと。
お母さん達が交代してくれていたから、寂しくなかった。
そういえば、小さい頃――
僕がトイレやお風呂に行こうとすると、必ず誰かが付いてきてくれた。
……あれも、戦略的行動?
考えてみると、普段はトイレなんて勝手に行っているカゲインが、
今日に限って僕に一言言って置いていくのは、少しおかしい。
空気の歪みを、本能的に察する。
なんだろう、この違和感。
周りを見渡す。
……コールさん?
いや、気のせいか。
――そうだ。
悪魔の道具で、テレッツ様からの指令があった。
> 「テンチが戦略的行動を理解しているか試せ」
……カゲインが、危ないかもしれない。
どうして、こんな時に。
悪魔を食べる人間が出たことは、ちゃんと伝えたのに。
僕の部下は、そんなに多くないんだ。
気づかなくて、ごめん。
あいつは、さみしくて泣きそうなのを気づかせないために、
くしゃみまでして、鼻をすすって、演技をしてたんだ。
自然と、身体が動いていた。
後悔と、テレッツ様への小さな疑念を胸に抱いて、
僕は走り出した。
宿に戻ると、カゲインがすぐにお湯を沸かしてくれた。
僕は毛布にくるまりながら、さっきのことを思い返す。
「……あれ、なんだったんだろう」
カゲインは、落ち着いた声で言った。
「では、整理するデス」
二人で、見たことを順番に話し合う。
「突然、声をかけられて振り向いたら、奇声を上げられて戸惑っていましたデス。
そこでテンチ様が走って来てくれて、相手の顔は見えたけど、すれ違ったら見えなくなったデス。
片目に黒いレンズのようなものをつけていたと。
《権能調律》は反応したけど、スキルは刈れなかったデス。
自分は後ろ姿をずっと見てましたデス」
僕は頷きながら、思い出す。
「すれ違ったとき、確かに目が合った。
でも、次の瞬間には、もういなかった。
まるで、空気に溶けたみたいに」
カゲインは、少しだけ笑った。
「テンチ様の脳内変換デス。
でも、そういうのも含めて、ちゃんと報告するデス」
僕たちは、悪魔の道具を取り出し、それぞれの言葉で報告を送る。
> 悪魔を食べる人間!
> 人間、ビビって逃げた!
> 立ち向かった英雄!
> 部下を守った! 僕、最強!
報告を終えると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
怖かった。でも、逃げなかった。
守れた。だから、よかった。
「離れていても、守れる上司」
そう思えたことが、何より嬉しかった。
カゲインは、僕の隣で静かに本を読んでいる。
その姿を見ていると、なんだか安心する。
「明日は、何をやるんだろ……」
そう呟きながら、僕は毛布にくるまって、目を閉じた。
眠気が、ゆっくりと降りてくる。
今日の出来事が、夢の中でまた繰り返される気がした。
でも今度は、もっと上手くやれる気がする。
だって僕は、戦略的に成長しているから。
――zzz。




